第五話 吸血鬼とゆびきり
「私のことを、知りたい?」
美叶木夜目はそう言った。
他人を嫌い、家族を嫌い、何よりも自分さえ嫌いだと公言する彼女が。
人を嫌い、世界を嫌い、関わり合いを嫌う彼女が。
それでもとぼくに問うのだ。
鶴屋恩義は、美叶木夜目のことを知りたいかと。
……彼女が、どうしてそんなことを言いだしたのか、正直なところぼくには全く理由が見当も付かない。
彼女はいつだって気まぐれで、けれど己の定めたことをヨシとする。
自分の内側にある不文律こそを、歩む道を決め続けることを、彼女は是としている。
だとすれば、美叶木さんはぼくに自分のことを知って欲しいのだろうか?
軽率にそう断ずることは出来ない。
ぼくはこれまで、多くの失敗を犯してきた。
彼女と対話をする上で、踏み込む必要がないラインへ、無思慮に無遠慮に土足で踏み込み、必要のない苛立ちを彼女に与えてしまってきた。
同じ過ちを繰り返すべきではない。
それに、彼女のことを知りたいかどうかは、ぼくの信条である恩返しとはなんら関係ない。
相手を選んで恩義を返す。
そんなものは、鶴屋恩義の中心教義とは呼べない。
だが。
しかし。
ぼくは――
「ひとつ、訊ねてもいいかな」
「質問に質問で返すのは下策って習わなかった?」
「習わなかったけど、きみの勘気を招くかも知れないとは思った」
「よし。それが解った上で知りたいなら、聞いて頂戴。特別に許可してあげる」
それじゃあ、教えて欲しい。
「きみは」
美叶木さんは。
「恩返し以外を行動原理にするぼくを、知りたいと思ってくれるかい?」
「――――」
「え、なに、その顔!?」
彼女はすごく、スンとしてしまう。
やはり機嫌を損ねてしまったかと思っていると、
「痛ったい!」
思いっきり、頬を抓られた。
夜明け前の気だるい時間帯を担当しているバイトさんが、訝しげにこちらを見たほど声が出てしまった。
彼女がぐにぐにと、かなり強い力でしばらくぼくのほっぺたを弄び。
やがて、パチンと手を離して、大きくため息を吐いた。
「勘違いだったのかしら……?」
「なに、が」
「こっちの話。あのね、こんなこと言ってくれる相手は、マジで貴重な友人だから大切にしなさいよ」
彼女は少しだけ勿体付けると、ビシリとこちらへ指を突きつけ。
その瞬間、指先に残る古傷が、ぼくの目に映って。
「くっだらない」
――いつかと同じセリフが、聞こえた。
「どうあろうが、おまえはおまえでしょう? 私が決めることじゃないし、おまえがどう思おうが考えようが、内面から滲んで出てくるものは結局のところ鶴屋恩義なのよ」
なにより、と。
彼女は、キッパリ告げる。
「おまえ、自分で思っているよりよっほど、感情で行動しているから。恩義がどうこうじゃなくってね」
「――――」
「なによ、ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔して。それとも鬼が豆鉄砲の方が正確かしら? 私とおまえは、ヒトデナシの鬼だものね。だからうじうじ悩んでないでさっさと」
「美叶木さん」
「……なに」
ぐっと、顔を近づけると。
それこそ面食らったように、彼女が止まる。
ぼくは、正直に語ることにした。
感じるままに、素直に。
理性や思考ではなく、感情と呼ばれるものに、流されるまま。
「ぼくは、きみのことが、もっと知りたい。きみは、どう?」
「――いい顔ね」
笑った。
彼女が、楽しそうに。
とてもとても、勝ち気な様子で。
光が、彼女を照らす。
マジックアワー。
夜と朝のあわい。
どっちつかずを祝福する時間が、ぼくらに微笑んで。
「私も知りたい。おまえを。恩義ちゃんが、心の奥底でなにを考えているかを」
「ぼくは」
「ええ、同じ気持ちでしょう? もっと前に進みたいの」
いまのままがいいと。
ずっと言い続けてきた彼女が。
美叶木夜目が、願う。
「友達に、それ以上に。いまのままじゃなくなるとしても、それで不安定になるんだとしても」
否やがあるはずもなかった。
ぼくだって、きっと、ずっとそう感じていたはずなのだから。
「恩義ちゃん、提案があります」
少女が言う。
純粋に。
真っ直ぐに。
「〝ゆびきり〟を、しましょう?」
差しだされる小指。
細く、けれどしなやかなそれが、ぼくの眼前へ掲げられる。
「必要性からじゃなくて、衝動に突き動かされるからでもなくて、自分自身の意志で。ただ、これからも会えるように。一緒に、互いを知っていけるように――約束を、しましょう」
たぶん、キラーワードだった。
ぼくにとってその言葉は、躊躇なんて微塵に打ち砕いてしまうぐらい、破壊力抜群で。
「わかった。ゆびきりをしよう」
彼女の小指へ、己のそれを絡める。
柔らかな感触。
確かに繋がった瞬間。
ぼくらは――
携帯端末が、突如として着信を告げた。
みやると、家入さんからの電話で。
美叶木さんを伺えば、肩をすくめて「どうぞ」と促してくる。
ぼくは指を絡めたまま、携帯に出て。
『――絶対に手を繋いじゃ駄目だよ!』
スピーカーの向こうで、家入蜜璃が、怒鳴った。
『手のしわとしわを合わせて幸せ! っていう〝おまじない〟が流行してるみたいなんだけど、これをやると手が離れなくなるらしくって――』
ぼくは、自分の手を見遣った。
悪戯っぽく、美叶木さんが指を絡めてくる。
貝殻が閉じるように、五指と五指が合わさって。
ピタリ、手のひらが、くっ付く。
あれ? とお互いに首をかしげた。
手を離そうとする。
離れない。
美叶木さんも、異常に気が付く。
ふたりで同時に腕を引いて、手をはずそうとして。
「……ごめん、家入さん。詳細は省くんだけど」
ぼくは。
引きつった顔で、答える。
「どうやら、もう遅いらしいんだ」




