会えない時間が、愛を育てすぎる(彼目線)
ゆうちゃんが退部するのを阻止し、俺はめでたく部活中でもあの子に構うことができたが……。
(いまいち、懐いてくれない)
部活中、俺はボールばかり触っている。
あの子はあの子で、正式にマネージャーになったことで、あっちこっち忙しなく駆け回っている。
(あんなに必死に走り回らなくてもいいのに……俺のプレイを見ている方が面白くない?)
こんなことを言っていると、春翔にナルシストって言われそうだけど、あまりにも俺に興味なさそうだから、こっちが拗ねてしまいそうだ。
そんな意味深な視線を送っても、なぜか彼女からはあまり視線が合わず、恐らく意図的に避けられている。
(退部を引き留めたのは間違いだったのかな……部活で会えるのはいいものの、絡む機会がなければ意味ないし)
そんな距離感のまま一年近く過ぎていき、春休みに突入してしまった。
「暇だなー……あの子に会いたいなー」
「颯真……お前、カノジョがいるんだろう? なんでここでだべっているんだ?」
春翔の部屋のベッドに寝転がりながら、ゆうちゃんの姿を思い浮かべていると、春翔が上から俺を覗き込んできた。
「だって、カノジョと出かけても大して楽しくないんだもん。それなら寝転がっていた方が、まだ有意義だろう」
「お前な……ここはお前の家じゃないんだぞ。寝転がるなら自分の家でやれ」
「えー」
そんなことを言っていると、ムギちゃんがまた部屋に入ってきた。
「ニャー」
その子は真っ直ぐ春翔の懐に入り、甘えるように鳴いた。
春翔はあまあまな目でムギちゃんを見つめ、撫で回す。
「よーしよしよし……ムギはいい子だなー」
「ムギちゃん、本当に春翔にしか懐かないね。好かれる秘訣でもあるの?」
「秘訣……たくさん構ってやることとか?」
「嘘だ! 俺、ムギちゃんにたくさん構っているのに、懐かれていないじゃん」
「そこはもう、人柄だな」
「酷ーい」
俺は上半身を起こし、ベッドに座り直す。
「春翔、最近美弥ちゃんと付き合い始めたんだっけ? 遊びに行かないの?」
「行っているさ。誰かさんがここに入り浸っているせいで、ろくに連絡も取れないがな」
「なにそれ。自分の奥手を俺のせいにしないでよ」
正直、春翔から付き合い始めたという報告を聞いた時、結構驚いた。
この朴念仁にカノジョができる日が来るとは。
(まあ、美弥ちゃんとはずっといい雰囲気だったし、いつかはこうなるんだろうなーとは思ったけど)
「ね、美弥ちゃんに聞いて、ゆうちゃんの連絡先をもらえたりしない?」
「お前、まだ宇佐野さんに絡んでいるのか? 彼女は控えめな子だから、いつかウザがられるんじゃないか?」
「むっ、余計なお世話。美弥ちゃんに聞いてみてよ」
「個人情報だから、勝手にもらうわけにはいかない。自分で聞け」
「ケチー」
春翔に軽くあしらわれて、ここに居座ってやるって、ふてくされているその時、スマホから通知が来た。
「……あっ、カノジョからだ。『本命ができたから別れよう』だって」
「それは……ご愁傷様。好きなもの買ってやろうか?」
「別に気を遣わなくていいよ。いつものことだし。すぐ次の子ができるでしょ」
「お前、よくそんなんでカノジョができるな」
「相手の子もいつも遊び半分で付き合っているし、なんとなく一緒にいるだけだよ」
スマホを投げ捨て、まだベッドに寝転がる。
(あー、早く学校に行けないかなー。ゆうちゃんと会えないのはつまんないなー)
* * *
休みが明け、教室で椅子に座り、窓の外を眺めながらホームルームの時間を待っていると、隣から女子の雑談が聞こえてきた。
「ねえ、聞いてよ! 私、彼氏に浮気されたけど」
「えー、マジ? 最低じゃん、その男」
「そうだよね! 本当、許さん。よりにもよって、浮気相手は年上の人だよ? ありえなくない?」
「うわっ、ありえない。男って、ちょっときれいなお姉さんを見ただけで、すぐ靡くよね」
(何、その偏見にまみれた意見。俺は相手が年上だろうと年下だろうとどうでもいいけどなー)
聞き耳を立てながら、遠目で校門を眺め、あわよくばあの子が見つけられないかと、淡い期待を浮かべる。
「彩陽も、すっっごくかっこいい彼氏を作って、見返してやれば?」
「それ、いいね! やろうよ!」
「やろうって言っても……そんな都合よくかっこよくて、こんな理由で軽く付き合ってくれる人なんて……」
話が不自然に途切れ、隣が静かになった。
なんとなく嫌な予感がして、恐る恐る振り向くと、やっぱりそこにいる女子三人組が、俺を見ていた。
「——いるじゃん! 顔がムカつくほどよくて、チャラくて、都合のいい男!」
(今、とんでもなく失礼なこと言われた気がする)
クラスメイトの高橋彩陽が、俺のデスクの前に来た。
「話聞いてたんでしょう? 付き合ってよ!」
「聞いてたんじゃなくて、聞こえてきたんだけど……」
「どうせ今フリーでしょう? 休み中で別れたって聞いたよ」
「誰に聞いたんだよ……」
(女子の情報網って、相変わらず侮れないな)
そんなことを考えていると、彩陽が手を合わせながら、お願いしてきた。
「お願い! しばらくでいいから! 彼氏に見返せたら、それでいいから!」
「まあ……別にいいけど」
「本当? やった!」
(春翔よ。カノジョってのは、こんな軽いノリでもできるものだぞ)
* * *
放課後、俺は彩陽に引っ張られ、校門前で待ち伏せしていた。
「お前の元カレ、別のクラスにいるっけ?」
「そっ! 彼の姿を見た瞬間、イチャイチャしているところを見せつけてやるのよ!」
「……そうですか」
「あー、来た来た!」
彩陽は俺の首に手を回し、強引に俺を屈めさせる。
俺は力を抜き、彼女に合わせて、親しくいちゃつくカップルを演じる。
「……本気ではしないからね」
「……分かっている。早く済ませなよ」
(あー、早く終わらないかなー……そういえば今日、部活初日だっけ。俺、もう引退したけど、顔を見せに行ったら、ゆうちゃんは驚いてくれるかなー……)
そう考え、思わず体育館がある方向に視線を向けると、こちらを見ているゆうちゃんの姿が見えた。
ゆうちゃんは目を見開いていた。視線が合った途端、彼女はそっぽを向いて、美弥ちゃんを連れてそこから離れた。
(あー、まだ逃げられちゃった。せっかく会えたから、もっとちゃんと顔を見たいのに)
やがて彩陽は手を放し、俺の腕に絡んできた。
彼女はある男子生徒を見ていた。
「おい、どういうことだよ、彩陽! その男はなんだよ! 最近まで俺と付き合ってたんだろう!」
「あんたには関係ないでしょう! もう別れたから、きれいなお姉さんに慰めてもらえば? それとも悔しいの——」
2人は俺の隣で、挑発し合っていた。
(俺、もういらないじゃん。放してくれないかなー)
あれこれ30分ほどかかり、俺はやっと、2人の喧嘩から解放してもらえた。
* * *
部活が終わるだろう時間を見計らい、俺は春翔の後ろについて行き、部活の様子を見に行った。
(本当はゆうちゃんと話したいだけだけどね)
体育館に入った途端、美弥ちゃんは嬉しそうに春翔のところに駆けつけてきた。
2人はあまあまな空気を漂わせていて、隣にいる俺まで火傷しそうだった。
俺はそんな2人を横に、ゆうちゃんの姿を探す。
まさに体育館の壁際にあるベンチで、彼女は部室に返すであろう書類を抱えていた。
彼女はうらやましそうに、春翔たちを見ていた。
その目が俺にも向けられたその時、俺は手を振ってみせた。
でも彼女は頭を軽く頷くだけで、すぐそっぽを向いた。
(……相変わらずツンツンしているなー。でもやっぱりかわいい)
もっとこっちを見てくれないかなって思ったその時、美弥ちゃんはゆうちゃんのところに駆け込み、何やら話し込んでいた。
しばらくすると、美弥ちゃんがこっちに戻ってきて、ゆうちゃんはもう一つの出入口から出ていった。
「颯真、俺と美弥はこのまま帰るんだが、お前は——」
「2人で帰って。お邪魔虫は退散するよ」
俺は熱々の2人をこの場に残して、ゆうちゃんの後を追うように部室に向かった。
部室の扉は開いていて、ちょうどゆうちゃんはデスクに持ち物を置いて、背伸びしているところだった。
「ねえ、二回も無視するのは酷いじゃない?」
早く振り返ってほしくて、とにかく何かを話したくて、自分の不満をぶつけてみる。
そうしたら、ゆうちゃんのぐりぐりっとした丸い目が、俺の方を見てくれた。
(……かわいい)
「室星先輩は帰らないんですか?」
「いっぱいアピールしたのに、かわいい後輩が構ってくれないから、こっちから構いに行こうかなって」
ゆうちゃんは素っ気なく、すぐ俺から目を逸らして、書類の片付けを始める。
(なにそれ。せっかく会えたのに、じっとも俺を見てくれないんじゃん。こっちはずっとゆうちゃんに会えなくて、つまんなかったのに)
「ねえ、ゆうちゃん。連絡先教えて」
「えっ、いやです」
「あはは、即答は酷いなー」
「私の連絡先を知ってどうするんですか? 部活以外のことで、先輩と話せることなんてないんでしょう……」
(話したいこと、いっぱいあるのに……休みの間何をしてたとか、俺に会えなくて、寂しかったのかとか。ゆうちゃんはツンツンしているから、意地でも会いたいって言わなさそうだけど)
「えっ、普通にゆうちゃんを遊びに誘いたいなーって。休みの間、ゆうちゃんに会えなくて、寂しかったから」
「カノジョさんを誘えばいいんじゃないですか?」
「ん……ゆうちゃんとも遊びに行きたいなー」
(最近、カノジョと出かけても楽しくないんだよね。ついゆうちゃんのことを思い浮かべてしまって。ゆうちゃんなら、どんな顔をするかなーって)
そのせいで、毎日のように春翔の部屋に転がり込むことになったけど。
書類の片付けがほとんど終わったのか、ゆうちゃんは最後のファイルを持って、棚の高いところに置こうと踵を必死に上げた。
でもどうしてもギリギリのところで届かず、彼女は何かを探し始めたように辺りを見回した。
(何それ、必死に背伸びしちゃって、可愛すぎるんだけど)
「届かないの? 手伝ってあげようか?」
「いえ、椅子を使うので――」
俺は部室の扉を閉め、逃さまいと棚に手を置き、ゆうちゃんを腕の間に閉じ込める。
「あの、先輩、邪魔っ」
「手伝ってあげようか?」
「……お願いします」
やっと頼ってくれたことに、心が悦で満ちていく。
(せっかくだから、もっと近づきたいな)
そう思って、俺は思い切って、彼女の足に手を回し、持ち上げる。
「きゃっ!」
「よいっしょ……ほら、これで届くんでしょう?」
「な、何をしているんですか! 怖いです! 早く降ろしてっ――」
持ち上げられたのが怖いのか、ゆうちゃんは俺の肩に手を置いて、しっかり掴んでいた。
そこから心地良い熱が広がった。
(初めてだな、ゆうちゃんから俺に触れたの)
「ん? でもゆうちゃん、まだファイルを戻していないでしょう? ほら、早く戻して~」
ゆうちゃんは素早くファイルを棚に戻した。
そして俺を見下ろした。
「も、戻しました……あの、早く降ろしてください」
「……」
いつもより間近にある、ゆうちゃんの顔はほのかに赤くなっていた。
その少し垂れている目の奥に、俺の姿を映していた。
(かわいいな……何をどうしたら、こんなにかわいく育つんだ?)
体が小さくて、軽くて、本当に猫を抱きかかえているみたいだ。
「なんか……この態勢、いいね」
「何がいいんですか」
「抱き上げたままでいれば、ゆうちゃんは逃げられないし、それどころか俺にしがみついてくれる。俺は間近でゆうちゃんのかわいい顔を見られる。最高じゃない?」
「何が最高なのか、わからないです」
(こんなかわいい生き物……放してしまったら誰かに攫われそう)
ま、そうはさせないけど。
「……降ろして欲しい?」
「はい」
「じゃ、連絡先教えて?」
「いやです」
頑なに連絡先を教えてくれないゆうちゃん。
ツンツンしているところもかわいくはあるけど、たまにはデレも見せてほしい。
俺はゆうちゃんを膝の上に乗せ、密着するように抱き寄せながら、彼女のスマホを勝手に借りて、アプリを開いた。
足をバタバタさせているところも、必死にスマホを取り返そうとするところも、じゃれている猫みたいでかわいく思いつつ、取り返される前に素早く俺の連絡先を入れた。
ピロン~♪
「はい、どうぞ」
彼女からのメッセージが届いたのを確認してから、スマホをkの手元に返す。
「あの、何ですか? この『颯真先輩大好き♡』って」
「ん? この名前に変えた方が、見つけやすくない? ゆうちゃんも俺のこと、颯真先輩♡って呼んでいいよ」
「呼びません」
(名前で呼んでほしいんだけどなー。距離が一気に縮まった感じがして、いいと思うけど)
「連絡先はもう知ったでしょう? そろそろ降ろしてもらえませんか?」
「んん……でもゆうちゃんから渡してくれたわけじゃないから、ダーメ。もう一つ約束してくれたら、放してあげる」
(俺はもう部活がないから、ゆうちゃんと会える時間が欲しいな)
俺はわざと真正面で彼女を見つめ、笑ってみせる。
「放課後と部活後、一人でここに来て」
(もっと近づきたい、くっついていたい……もっと構ったら、いつかは懐いてくれるよね?)
「いいね? ゆうちゃん♡」
(早く俺に懐いて……俺だけに懐いて)




