先輩からの約束は強引すぎる
室星先輩の働きで私は、半ば強引にバスケ部のマネージャーを続けることになった。
部長には新しい退部届を渡され、私の意思を尊重すると言ってくれたが、書いても先輩にまた破られる気がして、私は部長の誘いに応じることにした。
そうしてずるずると部活を続け、あっという間に一年が過ぎていった。
私と美弥は二年生になり、室星先輩や部長は三年生になった。
三年になった先輩たちは、引退する時期を自分で選んでもいいらしい。
真面目な部長は進学を目指して、簡単な引き継ぎをした後、すぐ引退した。
意外なことに、ギリギリまで遊んでそうな室星先輩も、部長と一緒にすぐ引退した。
それで、私と先輩との絡みが急激に減り、このままお互いの生活からフェードアウトしていくと、そう思っていた。
「ねえ、優、見て。あそこ、室星先輩じゃない?」
部活の準備で、美弥と部室から必要なものを持って、体育館に向かおうとする途中、校門あたりで室星先輩の姿が見えた。
隣にはきれいな女子生徒が親しげに室星先輩の腕に抱きついている。
室星先輩も嫌な素振りは見せず、それを受け入れている様子。
「隣にいるのは新しいカノジョかな? 休み前に見た人と違うよね」
「……そう思う」
室星先輩に出会った後、たまにすれ違った時や遠目から見えた時、その隣にはいつも女子生徒の影が絶えなかった。
部活動時間に先輩たちの雑談が聞こえた時も、先輩はいつも笑いながらカノジョだと認めていたし、今度もそうだろう。
「室星先輩って、カノジョとは長続きしないよね。1、2ヶ月で一回、違う女子と一緒にいるところ見かけるもん。優、なんか面白そうなネタ知らない?」
「知らないよ。なんで私に聞くの?」
「だって室星先輩、何かと優に構いたがるんでしょう? そういう話もするかなーって」
「しないよ。先輩の個人的な話、あまり聞かないし。学校以外のところで絡むこともないし」
「そうなの? 休みの時、連絡とかは?」
「取ってない。そもそも連絡先知らないし」
美弥の質問責めを躱しつつ、室星先輩を覗く。
先輩とそのカノジョらしき女子生徒は、人目の多い校門にいるにもかかわらず、親密そうに見えた。
その女子生徒は私たちの方向に背を向け、室星先輩の首に手を回し、自分の顔を近づけさせていた。
私たちの角度からは、キスをしているように見えた。
「っ!」
見てはいけないと思いつつ、なぜか目を逸らせずにいると、一瞬先輩と目が合った気がした。
それに気づき、私はすぐ目を逸らす。
「美弥、早く行こう! 部活に遅れるよ」
「そうだね。行こう!」
* * *
「よし! 新入部員へのオリエンテーションはこれで終了!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
今日は今学期の部活初日ということもあり、いつもより早く終わった。
私と美弥がこの場を片付けていると――
「頑張っているか?」
体育館入口で、(元)部長と室星先輩がいた。
「部長! どうしたのですか?」
「新入部員の顔を見たいと思ってな! それより美弥、俺はもう部長じゃないぞ」
部長の姿を見ると、美弥は目を輝かせ、すぐ部長の元へ駆け寄った。
美弥の話によると、彼女は終業式の時に部長に告白して、晴れて恋人同士になったらしい。
活発で明るい美弥に、落ち着いていて包容力のある部長。とてもお似合いだと感じた。
二人の楽しそうな雰囲気を見ると、こっちまで微笑ましくなる。
(美弥、楽しそう。いいな……)
二人を眺めていると、部長の隣に立つ室星先輩が、笑顔で私に向かって手を振っているのが見えた。
手を振り返すのが何だか億劫で、私は控えめに頭を下げるだけにした。
そうしていると、美弥が急に私の元へ戻った。
「待たせちゃってごめん、優。片付け終わったら私、部長と帰ることになったんだ! だから早く終わらせよう!」
美弥はチラチラと部長の方を見ていた。今すぐにでも、一緒に帰りたいんだろう。
「美弥は先に部長と帰れば? 今日は片付けるものも少ないし、私一人でも十分だと思うよ」
「えっ! でも……」
「部長、もうすぐ受験勉強に入るんでしょう? すぐ忙しくなるんだし、今のうちに一緒に帰れる時間を大切にしなよ」
私の説得を聞いて、美弥はううんっと数秒考えた後、私に向かって両手を合わせた。
「じゃあ、お願いしていい? 今度何か奢るから!」
「購買部のクリームパン一つ」
「了解! じゃあ、お疲れ様!」
美弥が部長と一緒に帰ったところを見送った後、私は部室に戻す書類だけ持って、体育館を後にした。
部室に入り、持っている物をデスクに置き、軽く伸びをする。
「さて、この書類は――」
「ねえ、二回も無視するのは酷いじゃない?」
聞き慣れた低い声が響き、入口の方に振り返る。
室星先輩は、扉に寄りかかりながら、笑顔で私を見ていた。
「室星先輩は帰らないんですか?」
「いっぱいアピールしたのに、かわいい後輩が構ってくれないから、こっちから構いに行こうかなって」
私は先輩の話に反応せずに、書類の片付けを始めた。
「ねえ、ゆうちゃん。連絡先教えて」
「えっ、いやです」
「あはは、即答は酷いなー」
「私の連絡先を知ってどうするんですか? 部活以外のことで、先輩と話せることなんてないんでしょう……」
粗方書類をファイルに戻し終えて、棚に戻していく。
「えっ、普通にゆうちゃんを遊びに誘いたいなーって。休みの間、ゆうちゃんに会えなくて、寂しかったから」
「カノジョを誘えばいいんじゃないですか?」
「ん……ゆうちゃんとも遊びに行きたいなー」
カノジョと遊びに行ったことを否定しないあたり、先輩は噂通り女癖の悪い人だと、改めて実感する。
できればあまり関わりたくないのに、なぜかそっちから絡んでくる。
一体どうしたら、先輩を遠ざけられるのか――
そんなことを考えていると、いつの間にかファイルはほとんど戻し終え、最後の一冊のみになった。
そのファイルを、棚の高い位置に置こうと、踵を上げる。
しかしどれくらい背を伸ばそうとも、ギリギリなところで届かない。
「なに? 背伸びしちゃって、届かないの?」
先輩は扉を閉め、私の背後に回る。
「手伝ってあげようか?」
「いえ、椅子を使うので――」
椅子を取りに行こうとすると、先輩は手を棚に置き、私の行く道を塞ぐ。
近づいてくる先輩の笑顔から、有無を言わさない圧を感じる。
「あの、先輩、邪魔っ」
「手伝ってあげようか?」
「……お願いします」
渋々了承し、ファイルを先輩に差し出そうとすると――
「ん、いい子。それじゃあ――」
先輩はファイルを受け取らず、身を屈めた。
意図が分からず、呆然としていると、突然、体が強い浮遊感に襲われた。
「きゃっ!」
「よいっしょ……ほら、これで届くんでしょう?」
先輩は私の足に手を回し、私を軽々と持ち上げた。
私は一瞬バランスが崩れそうになり、片手で先輩の肩を掴み、倒れないようにしがみつく。
「な、何をしているんですか! 怖いです! 早く降ろしてっ――」
いつもより高い視界と、足が地面についていない不安定さに恐怖が沸き上がり、私は先輩に降ろすように懇願する。
「ん? でもゆうちゃん、まだファイルを戻していないでしょう? ほら、早く戻して~」
先輩なら手が届くんでしょう、と心の中で不満を漏らしながら、早く降ろしてもらえるように急いでファイルを元の位置に戻した。
「も、戻しました……あの、早く降ろしてください」
「……」
もう何も持っていない両手で先輩の肩を掴み、彼に降ろしてもらえるのを待つ。
しかしいくら待っていても降ろしてもらえず、先輩は頭をわずかに上げて私を見上げる。
「……いつも思うけど、ゆうちゃんって小さくて、かわいいよね」
「……先輩みたいな高身長からすれば、ほとんどの女子は小さいかと」
実際、私は156㎝もあって、高くはないけど同年代女子の平均身長に近いと思う。
それに比べ、室星先輩はバスケをやっていることもあり、身長は180㎝を超えるらしい。
私が小さいのではなく、先輩が大きいだけの気がする。
「それにゆうちゃん、すごく軽いよね。ちゃんと食べている?」
「……あの、セクハラですよ」
「ごめんごめん。ゆうちゃんも体重を気にするんだね? かわいい」
「気にしない女子はいないかと」
先輩は私を抱き上げたまま、雑談し始めた。
不安定な体勢にドキドキしている私からすると、降ろしてから話してくれないと思ってしまう。
「なんか……この態勢、いいね」
「何がいいんですか」
「抱き上げたままでいれば、ゆうちゃんは逃げられないし、それどころか俺にしがみついてくれる。俺は間近でゆうちゃんのかわいい顔を見られる。最高じゃない?」
「何が最高なのか、わからないです」
先輩の言葉に呆れつつも、落ちるのが怖くて、先輩の言う通り身動きが取れずにいる。
「……降ろして欲しい?」
「はい」
「じゃ、連絡先教えて?」
「いやです」
頑なに連絡先を教えようとしない私を見て、先輩はふーんと意味深に笑う。
何か来ると覚悟を決めようとした途端、先輩は私を抱き上げたまま歩き出した。
「わあっ、ちょっと、先輩!?」
そのまま先輩は椅子に座り、私を膝の上に乗せた。
そして逃がさないよう、がっしり私の腰を抱き寄せた。
私はせめての抵抗で、足をばたつかせた。
「放して、くださいっ」
「連絡先教えてくれるまで、放してあげないよ」
「なんて……そこまでっ」
先輩の手を剥がしてみても、先輩と距離を取ろうと肩を押してみても、ビクともせず、どうしたものかと考えていると――
「はい、時間切れ」
「えっ」
先輩は手を私のスカートのポケットに差し入れ、もそもそと何かを探し出す。
「ちょっ、先輩、何を――」
「ん? あった、あった」
彼は私のポケットからスマホを取り出し、画面を私に向けた。
一瞬でスマホのロックが解除され、先輩は何か操作し出す。
すべての手順が手慣れすぎて、常習犯かと疑ってしまうほどだ。
「私のスマホ、返してください!」
「ん、もうちょっと待ってね~」
手を伸ばして取り返そうとするも、先輩は私の手が届かないくらいスマホを遠ざけたまま、操作していった。
ピロン~♪
「はい、どうぞ」
先輩のポケットから通知の音が響き、私のスマホがやっと手元に戻った。
その画面には、L○NEのチャットルームが開かれていて、その相手はまさに室星先輩だった。
「あの、何ですか? この『颯真先輩大好き♡』って」
「ん? この名前に変えた方が、見つけやすくない? ゆうちゃんも俺のこと、颯真先輩♡って呼んでいいよ」
「呼びません」
もう登録してしまったものは仕方なく、私はその名前を『室星先輩』に改名だけして、スマホをしまう。
「連絡先はもう知ったでしょう? そろそろ降ろしてもらえませんか?」
「んん……でもゆうちゃんから渡してくれたわけじゃないから、ダーメ。もう一つ約束してくれたら、放してあげる」
先輩は両手で私の肩と腰を掴み、妖艶な笑みを私に向ける。
「放課後と部活後、一人でここに来て」
「……はっ?」
腰に回されていた先輩の手が離れ、私の頬にかかっている髪を耳にかける。
「いいね? ゆうちゃん♡」




