第四話 吸血鬼は便利であるか?
カキィーン!
快音が響き渡った。
オールで営業している、古き良きバッティングセンターで、美叶木さんがホームランを叩きだしたのだ。
ネット部分に設置された標的が、白球を受けて大きく揺れていた。
店員さんが、球数を再装填してくれるコインを、景品としてプレゼントしてくれる。
美叶木さんは愛想よくそれを受け取り「どう?」とこちらにウインクをした。
「ナイスバッティング」
「……せめてもうちょっと心を込められないかしら」
「ナイスバッティン!」
「運動部風に言えってことじゃないわ!」
いや、結構本気で褒めている。
いくら吸血鬼の怪力があろうと、動体視力や反射神経はまったく人間のままだ。
となれば、彼女はほとんど実力でホームランをたたき出したことになる。
称賛すべきことだろう。
「さすが、陸上部の元エース」
「それも家入ちゃんから聞いたわけぇ?」
「うん」
「おまえはどうなのよ。このコイン上げるから、ちょっと打席に立ってみなさい」
言われるがまま、ぼくはバッターボックスに立つ。
野球の経験はない。
とりあえず、飛んできたボールにバットを叩きつける。
……カスのような当たりで、ボールが背後に飛んでいった。
ファール。
美叶木さんが顔を手で覆い、そのまま天を仰ぐ。
「そんなに酷いっ?」
「教わらないと解らないでしょうけど、バットは左右の順手で握って、左のバッターボックスに入るなら、右が上になるように持つの。なに、その逆手と順手の気味の悪い組み合わせは……恩義ストラッシュ?」
「変な必殺技名を付けるのやめてくれないかっ?」
ちょっと真面目に恥ずかしい。
「こうよ、こう」
言われるがまま、握りを直す。
バットを上から下へ叩きつける。
またかすってファールだ。
「ダウンスイングは正しいボールカットの仕方だけど、遠くへ飛ばしたいなら、アッパーかレベルスイングをやりなさい」
「なんのなにのなにって?」
「バットをボールに対して水平に叩き込むよう、肩口から背後へ振り抜く!」
ピッチングマシーンが、ボールを放つ。
ぼくが、足を上げて、降ろす。
腰が周り、バットが連動して前へ。
「ぎゅっと雑巾絞りのようにバットを絞る!」
言われるがままに振り抜けば、カーン……と、これまでにない衝撃が、身体の中に心地よく響く。
ボールが、高く、高く上がった。
そのまま、ネットの奥へと消えていく。
「出来るじゃない、ホームラン」
「初めて打った」
「なら、上出来ね」
痺れる両手。
そこに残った感触を噛みしめながら。
ぼくは彼女の、珍しい褒め言葉を聞いていた。
§§
カラオケボックスというものに、行ったことがない。
そもそも、人前で歌を披露するというのが、音楽の試験以外に経験したことがなかった。
なので、美叶木さんにカラオケに連れて行かれたときは、どうやって固辞しようかと考えていたのだけれど、
「――どぶねぇぇぇずみ、みたいにぃぃ――」
彼女の歌声を聞いて、そんなことはどうでもよくなった。
彼女は歌う。
外面からは想像も出来ないようなロックを、堂々と歌い上げる。
誰かに聞かせるからとか、誰に聞かれているかとか、上手とか下手とか、そんなことはちっとも気にしていない。
ただ、歌いたくて歌っている。
「はい、次は恩義ちゃんの番」
熱唱して見せた彼女は、こちらへマイクを向けた。
ぼくも歌いたいと思う。
けれど、いまいち選曲が解らない。
困っていると、彼女が身を乗り出して、こちらの手元の機器を覗き込んでくる。
「時間は有限だわ」
「人生みたいだ」
「歌は人生でしょ、そのままに歌うのよ」
「……じつは、こういうことをするのは初めてで、勝手がわからない」
「曲を知らないってこと?」
「……いや」
知ってはいる。
日頃から、ぼくはラジオをよく聞くし、大抵の歌詞は、一度聞けば覚えられる。
ただ、適切なチョイスが解らない。
「それでも歌いなさいよ。カラオケなんだから」
「でも」
「あー、まだるっこしいわね。だったらこれで!」
ぼくの手から入力機器を奪い取った彼女は、さっさと操作を終えてしまう。
そして、ぼくの隣へ腰を下ろす。
どうしてそんな位置にと思っていると、曲が始まった。
古い時代の、古い曲。
哀愁漂う、それは。
「デュエットなら、解るでしょ? 私の真似をすればいいわけ。オーケイ?」
「――オーケイ」
歌う、歌う。
緊張しながら。
彼女に導かれるままに。
音程を外しながら、歌詞を間違いながら、けれど採点や他人のことなんて気にせず。
ぼくらは、歌った。
§§
「吸血鬼の身体は便利ね。こんなとき実感する」
一晩中、美叶木さんの夜遊びに付き合って、最後は国民的ハンバーガーショップの店内で、脈絡のない話をしていると、ふと彼女がそんなことを口にした。
「疲れないから?」
「高校二年生という若さをさっ引いても、私たち結構無理してるでしょ?」
「それはそうだ」
「あー、でも、やっぱり痛し痒しかしら。勝手にこうなっちゃったのには、結構ムカついてる」
彼女の人生観からすれば、たしかに許しがたいことかも知れない。
どうして美叶木夜目は吸血鬼になったのか。
これはいまだに、何も解決していないし、詳細も不明なままだ。
何せ本人も解らないのだから。
座席料ぐらいのつもりで買ったポテトを食べようとすると、彼女が横から一本、かっ攫っていく。
ぱくりと食べて数秒。
「だから、恩義ちゃんには悪いことしたかな、とも思っていたわけ」
そんなことを、言った。
「悪い? 何が?」
「緊急事態だったとはいえ、おまえの合意を得ずに眷属へ変えたこと。覚えてないけど、私はやらかしたわけでしょ?」
言われてみれば、ぼくは別段確認を取られていない。
しかし、救われたことは明確だ。
「それを逆恨みなんてしないよ」
「そう。なら、よかった」
コークを一口飲んで。
美叶木さんは。
「だって、そのときの判断がなかったら、私はおまえと、こんな時間を過ごせなかったでしょう?」
「……学生としては悪いことだからね」
「それは知ってる」
おかしそうに笑う彼女。
「でも、悪いことだからこそ、相手を選ぶわ」
「ぼくは誘いやすかった?」
「……おまえのことを、知りたいと思い始めている自分がいるの」
それは。
「なんででしょうね。いいとこも、悪いところも、格好が付かないところも、抜けているところも、全部知りたい。もっと、恩義ちゃんをそばで――」
言いかけて、彼女は口を閉ざす。
薄くルージュの引かれた唇が、印象的な弧を描いて。
ぼくへ、問いをかけた。
「おまえは、どう? 眷属でもなく、友達でもなく、一己の鶴屋恩義として」
彼女を。
「私のことを、知りたい?」




