第六章 掌の上の悲劇と、消えた座標
その速達を最後に、翠との連絡は途絶えた。三日後、三好自身も何者かに拘束された。
目隠しを外されると、そこは薄暗い部屋だった。目の前には、あの担当官が立っていた。
「お前の背中の模様を、こちらで写させてもらった」
「翠はどこだ」
「安心しろ、まだ生きている。お前次第だがな」
三好は歯を食いしばった。組織の技師が、写し取った模様を専門家のもとに運んでいく。壁に貼り出された拡大写真には、無数の線と点が走っていた。技師の一人が、その一点を指し示しながら報告する。
「北緯三十五度四十一分、東経百三十九度四十六分——ここが第一の点です。そこから南南東に、点と点を結ぶ線が七本」
担当官が身を乗り出した。
「場所は」
「都内某所の地下、旧陸軍関連施設の跡地と一致します。ですが……」
技師の声が、そこで急に曇った。
「どうした」
「線の一部に、明らかに後から加えられた筆致があります。この、北緯三十五度四十二分あたりに引かれた三本の線が、他の線とは彫りの深さも角度も違う」
「何だと」
三好の朦朧とした意識の中で、ある記憶が蘇った。二十代の頃、彫師に頼んで見栄えのために線を足してもらったこと。あのときは、ただの装飾のつもりだった。そして、そのことを翠にだけ、何気なく話してしまったことも。
「まさか……」
「担当官、この三本の線を含めるかどうかで、座標がまったく違ってきます。含めれば江戸川区船堀の候補地。除けば、荒川区某所。あるいはこの角度の取り方次第では、さらに北の王子方面も否定できません」
「候補地はいくつだ」
「少なくとも四箇所。下手をすればもっと増えます」
担当官は三好の胸ぐらを掴んだ。
「お前、何をした!」
「知らない……俺も、今初めて知ったんだ」
「ふざけるな! お前の母親が遺した座標だぞ! 北緯三十五度四十一分、東経百三十九度四十六分——これがすべてのはずだったんだ!」
「本物だったんだろう。だが、俺が若い頃に足した線が、それを台無しにしちまったんだ」
担当官はしばらく三好を睨みつけていたが、やがて舌打ちをして手を離した。
「……重機を入れろ。候補地全部だ」
「全部ですか。四箇所、しかもどれも都内の一等地です。時間がかかりすぎます」
「他に手はない!」
その怒声を聞きながら、三好は薄れゆく意識の中で、ほとんど笑いそうになっていた。
(母さん。あんたが命がけで刻んだ北緯三十五度四十一分は、俺の下らない見栄のせいで、もう誰にも読み取れない)
——組織の崩壊はもう秒読みだった。だが、まだ生死の分からない翠のことを、三好はこの薄暗い部屋の中で、ただ祈るしかなかった。




