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夜は無慈悲なぼくの女王~再会したぼくの恩人は、クラスの深窓の令嬢で、死んでいて、吸血鬼だった~  作者: 雪車町地蔵
第三章 想い出イレイザー

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第二話 深窓の令嬢とその友人

 走った、走った。

 じくじくと痛む胸を押さえて、ぼくはあちこちを走り回った。


 美叶木(みかなぎ)夜目(よるめ)のことを知るために。

 図(はか)らずも、彼女が吸血鬼だと知ったとき、ひと月も調査に明け暮れたように。


 今度は、もっと急いで、慌てながら。

 がむしゃらに調べて回った。


 石にかじりつくような聞き込みを続けた結果、ある事実に行き当たる。

 美叶木夜目は、逆行している。


 死者であった、あの頃に。


 理由は不明だ。

 現段階で、どうしてこうなったのかが思いつかない。

 ざまぁない。

 あれだけ必死に調べても、こんなことすらぼくは解らないのだ。


 くらりと目眩がして、自分の机に突っ伏す。

 気が付けば放課後になっていた。

 精神面と肉体面、両方から来る疲労は、限界が近いことを示している。


 だって、もしかしなくとも、これは〝おまじない〟だ。

 ぼくが生まれた最初に経験した〝おまじない〟に近いもの。

 死者のことを忘れてしまう儀式。

 ……解っている。この歳にまでなれば、死者を弔(とむら)うためにあえて明るく振る舞ったり、故人を偲(しの)ぶ以外の見送りかたがあるのだと理解はしている。

 けれど、怖い。

 記憶が消えることは。

 誰かに忘れ去られてしまうことは。


 怖い。


「このままじゃ、美叶木さんは」


 彼女は。

 子どものぼくが危惧(きぐ)したように。


「――あの娘は元通りになるかも知れないねー」


 背後から、声をかけられた。

 不意打ちに、震える。


 反射的に振り返れば、そこにクラスメートがいた。

 夕暮れ時が迫る教室にぼくと、その人だけがいる。


 眼鏡をかけた、ショートカットの女の子。

 たしか。


「家入(いえいり)、さん?」

「家入蜜璃(みつり)。あんまり話したこと、なかったかな?」


 彼女は、ずっと机に視線を落としている。

 ノートへ消しゴムをかけている。

 ただ、そのノートは真っ白で。

 ゴリゴリ、ゴリゴリと、ただ消しゴムが往復する。


「家入さんは、美叶木さんの友達だよね」


 事実、よく話を聞かせてもらっていた。

 ぼくが聞き込みまがいのことをしたとき、注意していたのだって彼女だ。

 至って常識的で、美叶木さんの善き友人。


「そう、あたしと美叶木っちは親友なのだ。だから、わかるよ」


 彼女の口元が、弧を描く。


「美叶木っちは、以前の通りになる。元通りになって……もっとさかのぼるかも」


 緊張が、億劫(おっくう)さを消し飛ばした。

 疲れたとか、解らないとか、四の五の言っている場合ではない。

 このひとは。

 家入蜜璃は、何かを知っている。

 ぼくは慎重に言葉を選び、問い掛ける。


「さかのぼるって、いうのは?」

「一晩ごとに過去へ戻るってこと。記憶がねー」


 彼女は顔を上げない。

 ただノートと向き合っている。

 ゴリゴリ、ゴリゴリ。

 消しゴムが擦れる音。


「そしたら――あんたみたいなのに脅される前に、美叶木っちに戻れる」

「脅すだって?」


 ぼくが、彼女を?

 ありえないと驚けば。

 ようやく彼女が、顔を上げる。


「ひとの周囲を嗅ぎ回っておいて、よくもまあヌケヌケと言えるよね」

「……それは、素直に謝らなくちゃいけないことだ」

「美叶木っちは、変わっちゃった。前はあんなにお嬢様だったのに、それより前はもっとずっと活発だったのに……いまは、クラスから浮き始めちゃってる。全部、あんたのせいだ、鶴屋(つるや)くん」

「…………」

「高そうなネックレスを差しださせているのだって見た。なに、貢(みつ)がせてる? それとも盗ませた? どんな弱みを握ったわけ?」

「違う、断じてぼくはそんなこと!」

「なにより!」


 こちらの言葉を遮るほど大きな声で。

 家入さんは、叫んだ。


「あの娘の家を無茶苦茶にしたのも、あんたかな!?」


 ……知っているのだ、家入蜜璃は。

 美叶木夜目の家族が、すでに崩壊してしまっていることを。

 だが、それならば解るはずだ。

 理解できないわけがない。


「このまま美叶木さんの記憶がさかのぼるっていうなら」

「そうだね、あの娘は家に帰る。一人暮らしなんてやめて、幸せな場所へ」


 ふざけるなっ。

 そんな怒声を、グッと呑み込む。


 ぼくは見てきた、美叶木夜目がどんな地獄をみてきたか。

 死者として、どう扱われてきたか。

 彼女はやっと、やっと過去と決別し、今を生きようとしている。

 それを失わせるなんて――


「あたしはね、知ってるんだ。友達だから。親友だから」


 ゴリ、ゴリ、ゴリ……。

 消しゴムが止まる。

 眼鏡の少女が、顔を上げる。

 家入さんの懐かしむような眼差しが、ぼくなど見ていな視線が、どこか遠くを見て。


「家族と一緒にいる頃の美叶木っちは、幸せそうだった。だから、あたしが元に戻す。この」


 彼女が掲げたもの。

 それは消しゴムだった。

 ただし、表面に深く『美叶木夜目』と書かれたもので――。


「嫌なことを消す〝おまじない〟で。だからさ、鶴屋くん」


 ゾッとするほど冷たい眼差しで。

 少女が、警告を発する。


「あの娘が幸せになるの、妨(さまた)げないでくれるかなぁ……?」


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