先輩の独占欲は重すぎる
室星先輩に強引に約束を取り付けられ、私は毎日、部室に通うことになった。
最初はすっぽかそうとしてみたものの、次の日、先輩は人目も気にせず、堂々とうちの教室に入って、大々的に私を呼び出そうとした。そのせいで、クラスメイトから質問責めにされることになった。
本当、勘弁してほしい。
そういう経緯で、私は大人しく先輩との約束を果たすことにした。
今日も、私は部室に入った途端、先輩に捕まえられ、膝の上に乗せられてしまった。
背後から手を回され、ぎゅっと肩を掴まれ、背中から先輩の温もりを感じる。
到底、恋人じゃない者同士が許されていい距離感ではない。
「思った通り、ゆうちゃんのサイズはちょうどいいね。なんか、すっぽり包んでしまえる感じ。癒される~、抱きまくらにしたい~」
「……ソウデスカ」
室星先輩は私の肩に頭を乗せながら、すりすりと頭を擦りつけてくる。
私は早く鼓動を打つ心臓の音が先輩に気づかれてしまわないかハラハラしながら、カタコトで先輩の相槌をする。
「先輩、カノジョいるのに、そんなことしていいんですか?」
「ん? なーに? やきもち?」
「純粋な疑問です」
やきもちと思われるのは酷く癪だ。まるで私が先輩に気があるみたいじゃないか。
(私はただ、先輩のわがままに付き合わされて、困っているだけなのに)
それに、先輩のカノジョに対しても、申し訳ないことをしている気がする。
そんなほんのりとした罪悪感を抱えながら、私は先輩に逆らえずにいる。
こんな自分に、辟易した回数は数え切れない。
「まあ……俺も相手も、半分遊び感覚で付き合っているだけだし、別に気にしなくてもいいよ」
「そういうものですか……?」
先輩の恋愛観は、恋愛経験がない私からしたら、難解すぎてよくわからない。
私が半分思考を諦めていると、頭上から「ちゅっ」て音が響いた。
「っ! せ、先輩、何をして――?」
「ちゅっ……ん? キスしているよ~。ゆうちゃん、かわいいから、つい」
「なっ……なっ……」
私はあまりにも衝撃的な返しに、口をパクパクさせていた。
顔がどんどん熱くなり、今にも湯気が噴き出しそうだ。
今この時ほど、先輩に背を向けていることを良かったと思ったことはない。
「つい、じゃないです! こんなこと――」
「ああ、ゆうちゃん、耳まで赤くなっているね。かわいい……んっ」
「ひゃっ!?」
かわいいものを愛でるように、先輩は私の耳に音を立てて口づける。
そこからピリリと電撃が走ったように、体がしびれていく。
「かわいい反応。ゆうちゃんは耳が弱いんだね」
「やめっ……ちがっ……」
初めての感覚に戸惑い、何を話すべきか分からず、頭が真っ白に染まっていく。
しばらく先輩に翻弄された後、やっと満足できたのか、先輩は私を解放してくれた。
部室から出る前に、彼は私に振り返る。
「そうだ、ゆうちゃん。週末時間ある? 遊びに行かない?」
「……先輩は受験勉強とか、しなくていいんですか?」
「へーき。俺、こう見えて、勉強はできる方だから」
「はあ……」
私はスマホを取り出して、スケジュールを確認しているように見せる。
「……家族と出かける予定です」
「そっか。じゃ、また誘うよ」
案外、先輩はあっさりと引いてくれた。
私は気づかれないように、胸を撫で下ろす。
そうして今日も、先輩との約束の時間が終わった。
* * *
部活の間、部員たちが模擬試合に励んでいる横で、美弥は部員それぞれの得点を記録し、あまりバスケのことがわからない私は、飲み物の補充を担当することが常だった。
(今日はもう何回も模擬試合をしたし、そろそろ軽食でも用意しておこうかな)
大体この時間になれば「お腹すいた」と喚き出す部員がいると予測し、プロテインバーや蜂蜜レモンなども用意しておくことが多い。
「宇佐野先輩、手伝います!」
私が体育館から出ようとした時、一人の部員に引き留められた。
彼は鈴木隼人と言って、最近入部した一年生。
茶色に染めた髪がウルフヘアにアレンジされ、少し犬っぽいと感じてしまう人。
彼はいつも楽しそうに部活に打ち込んでいて、先輩相手にも怯んだりしない。
とても好感が持てる人だ。
何より、私が重いものを運ぼうとしている時、いつも率先して手伝ってくれる。
正直ありがたい。
「軽食を用意するんっすよね? 一緒に運びますよ」
「そう? ありがとう」
部室に戻り、段ボールに用意したプロテインバーを多めに入れる。
もう一つの段ボールを用意し、スポーツドリンクを入れる。
入れ終わった途端、鈴木くんはスポーツドリンクが入っている方の段ボールを持ち上げる。
「重くない? 少しこっちに分ける?」
「これくらい大丈夫っす! 鍛えているんで」
そう言って、彼は誇らしげに二の腕の筋肉を見せる。
それなりに引き締まっているそれを、思わずまじまじと観察してしまう。
「本当だ。ちゃんと筋肉がついている。頑張っている証だね」
「おっ、おう……」
なんか歯切れが悪い気がして、鈴木くんの顔を見上げてみると、頬がわずかに赤く染まっている気がする。
「ごめん、近づき過ぎたね」
「だ、大丈夫っす! 先輩が良ければ、いくらでも見て……」
言葉が続くにつれ、声が弱々しくなり、顔がどんどん赤くなっていく。
そんな彼が少しかわいく感じる。
私は距離を取り、プロテインバーが入っている段ボールを持ち上げる。
「さ、行こう。試合が終わる前に、戻らないと」
「っ! はいっ!」
私に促され、隼人くんも急いで部室を後にする。
廊下を歩く途中、鈴木くんが色々話しかけてきた。
「あの、宇佐野先輩のこと、優先輩って呼んでいいですか?」
「ん? 別にいいよ。好きに呼んで」
「っ~! あざっす! 優先輩にも僕のこと、隼人って呼んでほしいっす!」
「わかった。じゃ、隼人くんね」
私が試しに呼んでみると、隼人くんがそっぽを向き、控えめにガッツポーズをしているのが見えた。
そういう分かりやすく愛嬌があるところも、周りの人に好かれる理由だろうね。
「優先輩は、なんでバスケ部に入ったんですか?」
「美弥に誘われたからかな」
「へえー、意外っすね。優先輩は運動部ってイメージがなかったです。どちらかというと文学部とか……」
「うん、私もそう思う」
今思い返せば、室星先輩に引き留められなかったら、多分こんなに運動部でいることはなかった。
多分私は、帰宅部に戻っていた。
そう思うと、なんだか感慨深い。
そう考えていると、廊下の向こうから、(多分)カノジョに腕を絡められている室星先輩が、私たちの方に向かってくるのが見えた。
何だか気まずくて、回り道しようかなっと思ったものの、ここに別れ道はなく、渋々そのまま前に進んでいった。
(話しかけて来ませんように、話しかけて来ませんように、話しかけて来ませんように――)
「お疲れ、ゆうちゃん。まだ部活?」
心の願いはかなわず、先輩は堂々と私の前に立ち、私に話しかけてきた。
「……はい」
「そっか、頑張っているね~……そっちの彼は一年?」
先輩は笑顔のまま、隣にいる隼人くんに視線を向ける。
「えっと……優先輩?」
隼人くんは室星先輩のことが誰なのか覚えていない様子。彼は助けを求める目で私を見る。
「……新入部員の鈴木隼人くんです。そちらはバスケ部OBの室星颯真先輩」
「っ! 鈴木隼人です! よろしくお願いします!」
私が簡潔に二人の紹介を済ませると、隼人くんは慌てて頭を下げてあいさつをした。
「そうなんだー。頑張ってね、一年」
「うっす……」
室星先輩は笑顔のまま、隼人くんにあいさつをする。
しかし目の奥はまったく笑っておらず、悪寒すら覚える。
隼人くんも何か感じ取れたのか、気まずそうにしている。
「……ねえ、颯真、まだー? 私、そろそろ帰りたいんだけど」
「……ん、ごめんね。教室に戻ろう」
先輩の隣にいるカノジョにせがまれて、先輩はようやく私たちから離れた。
「それじゃ、またね、ゆうちゃん」
先輩が私たちを通り過ぎていくのを見て、私たちも体育館に向かって歩き出した。
先輩に睨まれた隼人くんは始終、どこか気まずそうにしていた。
* * *
部活が終わり、私はいつも通り部室に向かう。
部室に入ると、室星先輩はすでに椅子に座っており、スマホをいじっていた。
「あ、来たね」
彼はさっきすれ違った時と同じ笑顔を浮かべていたが、目はどこか淀んでいた。
先輩の圧に当てられ、なんとなく近づきづらく、扉の近くで立ち止まっていた。
「どうしたの? おいで」
先輩はスマホをしまい、私に向けて手を広げる。
それでも、近づく勇気が湧かず、迷ってしまう。
「……いい子だから、おいで」
声色が一層低くなり、私は恐る恐る先輩の正面まで近づく。
先輩の手の届く距離まで行くと、彼は両手を私の腰に回して、強引に引き寄せた。
倒れそうになる私は、慌てて椅子の背もたれを掴み、先輩に触れないように支える。
そうして、私が先輩の膝の間に割り込み、先輩を上から見下ろす姿勢になった。
間近に先輩の目を見て、思わず息を呑む。
離れようとしようとしても、先輩にガッツリ固定され、身動きが取れない。
「あのっ、先輩、近いです」
「……あの一年と楽しそうに話してたね。仲いいの?」
「えっ、仲いいというほどじゃ……ただ、よく手伝ってもらっただけです」
「ふーん」
先輩は片手を私の頬に添え、軽くなぞる。
触れられたところからムズムズし、顔を逸らしたくなるも、離れようとする気配を見せた途端、すぐ顎ごと掴まれた。
「……俺といる時、すぐ逃げようとするのに」
「それはっ」
「ねえ、笑ってみてよ」
突拍子のないことを要求され、私は戸惑いながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
「……全然楽しそうじゃないね」
「楽しいこと、何もないので」
「なんで? 俺といるのは楽しくない?」
「どちらかといえば、楽しくないです」
(ていうか私、先輩のわがままに付き合わされて、楽しめるほどマゾじゃないんだけど)
頭でそう思っても、それを口に出す勇気はない。
「じゃあ、俺よりあの一年といる方が、楽しい?」
「えっ」
要領を得ない質問に対し、戸惑いを見せるも、ますます不機嫌に見える先輩に対し、口を噤んでしまう。
「……答えないんだね」
「っ……きゃっ!」
何も言わない私を責めるように、先輩は手で私の頭を引き寄せ、私の耳元に息を吹き込みながら囁く。
「俺はこんなにゆうちゃんを可愛がってあげているのに、ゆうちゃんは俺になついてくれないんだね」
「っ……耳元で話さないで、くださいっ……くすぐったい」
「ああ、でも……こんな顔を赤くしているかわいいゆうちゃんが見れるのは、俺だけだよね」
私が弄ばれているのを見て、楽しんでいる様子の先輩。彼は徐々に顔を私に近づける。
なんとなく彼が何をしようとしているか察した私は、すぐに手を私と先輩の顔の間に割り込む。
「なに? この手は」
「……先輩、それはダメです」
先輩はしばらく、私の手のひらを見つめる。
「……んっ」
「っ!」
そのまま、彼は私の手のひらに口づける。
すぐ引っ込もうとするも、彼はがしっと私の手を掴み、何度も口づけを落とす。
「先輩、放して……」
「手を差し出したのはゆうちゃんでしょう……んっ」
この状態がしばらく続き、空の色が暗くなり始める頃、ようやく解放してくれた。
先輩が部室を去る前に、私の耳元で囁いた。
「ゆうちゃんは他の人になついちゃダメだよ。わかった?」




