子猫みたいな後輩がかわいすぎる(彼目線)
誇張ではないが、俺はとんでもなくモテる。
中学校の頃からカノジョが途切れたことはほぼないし、そのほとんどは女子から告白してきた。
でもその関係は、長く続いたことがない。
三ヶ月くらいすれば、なんか飽きたなーってなって、また次へ切り替えていく。
たまに別れたくなくて、泣き喚いてくる女もいた。
俺はただただ、うざいなとしか思わなかった。
それ以来、俺と同じくらいのノリで恋愛ごっこしてくれる女の子とだけ、付き合うことにした。
「お前のその癖、本当に最悪だな」
「それは世間の意見でしょう? 結局恋愛って、当事者が楽しければいいんだよ」
実際、俺の親も小さい頃に離婚してたし。
その後、母はいろんな男と付き合って、別れて、その繰り返し。
所詮男女の付き合いって、そういうものだ。
最初は新鮮さを求めて、その新鮮さがなくなればすぐ次に乗り換える。
「理解に苦しむな。そんなんじゃ、いつか本命が現れた時、振り向いてもらえないぞ」
「そんなの、春翔がカノジョをできてから言ってよ」
目の前の男、相宮春翔は机に教科書とノートを広げ、課題をこなしながら、俺の恋愛談を聞いている。
きっかけはなんてことない、俺につい最近新しいカノジョができたからだ。
そのことを、春翔の家に遊びに来たついでに報告していた。
「でか、学校始まったばかりなのに、もう勉強しているの? 真面目すぎない?」
「今年から先輩になるんだぞ。後輩のいい模範にならないとな」
「うわっ、引くほど真面目。そんなんだから、部活の部長を押し付けられるんだよ」
「押し付けられるなんて、言い方が悪い……期待されている証じゃないか」
「あっ、そう」
春翔とは高校に入ってからの付き合いだが、部活が一緒ということもあって、よくつるんでいる。
こいつは俺の話に飽きずに付き合ってくれるし、反応も面白いから結構気に入っている。
真面目すぎる点だけは、どうしても分かり合えないが。
「そういえば新入りのマネージャー……林美弥ちゃんだっけ? 結構手こずっているみたいじゃない? この間、失敗しちゃって泣きそうになっていたよ。部長としてフォローしてあげなよ」
「もちろんしているさ。でもやはりマネージャーは一人だけだと、どうしても負担が大きくなってしまう……もう一人入ってくれればいいんだが」
「募集すればいいじゃん。入部希望者自体はたくさんいるだろう?」
「誰のせいで無闇に女子を入部させられない事態にしていると思う?」
そういえば去年、俺がバスケ部に入部した頃、同級生のマネージャーや先輩マネージャーもいたっけ。
まあ、その中の数人と付き合っていたら、とんでもない修羅場になって、全員退部したけど。
「そういえば林さん、友達を助っ人にしたいって言ってた」
「……女子?」
「颯真、手を出すんじゃないぞ」
「わかってるって」
(可愛い子だったらいいなー)
ニャー。
その時、春翔のうちの金色の猫が、扉の隙間から入ってきた。
「おお、ムギちゃんじゃん。おいでー」
その猫を誘うように、手を伸ばすと――
シャー。
なぜか俺に威嚇してきた。
「ほら、ムギ。こっち来るんだ」
春翔が呼びかけると、ムギはあっさり春翔の膝に上がり、自分の体を擦り付ける。
「春翔はいいな。ムギちゃんに好かれて。なんで俺は嫌われているんだ?」
「お前の人となりが見透かされたのではないか?」
「何それ、遠回しに性格悪いって言ってる?」
「結構悪いだろう……まあ、それは冗談として。ムギはそもそもそんなに人に懐かないんだ。懐いた人にはとことん甘えるがな」
「ふーん」
その時、俺は何も言わなかったけど。
春翔にだけ心を許しているその猫を見て、俺は密かに、春翔のことを羨ましいと思った。
* * *
部活の時間に、部員全体が集められた。
俺と春翔は最前列に立ち、何事かと俺はぼんやりと考えていた。
春翔は部員たちに向け、声を張り上げた。
「みんなに伝えたいことがある。しばらくの間、新しいマネージャーを受け入れることになった」
その言葉を合図に、マネージャーの美弥ちゃんは体育館に入ってきた。
その後ろには、美弥ちゃんより少し小さい女の子が入ってきた。
「しばらくマネージャーの仕事を手伝うことになりました、宇佐野優と言います。よろしくお願いします」
一目見た瞬間、かわいいっと思った。
ふんわりとした亜麻色の髪が、頭が動くたびに揺れる。
耳や口は小さくて、いじらしい。
この子はどんな目をするんだろうかと気になって、いつの間にかその顔を覗き込んでいた。
目を開き、俺と目が合った彼女は、びっくりしたのか目をぐりぐりって丸く見開いた。
目元が少し垂れていて、そこもまだ弱々しい感じで、保護欲をそそられる。
まるで子猫みたいだ。
「君、ゆうちゃんって言うんだね。結構かわいいじゃん」
「は、はあ……」
思っていることを口に出してみると、彼女は困ったような声を上げた。
今まで俺が褒めれば、女の子は大体恥ずかしがるか、あからさまに喜ぶのに。
(まぁ、そのほとんどはお世辞だけど)
この子はそんな素振りを見せない。
逆にちょっと冷めた目で見てくる。
こういうタイプの女の子は初めてだ。
もし懐いてくれたら、どんな顔を見せてくれるんだろう。
彼女の姿に、春翔の家で見たムギちゃんの姿を重ねる。
(……興味あるな)
そんな好奇心に駆られ、俺とゆうちゃんがじゃれ合う日々が始まった。
* * *
(……ガードが硬いなー)
ゆうちゃんを懐柔すべく、水を飲ませようとしたり、弁当を褒めたり、さりげなくスキンシップしてみたりしてみたけど、一向に懐かれる気配なし。
それどころか、警戒心だけ増していった気がする。
(まあ、そのかわいい顔で睨まれても、子猫に毛を逆立てられたみたいで、かわいいだけだけど)
それはそれとして、案外攻略に手こずってしまっていることに、新鮮ささえ覚える。
(次はどんなこと仕掛けてみようかな――)
「おい、颯真。昼飯はいいのか?」
「うん……何も持ってきてないからいいや」
「ったく……購買部で何かしら買え。午後が持たんぞ」
そう言って、春翔は弁当箱を抱えて、教室から出た。
(そういえば部活のミーティングがあるとかなんとか言ってたな)
俺は割と部活を楽しむ勢いでやっているから、行政的なことにはまったく関わっていなかった。
春翔も俺の性格を察して、大して強要してこなかった。
おかげで、俺は結構のんびりやれている。
教室に人気が溢れ、騒がしい雑音が嫌でも耳に入る。
(……どこか静かな場所行こうか)
俺は席を立ち、ゆらりと教室から出ていく。
そしてなんとなくたどり着いたのは、学校の裏庭だった。
(そういえばこの間、ここでゆうちゃんと美弥ちゃんを見かけて……)
つい記憶を頼りにそこにあるベンチに視線を向けると、亜麻色の髪が視界に入った。
その隣には誰もいなかった。
(今日は一人なのかな)
俺は気配を消して、後ろから近づく。
背もたれに手をつき、話しかける。
「今日は一人?」
「っ!?」
突然後ろから声をかけられて、よっぽど驚いたのか、ゆうちゃんは肩を大きく跳ね上げた。
その反応が面白くて、つい笑ってしまった。
「あっは、ごめんごめん、驚かせて」
「……本当ですよ。何のご用ですか?」
彼女は拗ねたようにそっぽを向く。ちょっぴり膨らんだ頬が柔らかそうで、つつきたくなる衝動を抑える。
視線を下に向けると、彼女の膝の上には食べかけの弁当が置いてあった。
「今日は一人寂しくご飯を食べているんだ」
「……美弥は部活のミーティングとかで、部長と食べるそうです」
「へー」
(そういえば春翔、最近よく弁当を持ってくるな)
春翔は元々俺と同じ、コンビニ弁当か購買で済ませることが多かった。
でも最近ミーティングがある度、弁当を持ってくるようになった。
(これは美弥ちゃんを意識しているなー。後でからかってやろ)
俺は空いているゆうちゃんの隣に座る。
「ゆうちゃんのお弁当、おいしそうだね。手作り?」
「そんな大したものじゃないです。冷凍食品を詰めただけですし」
「でも早起きして作っているんでしょう? 偉いね」
「それは、まあ……先輩はもう、お昼食べたんですか?」
褒められたのか恥ずかしいのか、ゆうちゃんの頬にわずかな赤みが差した。
初めての手応えに、心が弾んだ。
(もっとからかったら、もっと赤くなってくれるかな)
「んー。今日は何も買ってきてないから、食べていない」
「……それ、午後からしんどくならないですか?」
「春翔と同じことを言うんだね」
そう言っていると、ゆうちゃんは弁当を食べる手を止め、横にあるレジ袋を探り出した。
そこから出てきたのは、エネルギー補給ゼリーだった。
ゆうちゃんは手に持ったそれを、俺に渡す。
「今これしかないんですが、少しだけでも胃袋に入れてください」
「……くれるの? っていうか、ゆうちゃんがこういうの買うとか意外なんだけど」
「普段は買わないんですが、最近美弥、部活で大変なので、差し入れにと」
「へー、友達思いなんだね」
俺はゼリーを受け取ると見せかけて、ゆうちゃんの手を握った。
その時、ビクッとゆうちゃんの手が弾んだのを感じた。
「いつも思ってたけど、ゆうちゃんはよく周りのこと見ているね。いつもさりげなく親切心を見せて……勘違いする男子もいっぱいいたでしょ」
「……そんなに親切心を振りまいていないし、そこまで親しい男子もいません」
「へー、じゃあ俺が第一号になっちゃうというわけだ」
軽く手の甲をなぞり、ゆっくり指を絡める。
それだけで、ゆうちゃんの体は強張り、頬がどんどん赤く染まっていく。
(……かわいい)
いつもツンツンしていた子猫が、やっとデレを見せてくれた時くらいの満足感に満ちていく。
俺は髪が触れるか触れないかの距離まで、頭を近づけさせる。
「俺、ゆうちゃんのお弁当がいいな。その玉子焼き、冷凍食品じゃないでしょう? 1つ頂戴?」
甘い声で囁き、ねだるように手を握る。
それだけでゆうちゃんは耳まで真っ赤に染まり、その様子を俺は心を弾ませながら眺める。
(かわいい……もっと見たい――)
突然ゆうちゃんは体を後ろに倒れ、俺たちの間に距離を開けた。
そしてゼリーを俺の手に置き、てきぱきと弁当箱を閉めた。
「……玉子焼きは塩味なので、あげません」
そう言って、彼女は早足でここから去った。
呆然とその後ろ姿を眺める俺は、手に持っているゼリーのぷにゃっとする感触を感じながら、ぷつりと糸が切れたように、笑う。
「あっは……あはははは! 塩味って……くくくっ、ゆうちゃんは期待を裏切らないね」
(一応俺が甘党なのを覚えてくれているんだ……本当かわいいな)
俺はゼリーを大事にポケットにしまい、前髪を搔き上げる。
「……こんなかわいいとこ見せられると、ますますちょっかいかけたくなるじゃん」
手を空に伸ばし、亜麻色の髪の後ろ姿を思い浮かべ、拳を握りしめる。
「……そういえば、ゆうちゃんが臨時マネージャーとして入ってから、もうすぐ三ヶ月……」
元々三ヶ月だけの約束で、入ってもらっていることは春翔から聞いている。
でも――
「春翔に言って、引き留めてもらおっかなー」
(こんなにかわいい子猫を、みすみす逃がしたくないからね)




