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夜は無慈悲なぼくの女王~再会したぼくの恩人は、クラスの深窓の令嬢で、死んでいて、吸血鬼だった~  作者: 雪車町地蔵
第三章 想い出イレイザー

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第五話 親友としての願い

 放課後、美叶木(みかなぎ)さんのおんぼろアパート。

 そこに、三名が顔を揃えていた。


 ぼく、鶴屋(つるや)恩義(おんぎ)。

 家主である美叶木夜目(よるめ)。

 そして、家入(いえいり)蜜璃(みつり)。


 三人がちゃぶ台を囲んでいた。

 全員の前には、コップに入った水道水。

 美叶木さんはそれをぐいっと呷(あお)り。

 家入さんはメガネをカチャリと押し上げると、大きくため息を吐く。


「あのねぇ、美叶木っち。女の子なら、もう少し防犯意識がしっかりしてるところに住んだほうがいいよ……?」

「この場面でド正論をぶちかましてくる貴女の胆力に恐れ入るわ」


 互いに表情も変えず応酬をはじめる二人。


「それで、二人であたしを囲んで棒で叩こうって算段だったり?」

「馬鹿言いなさい。親友(マヴ)にそんな狼藉(ろうぜき)働くわけないでしょ。でも、この家のこと忘れてたのはだいぶ困ったわ。家賃とか引き落とされ続けるんだから……」

「それはメンゴ、マジメンゴ」


 ペコペコと頭を下げる家入さんを見て、美叶木さんはため息を吐いた。


「そもそも、貴女がおまじないを信じるなんて思わなかった。そんなもので、人が変わる、変えられるなんて判断しないと思っていたもの」

「……だね。美叶木っちが正しい。でも、あたしほら……あなたの、親友のつもりだから」


 出来ることは、全部したかったのだと、彼女は微笑んだ。


「中学の想い出は消してない。それは、この消しゴムでも消せない」


 メガネの彼女が取りだしたのは、美叶木さんの名前が書かれた消しゴム。

 その全体の三分の一ほどが、すでに消滅していた。


「なにより、消したくないんだよね」

「なぜ」

「……知らないと思うけど、あたしはずっと見てた」


 中学の頃から、二人は友達だったらしい。

 けれど今とは違う形のつながり方をしていたのだという。


「美叶木っちは深窓の令嬢じゃなかったじゃん。あの頃は孤高の姫だった。女子陸上部のエース。長距離の星」

「過ぎた話よ、脳みそ筋肉だっただけだから」

「ずっと見てた。放課後、校庭を走るあなたの姿を」


 遠い、遠い眼差しをする家入さん。

 その瞳は、美叶木さんを通じて、過去へ。


「ぐるぐると、ぐるぐると、同じところを、景色も変わらない校庭を、何周も何十周も走っているのを見て、何が楽しいんだろうって思ってたよ。さっさとやめちゃえばいいのにとも思った。だって、美叶木っちは頭もよかったし、普通に勉強した方が未来がひらけただろうし……でも、違ったね」

「ええ」

「あなたは、本当に休まなかった。来る日も来る日も、雨の日も晴れの日も風が強いも霰が降る日も、ずっと走り続けてさ。あたしは、羨ましかったもん。そんなに必死になれるものがあるんだって。こんなにも人間って頑張れるんだって。実際、駅伝でも賞を持ち帰ってたでしょ?」

「駅伝はチーム戦ね。なので私ひとりの努力は無関係よ」

「無関係なんかじゃないよ」


 ほんの少し、強く。

 家入さんが、踏み込む。


「対等になりたかったわけ。見下したくもなく、見上げたくもなかったよ」

「…………」

「だから、一緒の高校に入れたとき、すっごく嬉しかった。けど、あなたは身体を壊して。そこでね、補佐(ほさ)をしようって決めたの。対等であり続けるために。だって、美叶木っちはそんなになっても、あの頃と何も変わらなかったから」

「けれど」

「うん。変わっちゃったよね、いまは。弱くなった。あなたのまわりを、そこの鶴屋くんが嗅ぎ回り始めて、あたしも、遅ればせながら調べたって訳。そしたら……死んじゃってたじゃん!」


 声を荒らげる彼女。

 両目には、大粒の涙が溜まり、今にも決壊しそうで。


「助けを求めてよ! 親友でしょ!? なんとかしてってムチャブリしてよ!」

「悪かったわね。虚勢(きょせい)を張るのが美叶木夜目の流儀(りゅうぎ)なのよ」

「……いいよ、終わったことだし。それに、いまは美叶木っちを生き返らせる方法がある」

「なるほど、それで貴女みたいな論理の塊が〝おまじない〟を信じた訳か」

「うん。あとは、残りの記憶を消すだけ。死んだ日より遡(さかのぼ)れば、ただの健康な人間として、美叶木っちは生きられる」


 ……そうはいかない。

 美叶木夜目は吸血鬼だ。

 とっくに、ひととしての生活を送れなくなっている。

 それを家入さんは知らない。

 だったら、これを暴露してしまえば、思いとどまってくれるか?

 ……いや、この選択をすべきはぼくじゃない。

 美叶木さん本人だ。

 だから、彼女を見遣る。

 美叶木夜目は、ゆっくりと頷いた。


「家入ちゃん。家入蜜璃ちゃん」

「…………」

「貴女なら、私が一番嫌うこと、解ってるでしょ?」

「…………」

「勝手に決めるな。私のことは、私が決める。感情も、記憶も、想い出も、人生も。出来ないことも、失うものも、この手から滑り落ちてしまったものへの妄念も、寂しさも。私が、決める。それはね、家入ちゃん。私が、責任を負うということよ」

「だったら!」


 ぎしりと床が鳴った。

 畳を蹴って、家入さんが立ち上がったからだ。

 彼女はぼくを見下ろし、糾弾(きゅうだん)するように叫ぶ。


「こいつは、なんなのかなっ? 恩義だとかなんだとか知らないけど、こいつだって、自分の都合で美叶木っちに干渉してる! おまけに、きっと酷いこともした!」

「……誤解を解くつもりはないわ。そんなの鶴屋恩義の自業自得だし」


 え?


「そして家入ちゃんの言っていることも正論。この男は基本的にデリカシーがないし、自分の都合と感情で私に介入してくる」


 いや、その、それは……。


「でもね」


 すっと。

 美叶木さんも立ち上がる。

 家入さんと視線の高さを合わせて。

 一度深呼吸をして、向き合う。


「この男は、私の尊厳を踏みにじることはしない。ときどきキモいし、余計な気遣いをするし、暴走なんてしょっちゅうだけど、それでも――私の選択を、尊重する」

「美叶木さん……ぼくは」

「黙ってなさい鶴屋恩義、いまいいところなのよ」


 ……さっきからちょっと、ぼくへの当たりが強すぎないか?

 まあ、大事なところなのは本当だから口を閉ざすけれども。


 改めて、仕切り直すように美叶木さんは、家入さんを見遣る。

 真っ直ぐに。

 ただただ愚直に。

 その眼差しに、家入さんは、


「っ」


 耐えられず、目をそらしてしまう。

 小さな息をついて、美叶木さんが切り出した。


「そう、後ろめたくはあるのね。私の記憶を消したこと。一度決めたことをなかったことにしたこと。それ自体は悪いと思っている?」

「……だって、あたしは」

「ええ、貴女はそういうひと。ずっと私を支えてくれた。高校に入って、病気がちになった私が深窓の令嬢を装(よそお)うようになっても、合わせてくれた。信じてもらえないかも知れないけれど、私、とてもとても感謝しているの」


 だから、と。

 明確に言葉を句切り。

 美叶木夜目は、ハッキリと告げる。


「これ以上、私を消すのは、やめてくれる?」

「…………」

「解っていないみたいだから言葉にしておくけれど、記憶が消えるのって、結構イヤな体験なのよ。そして、消える記憶には、貴女のことも混じっているの」

「――!」


 家入さんが顔を跳ね上げ、唖然(あぜん)と目を見開く。


「やっぱり気が付いてなかった。そういうの含めて、私メチャ許せないのよ。なので、ここでキッパリ言っておくから」

「なに、を?」

「家入ちゃん、まだ、私と親友でいてくれる……?」


 それは、たぶん殺し文句だったのだろう。

 親友を名乗る彼女にとって、何より重要な言葉だったに違いない。

 だって。


「……っ」


 決壊したんだ。

 家入蜜璃の涙腺が。

 ボタボタと、ボタボタと、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。


 ブルブルと震え、その場に座り込んでしまう彼女。

 美叶木さんはゆっくりと歩み寄り、彼女を優しく抱きしめた。


「家入ちゃん」

「……ごめんな、さいっ。あたしはっ」

「よく言えました。そして、続きは結構よ。今後、行動で示して頂戴、私の親友?」

「っ、っ」


 ガクガクと頷く家入さん。

 かくして、美叶木夜目記憶喪失事件は、一つの決着を見た。


 だから、あとは。


「ところで鶴屋恩義」

「なんだい?」

「私、一人暮らししてたのよね?」

「うん」

「どうやって、生計(せいけい)を立てていたのかしら……」

「あ」


 ……彼女が無断欠勤した喫茶店への謝罪というタスクが、ぼくらの前には残されていたのだった。


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