第三章 組織からの呼び出しと、二重の男
数日後、三好の腰のポケットベルが震えた。指令コードを見て、彼は駅前の公衆電話に駆け込んだ。
「今夜、いつもと違う場所に来い」
指定された空きビルの一室には、接触係の他に、見たことのない上級の担当官が待っていた。
「お前が個人的に探し物をしているそうだな」
「……何のことでしょうか」
「お前の母親のことだ。三好桐子」
三好は表情を変えなかったが、内心は凍りついていた。
「その名を、どこで」
「お前が知る必要はない。ただし、これだけは言っておく」
担当官は一歩詰め寄った。
「お前の周辺で、余計なことを嗅ぎ回っている人間がいるようだな」
「心当たりはありません」
「そうか。ならばいい」
担当官はそれ以上追及せず、別件の指令書だけを渡して部屋を出て行った。三好は一人残された部屋で、拳を握りしめた。
(――翠だ。奴らはもう、翠のことを掴んでいる)
同時に、三好の脳裏には別の後悔もよぎった。あの夜、翠にすべてを打ち明けようとして、結局言葉を飲み込んでしまったこと。もしあのとき、自分の本当の仕事を話していたら——いや、それはかえって危険を早めただけだったかもしれない。答えの出ない自問が、頭の中を巡り続けた。
ビルを出て公衆電話の前を通りかかったとき、腰のポケットベルが震えた。表示は翠の下宿の番号だった。彼はすぐに受話器を取った。
「もしもし、翠か」
呼び出し音だけが、いつまでも虚しく鳴り続けていた。
「……出ろ。頼むから、出てくれ」
応答はなかった。
——電話は、その夜のうちには繋がらなかった。三好は今、初めて理解する。自分が守るべきだったのは、母の秘密でも、組織の身分でもなく、目の前にいた一人の娘だったということを。




