第三話 反省しなさい恩義ちゃん
鶴屋恩義が幼い日、心の底から救われた約束がある。
忘れずに覚えていてくれるという言葉。
代わりに、彼女が消えたらぼくが探すという誓い。
それが、美叶木夜目に執着した、最初の理由。
ぼくはただ、彼女に恩義を返したかった。
それだけで、彼女の問題へ首を突っ込み、それこそ〝度し難い〟真似をやってしまったのだ。
これをありのまま語ることは、決して難しくない。
いくらいまの美叶木さんと、過去の美叶木さんの間に断絶があるとしても、問われて答える分には、その尊厳を害するには当たらないだろう。
だから、むしろおかしいのは、ぼくの連続性、一貫性のなさなのだ。
恩について言えば、すでに返している。
約束にしたって、最早果たしている。
いまもなお、美叶木夜目と関わり続けていることは、奇妙だ。
異常とまでは言わないが。
奇妙ではある。
合理性がない。
けれど、そんな疑問を思い浮かべたとき、いくつもの美叶木さんが脳裏を過るのだ。
怒っている彼女。
不機嫌そうな彼女。
ふてくされている彼女。
すまし顔の彼女。
そして、嬉しそうに笑う、美叶木夜目。
ぼくは、彼女のことをもっと知りたいと思った。
もっとそばで見ていたいと。
だから友達になろうとしたのだろうか?
……唯一解であるようには思えない。
そんな単純に割り切れる感情を、ぼくが断定できないなんてことがあるだろうか。
何もかもが、曖昧模糊としていて。
胸中は、ずっと嵐のようで。
だから、美叶木さんの質問。
彼女を何故神聖視しているのかという問い掛けに、ぼくは上手く答えることが出来なかった。
そもそも、神聖視したつもりなどないのだから。
だから答えを提示できないまま、曖昧に濁して、ちょっとばかり気まずい雰囲気で打ち上げを終え。
帰途につき。
夕食を食べて。
ほんの少し眠る。
ぐしゃぐしゃな頭を整理したかったから。
吸血鬼に睡眠はほとんど必要ない。
日中より夜間の方が、幾分頭の廻りがいいぐらいのデメリットだ。
再生能力や怪力も夜の方が強い。
……控えめに言って、あまり人間的ではない。
家入さんはよく、受け容れてくれているものだと思う。
或いはそれが、親友関係というものなのだろうか?
だとしたら、ぼくと美叶木さんは――
あったぼこしゅもない考えがぐるぐると頭の中で回る。
寝付けないまま、時間だけが過ぎていた、そんなときだ。
コツ、コツと。
音が聞こえた。
窓に、何か小さくて硬いものがぶつかる音。
コツ、コツ。
同じ音がする。
気になって、起き上がる。
窓を開けて、原因を探そうとして。
ぼくは。
「美叶木、さん?」
敷地の外から、ぼくを見つめている少女と、目が合った。
「ああ」
困った。
ぼくは。
彼女が訪ねてきてくれたことが、嬉しいらしい。
§§
さすがにぼくの部屋で話をしようとすると、正攻法なら家族会議、搦め手を取ると妹に嗅ぎつけられて詰む可能性があるので、そのまま美叶木さんのアパートへ移動することになった。
道すがら、彼女は一言も口をきかず、ぼくも喋らないままだった。
けれど、決してその時間は不快ではなく。
ただ夜道を歩くのが、楽しくて。
アパートへ付き、いつものちゃぶ台を囲んで座る。
目の前には、紅茶が置かれていた。
カップに口を付けようとしたところで、美叶木さんが切り出してくる。
「で?」
……何万言もの感情が含まれた「で?」だった。
これで済ませてくれているだけ、彼女は優しいのかも知れない。
……そんなことはないな。普通に美叶木夜目は苛烈だ。
だって、射貫くように今も見詰められている。
逃げることをよしとしない眼差し。
己の人生を、己で定めてきた強いひとの双眸。
ぼくは、紅茶を飲むのを諦めて。
素直に頭を垂れた。
「ごめん」
「なにがかしら」
「……はぐらかしたこと?」
「この期に及んで疑問形」
「ホントごめんってば」
「だったら」
そう、だったら。
「話してくれるわね? おまえの恩義と約束を」
「……怒らない?」
「さあ、どうかしら?」
彼女は。
勝ち気に微笑んだ。
「それは聞き終えて、私が決めることよ」
§§
「反省しなさい、恩義ちゃん」
洗いざらい全部話したところで、そんな言葉が飛んできた。
美叶木さんは怒っていなかった。
ただ、至って真面目な様子で、
「それ、引っ張るような話じゃないでしょ」
と、冷静に詰められる。
「そ、そんな」
ぼく的には人生を変えた瞬間オールタイムベストなのに!
「おまえの人生がどう変わったかなんて興味はないのよ」
「ぐ」
「あと、結局聞いても私は思い出せなかったし、人違いってことは?」
「ない、はず、です……」
きみの右手の人差し指の傷がその証拠かと。
「……まあ、この傷にまつわる私の残ってる記憶は、両親からめちゃくちゃ怒られて将来結婚するときどうするの!? みたいなヒステリーをぶつけられたことなんだけど」
「まったくもう申し訳ない限りで」
「けど、いいわ。解った」
彼女はこくこくとひとり頷くと。
こう、切り出したのである。
「おまえ、私の夜遊びに付き合いなさい」




