第三話 キラキラを君に
明くる日の放課後、ぼくこと鶴屋恩義は、あるアパートメントの前にいた。
手元のメモで住所を確認するが、どうやら間違いない。
骨董品のようなアパートだ。
二階建てなのだけど、上の階へ続く階段は細く、そして錆び付いており危なっかしい。
廊下も、歩くたびにぎしり、ぎしりと音を立てて、或いは防犯対策としては完璧かも知れないが、安全基準をちっとも満たしているようには思えない。
一階よりも二階の方が家賃が安いという聞き及んだ話も、もしかすると床や天井が抜けかねないからでは……? などと邪推してしまう。
そんな場所へ、どうしてやってきたか。
ほかならない、美叶木さんから相談を受けたからだ。
「狭いところだけど、入りなさい」
教わっていたとおりの番号の部屋をノックすると、いつにも増して仏頂面の美叶木さんが出迎えてくれる。
室内へ通されて、ぼくは驚くことになった。
綺麗に、整理整頓が行き届いていたからだ。
「おまえねぇ、驚くのは普通にデリカシーなさ過ぎでしょ。度し難いわ」
「ファンシーなグッズが並んでいたら、入る部屋を間違えたと思っただろうね」
「もはや無礼! ひとのイメージを勝手に決めつけるなっ」
私だってぬいぐるみを持ってれば飾るかも知れないじゃないと美叶木さんは口を尖らせるが、あまりにイメージがなさ過ぎる。
いや、どうかな……巨大なテディーベアを抱いている美叶木さんとか、ギリギリ想像できなくもないが……。
「よからぬことを考えている顔を……それより、座りなさいよ。飲み物ぐらい出してあげる」
簡素な室内の、これまた簡素な座卓につくと。
どんと、目の前にコップが置かれた。
中には透明な液体が入っている。
……水道水らしい。
ぼくは手を付けず、本題に切り込むことにした。
「いや、飲みなさいよ」
「それよりも、〝おまじない〟が起きているんだよね?」
「あー……起きているというか、現在進行形というか……見てもらった方が早いかも」
言うなり、彼女は窓の方へ向かう。
西向きの窓なので、さぞかし夕暮れ時は室内が明るいことだろう。このへんも家賃が安そうな理由かも知れない。
「ちなみに、月いくらの賃貸で?」
「一万五千円」
「一万五千円!?」
下手な団地とかより安い。
最早なにかの事故物件という可能性まで出てきた。
美叶木父が援助はしているというが、もしかして彼女はなんらかの詐欺に遭っているのではないか? そんな不安さえよぎる価格帯だった。
「危惧は解るわ。実際、問題が起きているわけだし」
「それが、ここにあると?」
彼女が指し示した先は窓。
その先にある、ベランダとも言えないようなスペースだった。
「…………」
やや面食らう。
小さなその空間に、金属片やガラス玉が積み上げられていたからだ。
「このキラキラ、越してきた日から増え始めたのよね」
「キラキラ?」
「輝いてるでしょ、どれも」
そう言われればそうだ。
光沢があるものが多数を占めている。
しかも、引っ越してきた日からはじまったと。
「そーゆー〝おまじない〟ってあるわけ? 積み重ねがものをいうとか、相手の敷地に自分のものを投げ込む必然性があるとか」
「皆無ではないよ」
無論、ぼくも全てのおまじないを網羅しているわけではない。
思いつく範囲、近そうなものを並べるとすれば、といったぐらいの根拠だ。
「賽の河原で石を積む、で有名な一定数を達成すると願いが叶うみたいなものもあるし、相手の陣地やマス目を自分の色で塗り替えればその心を手に入れられる、といったおまじないもある。けれど」
「しっくりこないわね」
キラキラしたものを窓辺に置く、というのは、どうなのだろう?
「これは、一気に置かれたものかい?」
「いいえ、毎日ひとつずつ増えている形ね」
反復性か。
「美叶木さんは、丑の刻参りって知ってるかな」
「藁人形に五寸釘打つやつ?」
「そうそう、夜中に誰にも気が付かれないよう、藁人形に五寸釘を打つ。藁人形の中には、呪いたい相手の名前や髪の毛などが入っている」
「呪いって言ってるじゃない」
「同じようなものだよ、命令か願いかの違いだけ。重要なのは、これは一回じゃ効き目がないこと。お百度参りのように、何度も繰り返す。そしてこれを、相手が知ることで成立する」
「だったら、キラキラは効果的ね」
嫌でも目につくものと、彼女は言った。
確かに、見つけやすい部類だろう。
しかし、ここまで露骨だと、気づいて欲しいが先に立ちすぎではないだろうか?
丑の刻参りでは、他人に儀式を見られてしまうと呪いが自分に跳ね返ってくるというデメリットがある。
もし、これが類似するものなら、あまりに危険性が高い。
「逆にこうは考えられないかしら。デメリットが大きい分」
「ペイバックも大きいと? ちなみに、誰かが侵入した痕跡とか、物音とかは」
「この部屋で、このアパートだから、近づかれれば解ると思うけど?」
逆説的に、いまのところ美叶木さんは不審者を認識していないということになる。
なら、隣人の仕業か。
もしくは、もっと重要なことを見落としているのか……。
「……おっと、いけない。そろそろぼくは帰らないと」
ポケットの携帯端末が振動したことで我に返る。
「は? なんでよ」
訝しそうな視線を向けてくる美叶木さん。
「恩義ちゃんは私に恩義があるんでしょ? 私は覚えてないけど。そのくせいつもはもっと、ぐいぐい来るじゃない。今日だって泊まり込むのかと思って部屋の掃除――ゲフンゲフン!」
何やら勝手にむせはじめた彼女には申し訳ないのだけれど、いつまでも滞在は出来ない。
ちょうど、西日が窓から入って、ぼくらの姿を焼いている。
夕暮れ時。
あるいは、逢魔が時。
「我が家は毎日一緒に夕飯を食べる決まりがあるんだ。だから、一端帰宅しないといけない」
「決まり?」
「ルールというより、習慣だけどね」
「……ふーん」
彼女は何事か考えるように首を捻り。
「だったら夜中、抜け出してきなさい」
そう言った。
「吸血鬼なんて、たいして寝なくても体調崩すことないんだから、夜半にもう一回来なさい。解った?」
「そうだね、いつキラキラが置かれているのかも知りたいし……ちなみに、あてはある?」
「朝方の可能性があると思っているけど? ちょうど私が仮眠を取るぐらいの時間だから。もしくは日中、学校へ行っている時間帯」
「了解したよ。まずは朝になる前に訪ねてこよう」
そういうわけで、ぼくは一時帰宅。
その後、夜中にもう一度美叶木さんのアパートを訪ねた。
ただ、朝まで粘ったものの成果はなく、そのまま解散、登校という運びになる。
つまり、二人でただただ夜更かしをして終わってしまったわけだ。
もちろん、キラキラの数は変わっていない。
不本意極まる結果だ。
本当に〝おまじない〟なら、放置するのは危険かも知れない。
早急な対処が必要だろうと考えながら教室へ。
自分の席へ着くと、先に登校していたらしい美叶木さんがやってきて。
「仮眠から起きたら、キラキラ、ひとつ増えてたから」
うーんと、ぼくは頭を抱えることになる。
これは、思っていたより意味がわからないぞ……?




