第一話 白線以外は人類ぶっ殺しゾーン
「打ち上げだー!」
「ドーナツで乾杯かしらね」
家入さんがグッと伸びをして、美叶木さんがさらりと髪を梳く。
数日前にはじまった中間考査を、ぼくらはなんとか乗り越えた。
懸念材料だった美叶木さんの学習遅れも、地頭のよさと吸血鬼式昼夜無し勉強会で何とかクリアされたようだ。
結果が返ってくるまで完全には安心できないが……おそらく大丈夫だろう。
ぼくも、美叶木さんに出題範囲を教えるというアプローチを行ったことで、むしろ復習したのと同じ効果があり、普段よりよい点数が取れそうだという所感をもっている。
家入さんもたぶん同じく。
だから、ぼくらは上機嫌で、慰労会を開催することに決めた。
同じ苦労をしたものだけが得る、奇妙な連帯感が、今のぼくたちにはあった。
「それにしても、最近〝おまじない〟が多いね」
気が抜けていたのか、思ったことがそのまま口を突く。
隣を歩くふたりが、そういえばといった様子で思案してみせる。
直接的に何か損害を被ったわけではない。
けれど学内だけでも、十近い〝おまじない〟が見て取れる。
「悪さをしているわけでもないんでしょ。なら放置で。むしろかかわりたくない」
立て続けに三件も〝おまじない〟に遭遇している美叶木さんからしてみれば、そう言いたくもなるだろう。
「でも、こういうのって引かれ合うみたいな感じない? 〝おまじない〟同士は引かれ合う……! 的な!」
ふざけた調子で乗ってくる家入さん。
美叶木さんは「冗談じゃないわ……」と辟易しているが、ありえそうな話である。
そもそも、この街では〝おまじない〟がよく観測されていた。
とても昔からだ。
ときには〝おまじない〟の結果だと理解していないことだって沢山ある。
日常にとけこんでしまっていることだってあるだろう。
いくら調べても解らないことは多い。
「そういえば、おまえは、なんでそんなに詳しいわけ?」
内心を読んだかのように、美叶木さんが問い掛けてくる。
しかし、答えはシンプルでしかない。
「勉強したから?」
「切っ掛けの話をしているって解りなさいよ」
「それは、話さないと駄目かい?」
そこで、吸血鬼の少女は、おや? という顔をした。
「恩義ちゃんが語りたがらないなんて、珍しいこともあるものね。普段なら説明しなくても良さそうなことまで解説しちゃうのに」
「悪癖のご指摘はありがたいけれど、ぼくだって口幅ったさを覚えることはあるよ」
「具体的には?」
「これは、ぼくの恩義にかかわる話だ」
「あー」
納得したと言わんばかりに。
むしろ、これ以上面倒そうな話題に触れたくないといった様子で、美叶木さんが舌鋒をおさめる。
さもありなん。
ぼくの恩義とは、即ち彼女が知らない彼女の話なのだから。
聞いていて、気持ちのよいものではないだろうと言うことを、ぼくは以前の失敗から学んでいた。
「ところでなんだけどさー」
話に入ってくるタイミングを窺っていたらしい家入さんが、道路を見ながら口を開く。
「子どもの頃、謎の遊びって流行ったよね」
「ぼくらは一般的にまだ子どもだよ」
「家入ちゃん、ハブにしていいから恩義ちゃんは」
「ひどい!?」
つれなくされてショックを受けている間にも、家入さんの話は進む。
「謎ローカルルール山盛りの鬼ごっことか」
「高いところにいる間は無敵みたいなやつね」
「そうそう。高いところで言えば、塀の上だけ歩いて目的地に向かうやつとか」
「落ちると罰ゲームというか、落ちた時点で怪我するでしょって親御さんから禁止されるやつじゃない」
我が家も俄然反対派だったわと、懐かしむように美叶木さん。
うむうむと頷いた家入さんは、足下の白線を指差して、
「あと、白線から落ちたらサメに食べられて死ぬ! みたいなやつ。あれも〝おまじない〟に――」
なるのだろうか? という問いかけは、続かなかった。
指差された白線。
その延長線上の道路に、奇妙なものがあったからだ。
奇妙というか、場違い。
こんな場所にあるはずもないもの。
黒くて三角形のそれは――
「背びれ?」
「背びれね」
「待って」
急に周囲が暗くなる。
先ほどまで、夕方とは言え日差しがあった空が、暗雲に覆われ陰っていた。
背びれが、ブルリと震え、ターンを描く。
ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
「待て待て待て待て!」
ぼくは、咄嗟に叫んで、そして美叶木さんと家入さんの腕を掴み、白線へと飛び乗った。
その刹那だ。
『――――!』
道路が波打ち、そこから巨大な影が飛び出して、ぼくらの頭上を。
今の今までいた、道路を食いちぎった。
乱ぐい歯が、バリボリとアスファルトを咀嚼する。
「さ」
思わず、叫ぶ。
「サメだー!」
どうやら〝おまじない〟は。
もう、はじまっているらしい。




