第五話 それはあるいは約束の?
美叶木邸キラキラ連続持ち込まれ事件は、新局面に突入した。
純金のネックレスが、キラキラの上に積み上げられたからだ。
……鶴屋恩義としては、この〝おまじない〟がどういったものか見当も付かないでいる。
対価として支払いをエスカレーションすることで、願いを成立させるものだろうか?
いや、それはただの金本位制、資本主義の形でしかない。
おまじないとは、まったく異なるものだ。
「ごめん、美叶木さん。ぼくにはさっぱりわからない」
正直に告げれば、彼女はふむと腕を束ね。
「もっとシンプルに考えることは出来ない?」
「というと?」
「私が、告白されてるとか!」
自分を親指で指差しながらそんなことを口にする。
「ありえない」
そう言葉にしかけて、言いよどむ。
うん、ありえなくはない。
誰かが彼女に恋情を抱き、贈り物をしている。
そう考える方が、〝おまじない〟がどうこうと推理を巡らせるよりよほど順当だ。
けれど、どうしてだろう?
どうしてぼくの胸の奥は。
こんなにも、酷くむずつくのか?
「ツッコみなさいよ、ボケでしょ?」
押し黙っていると、不審そうな様子の美叶木さんに注意される。
「ボケ」
「ネタよ。せめて笑うぐらいの社交辞令を持ち合わせてないわけ?」
「ははは」
乾いた笑声が漏れ出る。
同時に、大きなため息も。
よし、少し落ち着いた。
「おまじないを突き止めるなら、経過観察を続けるしかないと思う。より監視を密にしてね」
「ひとのプライベートスペースを監視とかよく言うわ。まあ、これは仕方ない。私だって釈然としないし気持ち悪いし。あと、いいタイミングでキラキラは全部警察に提出したいところね。盗難の疑いとか、かけられたらたまらないもの」
「うん、その方向で行こう」
「で、このあとはどうする?」
現在ぼくらは学校にいる。
まだ昼休みにもなっていない。
となれば、授業を受けるのがまっとうだろう。
放課後、美叶木さんは喫茶店でのバイトがあるから、そちらに向かって貰うとして……ぼくは少し調べ物というか、仕掛けをしてみようか。
「これ以上、エスカレーションする前になんとかしたいからね」
「……おまえ、夜は自分の家族と夕飯を食べるのよね」
「そうだね、全員で食べる。それが我が家の約束事だから」
「だったら」
彼女は、そこで少し言葉に詰まり。
意を決するようにして、こう告げた。
「夜、今日も付き合いなさいよ。話があるの」
§§
夜が更けていく中。
ぼくはここ数日の習慣として、美叶木邸へと向かう。
ただ、彼女の部屋を直接訪ねるわけではない。
おんぼろアパートメントの前で足を止め、グッと脚部に力を入れる。
跳躍。
床や階段を軋ませることなく、一足飛びに屋根の上へ。
そこで、彼女が待っていた。
「いらっしゃい」
ブルーシートを広げ、簡単なお茶と焼き菓子を準備した美叶木さんが出迎えてくれる。
ぼくはぺこりと頭を下げて、彼女の横に並び、腰掛けた。
……別段、何かをするわけではない。
語り合うわけでもない。
強いていうのならば、夜明けまでここで、キラキラを持ってくる犯人がいないかと、監視をするだけ。
無言の時間が過ぎていく。
けれどそれは、決して不快ではなく。
ときどきお茶を飲み、クッキーをかじり。
笑い合うでも、視線を交わすでも、手を繋ぐでもなく同じ時間を共有する。
やがて、空がしらばみはじめる。
美叶木が、口を開いた。
「マジックアワー」
夜の闇が重く積もり。
けれどそこに滲むようにして、紫が現れて。
金色の光が、ほんのわずかに空を染める。
これを、マジックアワーというのだと、彼女はぼくに教えてくれた。
「おまえで、我慢してあげる」
「……なにを?」
「朝と夜のあわいのこと」
意図的に省かれた言葉。
理解には及ばないまま、ぼくらは刻々と様相を変える空を見詰め。
「私たちは将来、ひとに戻るかも知れない。ずっと吸血鬼のままかも知れない。朝は人間の時間で、夜は吸血鬼の時間。私たちはどちらでも生きられるし、どちらでも半端者よ」
「…………」
「過去は流れていくし、未来は変わっていく。それでも、いま」
ふと、ぼくの手に、なにかが触れた。
冷たい手。
ぼくと同じく、温度のない美叶木さんの手。
「おまえが隣にいることを、満足してあげる」
「美叶木さん……」
「だから、毎日見ましょう、恩義ちゃん。この時間を、朝でも夜でもない、マジックアワーを。これを一緒に見ることが、私なりの、恩義ちゃんに対するおまじないみたいなものだから」
彼女は小首を傾ぎ、微笑んだ。
そっと手が握られる。
丸く、硬いものが手の中へ滑り込んだ。
渡されたものは、透明なビー玉で。
「いっとくけど、キラキラが運んできたものとは別だから。薄給で買ったの」
同じものを掲げて見せながら彼女が言う。
「これは、約束の証」
朝焼けにビー玉をかざして、その色を掬い取りながら。
少女は、微笑んだ。
「おまえの人生の、ほんの少しでいいの。おまえは、恩義ちゃんは」
ぼくは。
「私と、ふたりぼっちになってくれる?」
ぼくは、ビー玉を空に掲げた。
彼女と、同じものを見たくて。
かくして、ぼくらは新しい約束を交わす。
遠い昔と同じように。
ふたりで一緒に、何度もマジックアワーを眺めて。
そうして数日後。
ついに、キラキラを運んできた犯人を、ぼくらは突き止めることとなる――




