第七章 崩壊の後に、本当の救い
——時代は昭和から平成へと変わっていた——
数週間後、新聞にはM資金にまつわる不正の記事が躍っていた。誰が漏らしたのか、三好には分からなかった。
「三好、お前はもう用済みだ」
組織を解かれた夜、三好は路上に一人、放り出された。冷たい雨が降っていた。
彼はふらつく足で、ある病院へと向かった。
病室の扉を開けると、包帯を巻かれた翠が、静かに眠っていた。
「翠……」
しばらくして、翠がゆっくりと目を開けた。三好の姿を見るなり、彼女の目に涙が浮かんだ。
「よかった……。あなたが生きていて、本当に本当によかった」
「悪かった。俺のせいで、こんな目に」
「謝らないでください」
翠は弱々しく首を振った。
「私が勝手にやったことです。後悔なんて、していません」
「どうして、そんなに」
「三好さんの力になれたなら、それでよかったんです」
三好は、しばらく言葉が出せなかった。やがて、静かに口を開いた。
「翠。前に、話しかけてやめたことがあっただろう。俺の仕事のことで」
「覚えてます」
「本当は、貿易会社の経理係ってのは表向きの話でな。もっと別の——」
翠は静かに、三好の言葉を遮った。
「もう、いいです。今は」
「翠……」
「今、それを聞いたら、私、また怖くなっちゃう気がするんです。だから、いつか、二人とも落ち着いた頃に、ゆっくり聞かせてください」
三好は目を伏せ、それから小さく頷いた。
「M資金なんて、もうどうでもいい」
「え?」
「あんなもの、幻だったんだ。誰の手にも渡らなかった。母の復讐も、俺の反逆さえも、結局は誰も得しない、馬鹿げた話だったんだよ」
翠は静かに笑った。
「でも、私はこうして、あなたに会えました」
「それだけか」
「それだけで、十分です」
三好は初めて、心の底から安堵する自分に気づいた。
「これから、どうするんですか」
翠が尋ねた。
「分からない。だが」
三好は窓の外の雨を見た。
「もう振り返らない。それだけは決めた」
「じゃあ、私も一緒に、前を向きます」
(了)




