第二話 招かれた吸血鬼
鶴屋家の鉄則。
家族全員で夕飯を摂る。
この鋼の掟に則り、バイオリズムも職業も違う家人が一堂に会し、持ち回りで作ったご飯を食べながらその日一日にあったことを報告し合う。
ちなみに本日の料理番はぼく。
メニューはクリームシチューとご飯。
我が家は食べ合わせをあまり重視しないので、こんなメニューが成立する。
吸血鬼の食事はフレーバーということが解ったので、今日からは食欲がなくともドンドン胃に詰め込んでいく所存だ。
なに、意に沿わないことをするのは、結構得意だったりする。
さて、妹が今日もうるさく「兄ぃちゃん勉強教えてよー、あとそれ配信して稼ごー?」などと無茶苦茶な勧誘をしてくるが無視。
これでもネットリテラシーがあるんだよぼくは。
顔出し配信なんて怖くて出来やしない。
まあ、いまはカメラに写らないんだけどね!
なんて吸血鬼ジョークを内心で言いながら食事を終え、自室へ戻り、安寧な時間を過ごす。
携帯端末でラジオを聞きつつ、おまじないや怪異についての調べ物を行う。
「ふーん、恩返しに吸血をするコウモリの落語か……」
幼い頃から続く習慣。
いつか役に立つ日が来るだろうと確信しながらやってきたこの趣味は、いまひとりの少女のために用いられている。
自然と、首筋をぼくは撫でていた。
あの日、眷属になった日、突き立てられた牙の甘さを思い出しながら、呼ぶ。
「美叶木さん……」
「呼ばれたわ!」
「!?」
がららっと窓が音を立てて開き、影が一つ飛び込んでくる。
颯爽と髪をなびかせるのは、見間違えるはずもない人物、美叶木夜目だった。
……いや、え、なんで?
「どうして美叶木さんが、ここに……」
「窓、不用心だわ。戸締まりはしっかりしなさいよ恩義ちゃん」
「不法侵入しておいてそれはないんじゃ……というか、招かれないと入れないはずでは?」
そう、吸血鬼はその性質として、招かれないと家には入れない。
だからこそ、美叶木さんは先日まで困っていたはずだ。
では、なぜか。
「どうやって……」
「どうもこうも、おまえが呼んだんでしょ、恩義ちゃん」
「あ」
そういえば、さっき彼女の名前を口にした。
完全に意識の外だった。
というか、そのぐらいのガバガバな判定なのか……。
それとも、なにかぼくが、ただならない邪念を以て、無意識に彼女を招いてしまったのだろうか? 来て欲しいと願ったと?
だとすればすこし、悔い改めた方が良さそうだ。
「えっと、整理しよう、つまり、ぼくに呼ばれたから尋ねてきてくれたと?」
問い掛けると、彼女は不敵に笑い、首を振った。
横に。
「偶然ね」
「偶然……」
「たまたま近くを通りかかって、たまたま壁にへばりついて、たまたま恩義ちゃんの声が聞こえないか確かめていたら呼ばれたわけ」
「へ、変態だ……!」
「配慮した言い方をしなさいよ眷属のくせに!」
理不尽にプンスコと怒りだし、こちらに掴みかかってくる彼女。
抵抗を試みるものの、力が、圧倒的に強い……!
ぼくも眷属になったことで飛躍的に身体能力が向上しているはずなのだけど、まったく太刀打ちできない。
こちらが脱輪した車をなんとか押し上げられる程度だとしたら、彼女は突っ込んできたダンプカーを投げ飛ばせるような膂力をしている。
「ふっふっふ。あはははははははは! 圧倒的じゃない私!」
「よっぽど抑圧されてきたみたいだねっ」
押し倒され、押し戻し、ゴロゴロと床を転がり合いながらなんとか会話で隙を作れないかと応じる。
彼女はさらに高笑いを上げ、
「影に邪魔されないのってサイコー!」
などと宣った。
そのときだ。
「兄ぃちゃん? ちょっとうるさい。いま配信中なんだけど」
乱雑なノックの音ともに、妹の声が響いた。
「あ、それともついにアタシのチャンネルに登場してくれる気になった? もー、はやくいってくれればいいのににゃー。じゃあ、兄ぃちゃんの部屋に突撃……!」
まずい。
まずすぎる。
ぼくの妹は生粋の動画配信者だ。
それが、ちょっと面白いかも? と思えば、相手のことなどお構いなしで撮影してくる。
こんな、控えめに言っても美少女である美叶木さんと組んずほぐれつしている状態を目撃されたら、ぼくの将来設計が死ぬ。
いや、そこまでならまだしも、今のぼくは吸血鬼の眷属。
カメラには映らない。
そうなれば、妹に説明責任が生じて、家の中での順列的に死ぬ!
どちらにしろこのままでは待っているのは死or死。
なんとかしなければと考えるが、あまりの焦りに脳が空転する。
その瞬間にも、ドアノブが回り、扉が開け放たれて――
「――あれ? 兄ぃちゃんいないじゃん。なんだよー、ラジオ付けっぱなしだっただけかぁ……つまんなーい!」
部屋から立ち去っていく妹。
ぼくは。
ぼくと美叶木さんは。
屋根の上に、いた。
「さ、さすがに調子に乗ったわ」
荒い息をつく美叶木さんが、バタリと屋根に背を預ける。
彼女は咄嗟にぼくの手を引いて、窓から屋外へ飛び出してくれていたのだ。
未だに繋がれたままの手。
そこから伝わってくる、吸血鬼特有のひんやりとした感触。
ぼくは。
彼女と同じように、屋根に寝転がった。
「ありがとう、美叶木さん」
「おまえ、それはさすがに駄目。迷惑をかけられたら怒るべきよ。度し難いにしても、ベクトルが違う」
迷惑か。
けれど、今は繋いだ手の方が、懐かしく。
「ぼくは、きっときみに恩義を返すよ」
「……恩義ちゃんは面倒くさい男よねぇ」
彼女が手を離す。
大きく息をつき、空を見上げる。
二人して、しばらくの間、無言で夜空を眺めた。
……このまま時間が止まればいいのに。
そんなことを思ってしまった内心に戸惑う。
恩返しをするなら、その願望こそ駄目なもののはずで。
だからぼくは、気が付けば口を開いていた。
「それで、美叶木さん。なんの用事で、ぼくを訪ねてきたんだい?」
「さすがにバレバレだった?」
「用がなければ、きみはわざわざぼくの顔を見ようとは思わないだろ?」
「……こいつ」
筆舌しがたい表情をした彼女は、けれどすぐにこほんと咳払いをして。
「〝おまじない〟が出たのよ」
至極真面目な様子で、そう言った。




