第四話 美叶木家の悲劇
「美叶木さんについて、調べさせて貰ったんだ」
「もうすこし恥じ入ったように言えないの、おまえは? 常に堂々としていて、腹が立つわ」
「度し難い?」
「ええ、とっても」
「今のきみと、高校へ入学する以前のきみとは、じつに多くの相違点があるとわかった」
「リアクションぐらいしろ!」
軽く小突かれる。
激痛が、走った。
いや、え? 骨が折れてないか、これ?
かろうじて繋がってる?
思ったよりも美叶木さんの吸血鬼性、怪力などの部分は無視できないかも知れない。
うっわ、本気で痛い。
ちょっと脂汗を掻きつつ、話を戻す。
「中学では陸上部のエースだったそうだね? それどころか、理数系なら全国レベル。人当たりもよくて包容力もあって」
「あら、よく解ってるじゃない。今の私もそんな感じよ」
「――家族に、恵まれていた」
少女の口元が、不機嫌そうに歪んだ。
ぼくは構わず続ける。
恩返しのためには、まずは状況の整理が必要不可欠だからだ。
「けれど、その評価は前述したとおり、高校入学を機に一変する」
深窓の令嬢。
もっと忌憚なく口にするならば、付き合いづらい孤独な才女。
「はっきり言うのね。他人に気を遣う余裕がなかっただけというのを、ずいぶん悪し様に。なに、私は頭がおかしいとか、性格に問題があるって言いたいわけ?」
「どうかな。ぼくも大差ないからよく解らないや」
「でしょうね、おまえは変なやつよ」
とかく、彼女は変わった。
授業態度は真面目と言うよりも無。
教師からあてられ、答えを求められてもわかりませんと答えて、それが許される――仕方ないですまされるような人間として、彼女は認識されていた。
「誰かと一緒に食事を交わすこともない」
「話しかけられれば答えるぐらいしたわよ、億劫だったけど」
「でもそれ以外は無言だっただろ? 体育だって見学で……そもそも屋外に出てこなかった。それは、吸血鬼として、太陽が苦手だから?」
「日差しに当たったら気分が悪くなるからよ、まだあのころは吸血鬼じゃなかったし」
「ともかく、君は浮いていたわけだ」
「もっとはっきり言ったらどう? 悪意を煮染めて、排他的感情を剥き出しにして、私は孤立していたって」
そんな残酷なことを、ぼくは言えない。
言う必要もない。
「君には友達がいたはずだ」
「ええ、気のいい連中が気にかけてくれいたわ。おかげで深窓の令嬢に甘んじていられた。恵まれていたわ、友達に」
「君が病弱だから、学校でのことは全てそうだと皆は解釈した」
「否定する材料はないわね。そもそも演じる余裕なんてなかったし」
事実として、この頃の美叶木さんは大変な難病を患っていたという。
日に日に体重が減り骨が脆くなり、筋肉が衰える。
それでも毎日登校する彼女を、周囲は支えようとしていた。
けれど、全ては無駄に終わった。
半年前、彼女は容態が急変。
病院へと搬送され救命処置を受けるも力及ばず。
「そ。私はご臨終したわけ。言っとくけど、笑うところよ? だってこっから先は、マジでくすりともこないから」
自分の半生を。
否、正真正銘の人生すべてを語り終えて、美叶木さんは表情を改めた。
諦観にではない。
もっと複雑な、一面的ではない想いに。
「家族は私の死を受け容れられなかった。ありがたい親心よ。天国なり地獄なりで、感謝してるはずだった。けど、おまじない」
そう〝おまじない〟が、全てをねじ曲げた。
美叶木さんの家族は、願ってしまったのだという。
美叶木夜目という少女の死を、なかったことに出来ないかと。
生き返らせることは出来ないかと。
「お父さんは半信半疑、でもお母さんは藁にも縋るような思いで〝おまじない〟を実行した。簡単なやつよ、来い来いメールってあるでしょ? 来て欲しい相手に5151って書いたメールやらチャットやらをするの。お母さんはこれを繰り返した、私に来いって。戻って来いって」
だが、ここで決定的な行き違いが発生する。
「そのおまじないが成就する前に、私に変化が起きたわけ。呆れるようなやつ、くだらないやつ。これがコミックだったら、壁に投げつけちゃうようなやつ。私は…」
彼女は。
美叶木夜目は。
「吸血鬼に、なってしまっていた」
唾棄するように、彼女はそう吐き出す。
つまり、話を整理するとこうなる。
美叶木夜目は病で死に。
これを甦らせるため家族が〝おまじない〟を頼り。
しかし、そのまじないが成立する前に、彼女は甦ってしまった。
死者のまま、息を吹き返してしまったのだ。
美叶木母の用いた〝おまじない〟ではなく。
もっと別の、なんらかの要因で。
「ぼくはおまじないの専門家じゃない。でも、少しならわかる。調べた範囲だけど……死者が突然目を覚ますというのは、古い時代よくあったことらしい」
少なくとも、ぼくにとってはさほど不可思議だと思えない。
そういう経験をしてきたし。
生き返ることを防ごうとする〝おまじない〟にも、遭遇している。
いや、違う。
そんなことはどうだっていい。
一番の問題は、一番大変なのは彼女の。
美叶木さんと、ご家族のことで。
「〝おまじない〟は、成就しなかったと言ったよね? それは、つまり」
「ええ、そう。お母さんは、いまだに〝おまじない〟を続けているの。この家で、寝る間も惜しんで、パケットを湯水のように買いあさりながら、毎日毎秒、私へメールを送っているのよ、戻って来いってね」
そしてそれは。
「私の家族の、決定的な崩壊を招いたわ。あーあ、ほんと嫌になっちゃう。お父さんはお母さんを頭がおかしいと判断して出て行っちゃったし、お母さんはもう話もできないし……なにより、私は家にも入れない」
見たでしょと、彼女は右手を掲げる。
もう完全に治ってしまっている手、先ほどまで赤く腫れていた拒絶の証。
つまり。
「私はね、鶴屋恩義。無駄な努力をし続けるお母さんを、止めてやることすら出来ない親不孝者なのよ。いいえ、この言い方は間違いね。だって私」
彼女は、言った。
「家族のこと、大嫌いだもの」




