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夜は無慈悲なぼくの女王~再会したぼくの恩人は、クラスの深窓の令嬢で、死んでいて、吸血鬼だった~  作者: 雪車町地蔵
第四章 サメと約束と夜遊びと

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第五話 吸血鬼とゆびきり

「私のことを、知りたい?」


 美叶木(みかなぎ)夜目(よるめ)はそう言った。

 他人を嫌い、家族を嫌い、何よりも自分さえ嫌いだと公言する彼女が。

 人を嫌い、世界を嫌い、関わり合いを嫌う彼女が。

 それでもとぼくに問うのだ。


 鶴屋(つるや)恩義(おんぎ)は、美叶木夜目のことを知りたいかと。


 ……彼女が、どうしてそんなことを言いだしたのか、正直なところぼくには全く理由が見当も付かない。

 彼女はいつだって気まぐれで、けれど己の定めたことをヨシとする。

 自分の内側にある不文律(ふぶんりつ)こそを、歩む道を決め続けることを、彼女は是としている。


 だとすれば、美叶木さんはぼくに自分のことを知って欲しいのだろうか?

 軽率にそう断ずることは出来ない。

 ぼくはこれまで、多くの失敗を犯してきた。

 彼女と対話をする上で、踏み込む必要がないラインへ、無思慮(むしりょ)に無遠慮(ぶえんりょ)に土足で踏み込み、必要のない苛立(いらだ)ちを彼女に与えてしまってきた。

 同じ過ちを繰り返すべきではない。


 それに、彼女のことを知りたいかどうかは、ぼくの信条である恩返しとはなんら関係ない。

 相手を選んで恩義を返す。

 そんなものは、鶴屋恩義の中心教義とは呼べない。


 だが。

 しかし。

 ぼくは――


「ひとつ、訊ねてもいいかな」

「質問に質問で返すのは下策って習わなかった?」

「習わなかったけど、きみの勘気(かんき)を招くかも知れないとは思った」

「よし。それが解った上で知りたいなら、聞いて頂戴。特別に許可してあげる」


 それじゃあ、教えて欲しい。


「きみは」


 美叶木さんは。


「恩返し以外を行動原理にするぼくを、知りたいと思ってくれるかい?」

「――――」

「え、なに、その顔!?」


 彼女はすごく、スンとしてしまう。

 やはり機嫌を損ねてしまったかと思っていると、


「痛ったい!」


 思いっきり、頬を抓(つね)られた。

 夜明け前の気だるい時間帯を担当しているバイトさんが、訝(いぶか)しげにこちらを見たほど声が出てしまった。

 彼女がぐにぐにと、かなり強い力でしばらくぼくのほっぺたを弄(もてあそ)び。

 やがて、パチンと手を離して、大きくため息を吐いた。


「勘違いだったのかしら……?」

「なに、が」

「こっちの話。あのね、こんなこと言ってくれる相手は、マジで貴重な友人だから大切にしなさいよ」


 彼女は少しだけ勿体付(もったいつ)けると、ビシリとこちらへ指を突きつけ。

 その瞬間、指先に残る古傷が、ぼくの目に映って。


「くっだらない」


 ――いつかと同じセリフが、聞こえた。


「どうあろうが、おまえはおまえでしょう? 私が決めることじゃないし、おまえがどう思おうが考えようが、内面から滲(にじ)んで出てくるものは結局のところ鶴屋恩義なのよ」


 なにより、と。

 彼女は、キッパリ告げる。


「おまえ、自分で思っているよりよっほど、感情で行動しているから。恩義がどうこうじゃなくってね」

「――――」

「なによ、ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔して。それとも鬼が豆鉄砲の方が正確かしら? 私とおまえは、ヒトデナシの鬼だものね。だからうじうじ悩んでないでさっさと」

「美叶木さん」

「……なに」


 ぐっと、顔を近づけると。

 それこそ面食らったように、彼女が止まる。

 ぼくは、正直に語ることにした。

 感じるままに、素直に。

 理性や思考ではなく、感情と呼ばれるものに、流されるまま。


「ぼくは、きみのことが、もっと知りたい。きみは、どう?」

「――いい顔ね」


 笑った。

 彼女が、楽しそうに。

 とてもとても、勝ち気な様子で。


 光が、彼女を照らす。

 マジックアワー。

 夜と朝のあわい。

 どっちつかずを祝福する時間が、ぼくらに微笑んで。


「私も知りたい。おまえを。恩義ちゃんが、心の奥底でなにを考えているかを」

「ぼくは」

「ええ、同じ気持ちでしょう? もっと前に進みたいの」


 いまのままがいいと。

 ずっと言い続けてきた彼女が。

 美叶木夜目が、願う。


「友達に、それ以上に。いまのままじゃなくなるとしても、それで不安定になるんだとしても」


 否やがあるはずもなかった。

 ぼくだって、きっと、ずっとそう感じていたはずなのだから。


「恩義ちゃん、提案があります」


 少女が言う。

 純粋に。

 真っ直ぐに。


「〝ゆびきり〟を、しましょう?」


 差しだされる小指。

 細く、けれどしなやかなそれが、ぼくの眼前へ掲げられる。


「必要性からじゃなくて、衝動に突き動かされるからでもなくて、自分自身の意志で。ただ、これからも会えるように。一緒に、互いを知っていけるように――約束を、しましょう」


 たぶん、キラーワードだった。

 ぼくにとってその言葉は、躊躇なんて微塵(みじん)に打ち砕いてしまうぐらい、破壊力抜群で。


「わかった。ゆびきりをしよう」


 彼女の小指へ、己のそれを絡める。

 柔らかな感触。

 確かに繋がった瞬間。


 ぼくらは――


 携帯端末が、突如として着信を告げた。

 みやると、家入(いえいり)さんからの電話で。

 美叶木さんを伺(うかが)えば、肩をすくめて「どうぞ」と促してくる。

 ぼくは指を絡めたまま、携帯に出て。


『――絶対に手を繋いじゃ駄目だよ!』


 スピーカーの向こうで、家入蜜璃(みつり)が、怒鳴った。


『手のしわとしわを合わせて幸せ! っていう〝おまじない〟が流行してるみたいなんだけど、これをやると手が離れなくなるらしくって――』


 ぼくは、自分の手を見遣った。

 悪戯っぽく、美叶木さんが指を絡めてくる。

 貝殻が閉じるように、五指と五指が合わさって。

 ピタリ、手のひらが、くっ付く。


 あれ? とお互いに首をかしげた。

 手を離そうとする。

 離れない。

 美叶木さんも、異常に気が付く。

 ふたりで同時に腕を引いて、手をはずそうとして。


「……ごめん、家入さん。詳細は省くんだけど」


 ぼくは。

 引きつった顔で、答える。


「どうやら、もう遅いらしいんだ」



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