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夜は無慈悲なぼくの女王~再会したぼくの恩人は、クラスの深窓の令嬢で、死んでいて、吸血鬼だった~  作者: 雪車町地蔵
第二章 積み上がるキラキラ

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第一話 深窓の令嬢な一日(ポンコツ)

 休み時間。

 ぼくこと鶴屋(つるや)恩義(おんぎ)の視線は、気が付けばとある人物を追っていた。

 美叶木(みかなぎ)夜目(よるめ)。

 教室の最前列で、すまし顔で参考書を読んでいる深窓(しんそう)の令嬢(れいじょう)。


「みっかなぎさーん! お昼どうする? 学食行っちゃう?」

「ありがとう家入(いえいり)ちゃん。けれど」

「ははーん、今日も好き嫌いが多いな?」

「ごめんなさいね」

「いーよ、いーよ。じゃあ、また今度ね!」


 手を振り去っていくメガネの学友へ、小さく頭を下げて、美叶木さんはまた、本を読む作業に戻る。

 実際には読んでいない。

 視線に応じて頭部が動くスピードと、ページをめくる速さが一致しないからだ。

 つまり、深窓の令嬢を演じる上での役作りということだろう。


 一方で、つれなくされた学友たちは、むしろ楽しそうにしている。


「美叶木っちは儚(はかな)げだよねぇー」

「わかりみが深いですわ、クールでしてよ」

「嫌味にならないところがいいよね」

「ちょっと視線を外したら桜に攫(さら)われてそう」

「お家を伺(うかが)ったら長いこと誰も住んでなさそう」

「わかるー」


 などなど、どうもぼくのクラスメイトたちは、随分と善人らしい。

 そして、これらの会話を聞いていないはずもない美叶木さんはといえば、


「…………」


 まったく無反応に読書を続けるのだった。

 心中は別段穏やかでもないだろう。

 死者であることを取り消されても、彼女が吸血鬼であることに変わりはない。

 それでも、彼女は未だに深窓の令嬢を維持している。

 前と変わらず、特に問題もなく学生生活を送っている。


 だから、本当の問題はといえば。

 この数時間後、ぼくが彼女から、呼び出しを受けることの方にあった。



§§



「な、ん、で! 喫茶店に来ないわけ!?」


 昼休み、呼び出しの通り、使われていない空き教室へ出向いたところ、開口一番で怒声が飛んできた。

 すっかり深窓の令嬢というヴェールを脱ぎ捨てた美叶木さんが、腕を組み、仁王立ちしていた。

 彼女は苛立たしげに、かつかつかつかつ、と何度も床をつま先で踏みつけている。


「やあ、美叶木さん、教室ぶり」

「やあ、じゃない。おまえ、おまえは、あれだけ言ったでしょ、客として来なさいって」


 たしかに、ぼくは来店を誘われた。


「あれから一週間、待てど暮らせどやってこない。どういうつもり?」

「どうと言われても……恩を返すタイミングじゃないみたいだったから……」

「そういう人間だったわねおまえは! 度し難い!」


 ぴしゃりと言い放ち。

 彼女は深呼吸をする。

 それからやや落ち着いた様子で、


「それで、不便(ふべん)とかしてない?」


 と、訊ねてきた。


「なんのことだい?」

「…………」


 彼女は無言で、ぼくの首筋を指差す。

 ……さすがに鈍(にぶ)いぼくでも理解が及んだ。


「眷属(けんぞく)になったことか。いろいろ試行錯誤したよ。太陽は耐えられるのかとか、流水に飛び込むとどうなるのか、とか」

「自殺志願か? あーあー、そんなことだろうと思いました。おまえは無茶という言葉が似合いすぎる」

「ありがとう」

「私以上に頭イカレてるの?」

「太陽はなんともなかったけど、水は駄目だね。身動きが取れなくなって、流れに任せて漂着することになった」

「ほんとにイカレてる!?」


 まあまあ、そう興奮しないで。

 こういうのはやはり、実地で確かめていくのが一番な訳で。


「……はぁ」


 頭痛を堪えるように額を押さえていた美叶木さんは、ため息を一つ。

 それからこちらをじっと見据え。


「おなかは減ってない?」


 ……酷く真面目な表情で、そう問うた。

 さすがに、誠実な回答をすべきだろう。


「空腹は感じない。けれど、あまり食欲自体もないね」


 事実、ここ数日はほとんど絶食していると告げれば、彼女は「だと思った」ともう一度ため息をこぼす。


「いい、鶴屋恩義。いえ、恩義ちゃん」

「恩義ちゃん!?」


 それは、いくら何でもぼくへの呼びかけとして斬新すぎないか?

 高校二年生の、そこそこ男性っぽい男子だぞ?

 その……可愛らしやすぎないかい?


「聞きなさいってば恩義ちゃん。吸血鬼の身体は、基本的にお腹が減らないの。でも、それはエネルギーが足りてることを意味しない」

「うん?」

「吸血鬼になった時点で、おまえの人間としての本能、欲求に対する警報はだいたい馬鹿になったと思いなさい。死にそうでも、強いストレスを感じても、それこそ飢餓状態でも、脳みそはなんとかしろと言ってこなくなっているわけ」

「致命的な欠陥じゃないかな、それ」

「ええ、おかげで私もヤバい時期があったわ……なので、意識的に肉体と精神のケアをする必要がある。まあ、身体能力は常にフルスペックなので、実感は湧かないでしょうけど、あんまり限界になると、吸血衝動みたいなのも出るわよ」


 あれは耐えがたい。平和教育で語られる戦時中の人の気持ちがちょっと解ると、彼女は身震いをした。


「なので、それが嫌ならご飯をちゃんと食べなさい」

「具体的には? 一般的な栄養バランスを目指せばいい?」

「そのへんは基本フレーバーね。エナジーというか、命だったものを摂取する、という部分に比重が置かれている……ような気がするかしら。逆に、鉄の板とか延々ペロペロしていても、まったく補給はされないわ」

「試したんだ……」

「悪い!?」


 いや、何も悪くはないが。

 このビジュアル強者の吸血鬼が、鉄を舐めている光景を想像すると、さすがにシュールさが先に立つ。

 エロティックとかフェティッシュとか以前の問題だ。


「ともかく、恩義ちゃん、店に顔を出すように」

「なぜ」

「オススメのエナジー食を教えてやるって言ってんの。素直に聞いておかないと、あとで泣きついたって知らないわよ」

「お、オーケー、解ったよ」


 ちょっとばかし気圧され気味に首肯すれば、「それでいいのよ」と彼女は満足そうな表情を浮かべた。


「約束だからね」

「……約束は大事だね。今度こそ解った」


 鶴屋恩義にとって、美叶木夜目との約束は極めて重要だ。

 かならず喫茶店には出向こう。

 ……いいタイミングで。


「あ、ちなみに恩義ちゃん。太陽が効かないのは、私たちが古いタイプの吸血鬼、だからだそうよ」

「ぼくもそのあたり確証がない当て推量だったんだけど、どういうことだい?」

「友達に古典映画オタクがいるんだけど、初期の吸血鬼、ドラキュラとかね、あのへんって太陽が弱点じゃないのよ。後々になって、権利的にだいぶヤバい作品で付け足されたのが大衆受けして、吸血鬼は太陽が苦手! って風潮になったらしいわ」

「博識(はくしき)な友人をお持ちで」

「ええ、生きてた頃からの付き合いだもの」


 誇らしそうに胸を張る彼女。

 ……そうだ、この機会だし聞いておこうか。


「吸血鬼って、怪力以外になにが出来るか、把握してるかい?」

「そうね……再生能力が高い、鏡やカメラに写らない、血を吸うと眷属が増える、同時に力が増す。流水に入ると身動きが取れない、たぶん心臓を止められると危うい、あとは……だいぶ感覚的になるんだけど」

「先達の言葉だから、素直に聞かせてもらうよ」

「使い魔、みたいなものを作れる……っぽい」

「なんで、そんな、曖昧な……」

「だって、一回も私成功してない!」


 ん? んんん?


「吸血鬼といえばコウモリ。でも見つけられなかったから鴉(からす)を使い魔にするべく手懐(てなづ)けてやろうとしたわけ。幸せな鴉ね、私のもとで働けるなんて」

「なぜ、鴉を……」

「……? 賢そうだし、そこら辺にいっぱいいるし」


 思ったより考えられている理由だ。

 ひょっとして美叶木さんは、行き当たりばったりで行動しているわけではないのだろうか?


「なんか失礼なこと考えてない?」

「滅相もない。ミカナギサンハ、テンシノヨウナヒトダナー」

「なんで片言なのよムカつく。……とにかく、鴉を助けた訳よ。たまたま怪我しているのがいたから、羽を治療してやって……まあ、使い魔にするのは上手く行かなかったし、普通に逃げられたんだけど」

「それは、残念だったね」

「いいえ、いいのよ。だって」


 美叶木さんの瞳が。

 ぼくを、映す。


「いまは、眷属がいるもの」

「――――」


 なぜか、動悸(どうき)がした。

 よく解らない。本当に解らない。

 何か言わなければいけないという強烈な感情が、胸の奥で渦巻いて。


「……自分で言うのもなんだけど、ぼくは眷属として、ちっとも従順(じゅうじゅん)ではないけれどね」

「ひょっとして、これ私に才能がないって話に帰結するわけ? 不本意だわー」


 大口を開けて天を仰ぐ彼女。

 ぼくはそれが、どうしてだかおかしくて。

 口元が、自然と緩んでしまって。


「ちなみに美叶木さんは」


 失言を、する。


「家に、帰られないの?」

「……どの面下げて迎え入れて貰えっていうわけ?」

「ごめん」


 思わず頭を下げる。

 酷く配慮に欠いた言葉。

 どうしてこんなことを口にしてしまったのか。

 ともかく弁明をと思っていると。


「いまさら、あの家に居場所はないわ」


 彼女の穏やかな声が聞こえた。

 顔を上げる。

 教室の外、遠くを見詰めている美叶木さんの表情は、とてもサバサバとしていて。


「一人暮らしはそりゃあ大変だけど、やりがいもある」

「寂しいとかはない?」

「おまえらしくもない配慮の出来たセリフね」

「寂しいことは哀しいことだよ。例えばひとから忘れられるなんて、ぼくは耐えられない」

「だったら恩義ちゃん、今晩にでも、おまえの家へ押しかけてやろうかしら?」

「……ぼくはこれで、結構まともに高校生男子していてね……自分の理性にそこまで信頼を置かれても困るし世間体というのもあるというか……」

「冗談よ、冗談。私の品性的にありえないから」


 彼女はそういって、カラカラと笑った。

 だから、この時点でぼくは、まったく想像だにしていなかったのである。

 彼女の言葉が。


 まるで、予言のように現実になるなんて――


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