第四話 コーヒーは苦手で
新たな美叶木夜目宅で起きている不可思議な〝キラキラ増加現象〟。
毎日積み重ねられていくプルタブ、ナット、ビー玉。
そして、それは今日、まったく異なるベクトルを得た。
指輪が、置かれていたのだ。
内部にイニシャルなどはない、記念品ではなさそうな安物のイミテーション。
けれど、これは重要なターニングポイントではないだろうか?
これまでのキラキラには、お世辞にも価値がありそうなものはなかった。
まるで子どもが拾って集めたような内容だったからだ。
だが、指輪。
指輪には、いろいろな意味合いがある。
付ける指によって相手へ与えるイメージが変わるし、材質や装飾品でも違ってくる。
これは葬儀用とか、これはパーティー用とか、婚約指輪とか、そういうことだ。
だというのに、ぼくはなぜこれらのものが美叶木さんの部屋に置かれているのか、ちっとも解らないのである。
もとより聡明とは言い難い頭脳だが、今回は取っかかりさえ掴めない。
授業にも身が入らず、放課後になってしまい、どうしたものかと途方に暮れる。
また深夜に美叶木さんを訪ねてもいいが、アポイントメントを取っていない。
彼女は未だに携帯端末を所持していないので、こんな時に連絡を取れないでいた。
どうしたものかと考えて。
ふと、思いつくことがあった。
そういえば、ぼくは美叶木さんの勤め先を知っている。
「行ってみるか、喫茶店」
普段は寄り道もせずに帰る放課後。
ぼくは久方ぶりに、アーケード街へと足を向けた。
§§
さて、流水を渡れないというのは、吸血鬼が持つ特徴として、思ったよりも厄介だということが最近身にしみて解ってきた。
小さな橋は渡ろうとすると身体が痺れるし、上水道に直接触れるとピリリと静電気のようなダメージが来る。
これは眷属でしかないぼくでも結構頻繁に起きるもので、いわんや親とも呼べる美叶木さんならばもっと深刻だろうと思えた。
だから、そこから考えていくと、先日アパートを訪問した際、水道水を出してくれたのは、かなり気合いの入ったサービスだったのかも知れない。
……では、なぜいま、そんなことを考えているかというと、現実逃避をするためだった。
フリフリのウエイトレスがいた。
美叶木さんだった。
普段は背中に流している長髪は、ポニーテールに結い上げられており、前髪はプリムで押さえられている。
エプロンドレスはとにかくフリフリで、ビビットな色合い。
ただでさえ色白である彼女を、これ以上無く際立たせている。
そんな美叶木さんが、普段まったく見せないような愛想のいい顔で、
「どうぞお客様、こちらのカウンターへ」
と、ぼくを誘導してくるのだ。
完璧な、クラスメイトウエイトレスさんである。
「馬鹿な、完成していたのか……」
思わず、そんな呟きがもれた。
だって、仕方がない。
いくらぼくでも、男子高校生である。
そういった漫画やアニメには触れるし、ちょっといいなぁぐらいの感想は持つ。
なのにいま現実で、目の前に、深窓の令嬢が扮装したウエイトレスさんがいるのだ。
これで盛り上がらない方がおかしいだろう?
……という内心を、自制心を極限まで燃やして押し込んだぼくは、席に着く。
なんとか冷静さを取り戻したところで美叶木さんがメニューを持ってきた。
えっと、普段喫茶店とか来ないので、勝手がわからない。
「オススメとかって、あります?」
何故か口から敬語が出た。
美叶木さんが吹きだしかけて、思いっきりそっぽを向く。
彼女の肩が震えていた。
同じように震えた声で、「こちらとかいかがでしょうか?」と、あっちまで敬語で応対してきた。
ややパニックになりつつメニューの指差された方を見遣ると、超大盛り抹茶スパゲッティーと書いてあり、スンっと落ち着くことが出来た。
「あのねぇ美叶木さん、ぼくはこのあと夕飯だし、この〝明らかに団体客用罰ゲーム〟みたいなメニューを注文できる予算が財布には入ってないよ。それともこれが、以前言っていた吸血鬼用のエナジーかい?」
「まさか。それはあとで教えます」
「……真面目なオススメは?」
「そうですね。お客様でしたら、当店自慢のブレンドコーヒーはいかが?」
コーヒー。
コーヒーは、駄目だ。
あれは苦すぎる。
昔、大人たちに憧れて口を付けたことがあったけれど、とても背伸びしたガキになんとかできるものじゃあなかった。
いまでもそのときの体験は生きており、基本的に苦手としている。
なので、謹んで遠慮しようとすると、ウェイトレス吸血鬼の目が、ピカッと光った。
「ひょっとして、苦手でございますかぁ?」
「……わぁ、嫌な予感がする」
「苦手を克服するのも大人への第一歩。あるいはイニシエーション。そして男らしさの証明」
「普通にジェンダーハラスメントだよ、それ」
「いまなら、私が角砂糖とミルクを入れてかき混ぜるサービス中、と言ったら?」
「マジで完成していたのか!?」
そんな、そんな夢のような施しを受けられる店があるだと!?
待って欲しい、だとしたらぼくはここに通う。
通い詰めてしまう。
「はっはっは。今日の美叶木くんは一段と楽しそうだね」
ぐぬぬと唸っていると、カウンターから、品のいい笑い声が聞こえてきた。
この店の店主である、おひげの素敵な老爺が、カップを磨きながら語りかけてくる。
「君は美叶木くんの学友だろう?」
「はい、一応」
「どのお客さんにも愛想よくしてくれて助かっているんだよ」
「美叶木さんが? いっ!?」
疑問を呈した瞬間、掣肘を受けた。
軽く小突かれた程度ながら、吸血鬼パワーなので大変痛い。
すぐ治るだろうけど、たぶん肋骨にヒビが入っている。
見遣ると、ツンと明後日の方向に視線を向けている美叶木さん。
……そうか、冷静に考えるとなにも不思議ではない。
クラスでさえ深窓の令嬢を貫き通しているのだから、その逆だってやろうと思えば出来てしまうのだろう。
多芸かつコミュニケーション力の強さを感じる。
さすが長い期間、死人のまま人生を乗り切ってきただけのことはある、実力派だ。
「とくに今日の彼女は愉快そうに見える。君とは気の置けない間柄なのかな?」
「ぼくが恩義を返すべき相手です」
「ほー。そりゃあいい。借りた返したで揉めるのは生きてる間が一番楽だからね」
なにやら含蓄のあるお言葉を賜った。
年の功だろう。この店主にもいろんな人生があったに違いない。
「それで、注文はどうするかな?」
「あ、では……」
ちらりと美叶木さんの方を窺い、
「……コーヒー、オリジナルブレンドで」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。美叶木くんも、うちに来たばっかりのとき試飲して貰ったら苦すぎて飲めないって砂糖を大量に」
「店長っ!」
顔を真っ赤にしたウェイトレスさんが、慌てた様子で店主の言葉を遮る。
なるほど、うん。
いいな、この店。
もっと早く来ればよかったと、ぼくはいまさら思うのだった。
§§
また夜が来て、日付が変わる頃、ぼくは美叶木さん宅を訪ねた。
昼間のことは忘れなさいとか、おまえコーヒー飲めないねとか、きみだって飲めないみたいじゃないかとか、毒にも薬にもならないような雑談をして、夜更けまで粘ったものの、キラキラに変化はなく。
ただただ二人で、夜明けの空が紫に、黄色に変わるのを見ているだけだった。
そうして、学校へ行ったところ。
ホームルーム前に、美叶木さんからついてこいと声をかけられた。
教室で、学友たちが見ている中でだ。
これまでそんなことがなかったからだろう、皆困惑した様子でこちらを見ていて。
だけど、それ以上に当惑しているらしい彼女は。
醜聞など構っていられないといった様子でぼくを空き教室へ連れ込み。
こう、語った。
「目がさめたら、キラキラの中に、これが」
ぼくは絶句する。
彼女が恐る恐る差し出してきたもの。
それは。
純金の、首飾りだったのだから。




