俺以外に向ける笑顔が、憎らしすぎる(彼目線)
部室の中で、俺とゆうちゃんは二人っきり。
俺はカノジョを膝の上に乗せ、後ろからカノジョを強く抱き寄せる。
「思った通り、ゆうちゃんのサイズはちょうどいいね。なんか、すっぽり包んでしまえる感じ。癒される~、抱きまくらにしたい~」
「……ソウデスカ」
俺はゆうちゃんの肩に頭を置き、すりすりと頭を擦りつける。
(ゆうちゃんの体、柔らかくて暖かい。癒されるー。それに、いい匂いする。ずっとこのままでいたい)
「先輩、カノジョいるのに、そんなことしていいんですか?」
「ん? なーに? やきもち?」
「純粋な疑問です」
(やいてくれたら嬉しいんだけどなー)
「まあ……俺も相手も、半分遊び感覚で付き合っているだけだし、別に気にしなくてもいいよ」
「そういうものですか……?」
ゆうちゃんの温もりを堪能しながら、俺は思いを馳せる。
(ゆうちゃん、いまいち俺に懐いてくれていないんだよなー。触れるのはいつも俺からだし)
それでも、こうして抱き着いてもそんなに抵抗してこないのは、少なからず心を許してくれているのかと考える。
そう思えば、多少ツンツンしていても、かわいく思える。
愛しさに駆られ、ゆうちゃんの頭上に音を立てて口付けを落とす。
「っ! せ、先輩、何をして――?」
「ちゅっ……ん? キスしているよ~。ゆうちゃん、かわいいから、つい」
「なっ……なっ……」
(あっ、口をパクパクさせている……かわいい)
「つい、じゃないです! こんなこと――」
「ああ、ゆうちゃん、耳まで赤くなっているね。かわいい……んっ」
「ひゃっ!?」
耳に口付けを落とすと、大袈裟なくらい体が跳ね上がった。
その反応と声がかわいくて、いじらしくて、もっといじめたくなる。
「かわいい反応。ゆうちゃんは耳が弱いんだね」
「やめっ……ちがっ……」
口付けが続くにつれ、俺にもわかるほど、ゆうちゃんの体が火照っていく。
(もう、こんなにかわいい反応して……俺をどうしたいの? 放してあげられなくても知らないよ)
一通りゆうちゃんの反応を堪能して、空が暗くなってきた頃、流石にこれ以上引き止めるのが忍びなくて、名残惜しいものの手を放す。
(学校がある日は毎日くっついているのに、全然足りる気がしない……もっとゆうちゃんとくっついていたいなー、一日中くらい――)
そこまで考えて、閃いたかのようにゆうちゃんに振り返る。
「そうだ、ゆうちゃん。週末時間ある? 遊びに行かない?」
「……先輩は受験勉強とか、しなくていいんですか?」
「へーき。俺、こう見えて、勉強はできる方だから」
「はあ……」
彼女はスマホを取り出した。予定を確認しているようだ。
「……家族と出かける予定です」
「そっか。じゃ、また誘うよ」
(予定があれば仕方ない。また誘えばいい)
残念と思いながら、俺はすぐ部室を後にした。
後ろで胸を撫で下ろすゆうちゃんに、気づくことなく。
* * *
部活のある日は放課後でもすぐにゆうちゃんに会えないから、よく教室で時間を潰している。
今日はなぜか彩陽とその友人も教室に残っていた。
「ねえ、颯真。勉強教えてよ」
「えー」
カノジョたちは勝手に机を並べ、俺の周りに座り込んだ。
机の上には教科書とノートが並べられていた。
「いいでしょう? 暇そうにしているし。一応彼氏なんだから」
「……少しだけだよ」
どうせ部活が終わるまで何時間も待つことになるなら、せめて何かをしながら暇を潰したい。
それが勉強であっても別にいい。
(教えるのはめんどくさいけど)
授業の内容なんて、聞いていればわかるから、どう勉強すればいいのって聞かれても答えられない。
(あっ、でもここで勉強を教えられるようになれば、ゆうちゃんの勉強も見てあげられるかな)
正直頼られるヴィジョンは見えないけど、こう考えれば少しやる気が出る気がする。
「ていうか颯真、最近よく教室でぼんやりしているよね? 暇なの?」
「別にいいでしょう?」
「あー、なにその態度? カノジョに対してこんな態度取っていいの?」
「どうせ偽だろう。ていうか、いつまで付き合っているふりをするの? もう元カレを見返しただろう?」
「それがねー、最近、復縁しようってしつこくて」
「復縁すればいいじゃん」
「いやだよ! 浮気っていうのはね、一回あれば必ず二回目があるの。だから一回でも許しちゃダメなの」
「ふーん」
ぼんやりと聞きながら、頭の中ではゆうちゃんのことを思い浮かべる。
(ゆうちゃんも、カレシとか欲しいのかな)
あの子の美弥ちゃんと春翔を見る目からして、まったく興味ないっていうわけじゃないらしい。
(ゆうちゃんがカノジョになったら、どんな感じなのかな?)
いつもはツンツンしているけど、心を許した相手にはデレデレするかな。
(自分から甘えにいったり、逆に甘やかすほうだったり?)
想像してみただけで、口角が上がりそうになる。
(いいな、それ。楽しそう)
でもすぐ、心が沈んでしまう。
(半年以上付き合える自分が想像できないな)
俺自身、長い間付き合えた経験がない。
俺だけじゃない。親だって、友達だって、何年も付き合えるやつは珍しい。
それほど、人の心って、すぐ移ろいていくものだ。
(それに、俺が別れたくなくても、もしゆうちゃんに拒絶されたら――)
そう考えるだけで、心臓が締め付けられる。
「だからね、颯真とは、元カレが諦めてくれるまで付き合って欲しいの! ……ねえ、聞いてる?」
「はいはい、聞いているよ」
差し出された問題を、適当に解いていく。
それなりに時間が経ち、喉に渇きを覚え始める。
「……俺、飲み物を買ってくるわ」
「私もちょうど買いたいと思ったところ、付き合うよ」
彩陽は席を立ち、俺の腕に手を絡めてきた。
「学校ではいつ誰に見られるのかわからないからね。元カレに偽カレってバレたら面倒だからね」
「……好きにしなよ」
この態勢のまま、俺たちは教室を後にした。
買った飲み物を手に持ち、夕焼けに照らされた廊下を渡り、窓の外を見やる。
(……そろそろ片付けに入る時間だよね)
ぼんやりと思考を巡らせ、廊下に視線を戻すと、向こうから近づいてくる人の影が見えた。
段ボールを抱えているゆうちゃんと……知らない男子生徒。
2人はどうやら楽しくおしゃべりをしている様子だった。
男の方は目を輝かせながら、ゆうちゃんに話しかけている。
ゆうちゃんは彼に……ほんのり笑みを浮かべながら、応じている。
一瞬、ゆうちゃんと目が合って、彼女は気まずそうに頭を下げた。
(――何それ)
頭の中に、黒いモヤが浮かび上がる。
(あの男子とは楽しく話しているのに……俺とは目も合わせてくれないの?)
頑なに俺を見てくれないその瞳に、珍しく苛立ちが湧き上がってくる。
(俺と話す時、そんな顔してなかったじゃん)
徐々に近づいてくる彼女に、俺は声をかける。
「お疲れ、ゆうちゃん。まだ部活?」
「……はい」
「そっか、頑張っているね~……そっちの彼は一年?」
俺はゆうちゃんの隣に立つ彼を、頭を下げず上から見下ろす。
それだけで怖がらせられたのか、彼は体を強張らせた。
彼は助けを求めるような目を、ゆうちゃんに向ける。
(……やめて、彼女を見ないで)
「……新入部員の鈴木隼人くんです。そちらはバスケ部OBの室星颯真先輩」
「っ! 鈴木隼人です! よろしくお願いします!」
「そうなんだー。頑張ってね、一年」
「うっす……」
湧き上がった苛立ちを抑えきれず、笑いながらも圧がこもる口調になってしまう。
(でも仕方ないよね……ゆうちゃんが、他の男と楽しそうにしているから)
俺たちの間にほんのり気まずい空気が漂っていると、彩陽が腕を引っ張ってきた。
「……ねえ、颯真、まだー? 私、そろそろ帰りたいんだけど」
「……ん、ごめんね。教室に戻ろう」
俺は彩陽に引っ張られたまま、教室に戻ることにした。
ゆうちゃんの隣を通り過ぎる際、わざと隣にいる彼にも聞こえる音量で言う。
「それじゃ、またね、ゆうちゃん」
教室が近づき、後ろにもゆうちゃんたちの姿がいなくなった頃、彩陽は俺に話しかけてきた。
「ねえ、颯真」
「ん?」
「あんた、もしかしてさっきの子のこと……」
なんとなく彩陽が何を言おうとしているかわかる。
それでも俺は答えるつもりはない。
俺は夕焼けの光に背を照らされながら、指先を口に当てる。
「……余計なことは言わないでね」
(俺はこの気持ちを、ゆうちゃん以外の誰かにぶつけるつもりはないから)
* * *
部活が終わるであろう時間に近づき、俺は誰もいない部室に入って、スマホを取り出した。
視線はじーっと時間を見つめ、ただ時が過ぎるのをいまかいまかと待っていた。
外から足音が響き、それが大きくなっていくにつれて、心が冷えていく。
やがて音が止み、部室の扉が開かれる。
「あ、来たね」
不安な表情を浮かべるゆうちゃんが、扉の前で立ち止まる。
「どうしたの? おいで」
俺は彼女が来やすいように、手を広げた。
それでも、彼女は歩こうとしない。
(……どこまで俺をイライラさせるの?)
「……いい子だから、おいで」
声をさらに低くしてやっと、ゆうちゃんは歩き出した。
手の届く位置まで着き、俺は逃がさないように彼女の腰に手を回す。
バランスが崩れた彼女は、椅子の背もたれに手をつき、俺を見下ろす。
その目は、恐れと不安に満ちていた。
それが、すごく気に障る。
「あのっ、先輩、近いです」
「……あの一年と楽しそうに話してたね。仲いいの?」
「えっ、仲いいというほどじゃ……ただ、よく手伝ってもらっただけです」
「ふーん」
(手伝ってもらっただけ、か……それなのにゆうちゃんは、あんなかわいい顔を彼に見せるんだね)
あの一年の、もじもじしながらゆうちゃんと話しているところを思い出すと、腹が煮えくり返る。
俺はゆうちゃんの頬に手を添え、なぞる。
彼女はくすぐったそうに触れられたところを震わせ、顔を逸らそうとする。
(――ダメ、俺を見て)
彼女の瞳にもっと自分を映してほしくて、顔を逸らされないように固定する。
「……俺といる時、すぐ逃げようとするのに」
「それはっ」
「ねえ、笑ってみてよ」
(さっきの彼と話している時よりかわいいのを、俺だけに見せてよ)
しかしゆうちゃんが見せてくれた笑顔は、どこまでもぎこちなくて、心がこもっていない。
(愛想笑いより心がこもっていないじゃないか)
「……全然楽しそうじゃないね」
「楽しいこと、何もないので」
「なんで? 俺といるのは楽しくない?」
「どちらかといえば、楽しくないです」
(なにそれ)
ゆうちゃんの言葉が鋭い刀と化し、俺の心を突き刺す。
(じゃあ、俺だけ毎日ゆうちゃんとの時間が楽しみで仕方なくて、会うだけで浮かれ上がって……バカみたい)
「じゃあ、俺よりあの一年といる方が、楽しい?」
「えっ」
俺の質問に、ゆうちゃんはわけがわからないかのように目をまん丸にする。
しばらく待っても答えが返ってこず、苛立ちだけ募っていく。
「……答えないんだね」
「っ……きゃっ!」
ゆうちゃんを抱き寄せ、弱点である耳元で囁く。
「俺はこんなにゆうちゃんを可愛がってあげているのに、ゆうちゃんは俺になついてくれないんだね」
「っ……耳元で話さないで、くださいっ……くすぐったい」
「ああ、でも……こんな顔を赤くしているかわいいゆうちゃんが見れるのは、俺だけだよね」
よっぽど敏感なのか、耳元で軽く吐息を吐きかけるだけで、ゆうちゃんはかわいい声を上げ、耳が赤く染まる。
(かわいい)
頭は苛立っているというのに、ゆうちゃんを見て、もっと触れたい、愛でたいという衝動だけは抑えられない。
(もっと思い知って……俺がどんだけ、ゆうちゃんのことがかわいいのか。どれだけ、欲しいのか)
衝動に身を任せ、ゆうちゃんの頭に手を置き、唇に視線を向けながら引き寄せる。
もう少しで唇が触れるところで、彼女は手で遮ってきた。
「なに? この手は」
「……先輩、それはダメです」
これは明確な拒絶だ。
ゆうちゃんは俺と、これ以上のことをする気がない。
それだけで、心がこれまでにないほど痛む。
(いったいどうしたら、ゆうちゃんは俺に懐いてくれる? 俺を求めてくれる?)
行き場を失った衝動は、代わりにゆうちゃんの手に口づけることで発散していく。
「先輩、放して……」
「手を差し出したのはゆうちゃんでしょう……んっ」
心のモヤモヤが消え去るまで、俺はゆうちゃんの手を掴み、口づけを繰り返した。
(ゆうちゃんのかわいい表情を全部、俺だけに見せてほしい……お願い、他の誰にも見せないで、知られないで、俺だけに見せて――)
いつまでも発散しきれない衝動を抱えたまま、俺はゆうちゃんの耳元で囁く。
「ゆうちゃんは他の人になついちゃダメだよ。わかった?」




