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夜は無慈悲なぼくの女王~再会したぼくの恩人は、クラスの深窓の令嬢で、死んでいて、吸血鬼だった~  作者: 雪車町地蔵
第一章 吸血鬼は二度死ぬ

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第三話 願いを叶える〝おまじない〟

 ぎちぎちぎちぎち……と、異音が響いた。

 爪(ツメ)を食(は)む音。

 美叶木(みかなぎ)さんが、親指の爪を噛んでいる。


「おまじない、おまじない、おまじない……」


 歯が噛めば爪は折れ、割砕(わりくだ)かれて地に落ちて、そのときにはもう元の長さまで再生している。

 目前の吸血鬼は、再生と破壊を繰り返す。

 ……まるで、それが自意識を保(たも)つために必要な儀式だというかのように。


「おまえ」


 ピタリと、美叶木さんが爪を噛むのをやめた。

 そうして、こちらを睨(にら)む。

 凶相(きょうそう)。

 ひとつ答弁を間違えば、今度こそ敵対すると言わんばかりの圧力。


「おまじないの、何を知ってるの?」

「……知っていることは、三つだけだよ」

「度し難いにもほどがある。いいわ、どうせ信じるなんて出来ないし、聞かせなさいよ、判断材料ぐらいにはしてあげる。まさか、ここに来てだんまりでもないんでしょ?」

「そこに異論はないけどね。ただ」


 ぼくは周囲を見渡す。


「校舎(こうしゃ)の前でいつまでも、ってのは、ちょっとよくないんじゃないかな」

「私と噂になるのが気に食わないって?」

「逆だよ、ぼくと噂になるのは、不本意だろう?」

「……及第点以下、赤点以上ってことにしといてあげる。行きましょう」


 さっさと歩き出す彼女。

 どこへ行くかなんて、当然教えてくれない。

 それでもあとを追うしかないぼくは、連想ゲームで一つのことを思い出す。


「そういえば、美叶木さんは誰かに追われているんじゃなかったっけ?」


 大丈夫なのだろうか、こんな大手(おおで)を振(ふ)って学外を歩いて。

 そんなことを言外(げんがい)に含めて訊ねれば、彼女は小さくため息を吐き、


「学生をやってるうちは、大丈夫よ。あれは、そこを逸脱(いつだつ)すると襲(おそ)ってくるの。まあ、見えてないんでしょうね。おまえたちと同じよ」


 どういう意味だろうかと考える前に、彼女が進んでいる方向から解ることがあった。


「ひょっとして、自宅へ?」

「そこまで調べてるわけ? マジでゲロゲロって感じだわ」

「君の友達に教えて貰ったんだ」

「友達、友達ね」


 今度は大きなため息を吐き。

 立ち止まって、こちらを振り返って。

 ぼくの恩人は、こう訊ねてきたのだった。


「ねぇ、友達って、死んでも友達?」



§§



「おまじないについて、わかっていることは3つだ」


 ぼくは立てた指を折りながら、説明をしていく。


「ひとつ、願いを叶える。ふたつ、叶えた結果、怪異が生まれる。みっつ、このおまじないをばら撒いているやつがいる。美叶木さん、きみは、なにかを願ったのかい? おまじないを見つけて、それに願いを託(たく)した。だから吸血鬼になってしまった?」


 彼女は答えない。

 答えないことが、雄弁な答えになっている。


 美叶木夜目(よるめ)は、なにも願ってはいない。

 すくなくとも、〝おまじない〟に対して、なんら願望を有していない……ように思う。

 さすがにわからない。

 ただ、推論を立てることは可能だ。


「きみは願わなかったんじゃないか? 願わず、望まず、ただ……死んだ」

「悪趣味」


 笑った、少女が。

 あんなにも嫌悪感をこちらへ向けていた彼女が、ただ困ったように。


「調べ上げたことで相手を追い詰めていいのは、物語の名探偵と警察だけよ」

「……ごめん。ただ、ぼくは恩義を返したい。きみが現状、吸血鬼になったことに困っているというのなら」


「そこじゃないと言っている」


 冷たく。

 突き放すように。

 直前の笑みさえ消して。

 氷のような表情で、彼女は言い放つ。


「私は困ってない。今の状況に満足すらしている。けれどね、おまえ」


 歩みを再開しながら。

 吸血鬼の少女は、諦観(ていけん)を吐き出す。


「私以外は、そうじゃなかった」


 眼前に、一軒の家屋が見えてきた。

 豪邸だ。

 美叶木家。

 美叶木夜目の生家(せいか)にして、一帯でも有数のお金持ち。

 そして。


「だって、家族はおかしくなっちゃったんだもん。私、家に帰れないのよ?」


 少女が門扉(もんぴ)を潜(くぐ)ろうとする。

 途端にバチリと音がして、彼女は弾き飛ばされた。

 その手が、真っ赤に腫れ上がり、ゆっくりと再生する。


 ぼくは、ようやく現状を理解できてきた。

 美叶木夜目が抱えている問題、それは。


「きみは……いや、きみの家族は、まさか美叶木さんのことがわからないのか?」

「おまえが言ったんじゃない」


 吸血鬼が、鼻で笑う。


「私はとっくに死んでるの。愛娘(まなむすめ)の死を、家族が受(う)け容(い)れられるわけ、ないでしょ?」


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