とにかくかわいいあの子が愛しすぎる(彼目線)
通学早々、俺は机に突っ伏していた。
既読のつかないアプリ画面を眺めて。
(ゆうちゃん……ゆうちゃん……会いたい、話したい、抱きつきたい――)
「颯真? どうした?……おーい」
前に座った春翔が、俺に呼びかける。
俺は藁にもすがる思いで、春翔に問いかける。
「春翔、どうしたら嫌われなくなると思う?」
「嫌われたのか? 宇佐野さんに」
「はっきり言わないでよ。ていうか、なんでわかるの?」
「お前が『嫌い』って言われて、一番傷つきそうな相手なんて宇佐野さんしかいないだろう」
(……そうだよ。春翔みたいな朴念仁もわかるのに、なんでゆうちゃんはわからないの?)
そんな不服な気持ちも胸に秘めつつ、ゆうちゃんと数日間会えていないことに落ち込む。
(メッセージを読んでくれないし、部室にも来てくれないし、教室に行ってもいつもいないし……俺、ゆうちゃん不足で死にそう)
「ねえ、颯真……土曜日のことだけどさ」
隣から女の声が響き、見上げてみると、彩陽がそこに立っていた。
彼女はいつものような活発な様子がなく、どこか戸惑っていた。
「あんたが連れて行ったあの子って、プレゼントを送りたいって言ってた例の子だよね?」
「……そうだよ」
「颯真、一応その子にデートに誘ってあげたことあるよね?」
「あるけど。女友達と約束があるからって、断られた」
俺がそう答えると、彩陽は眉を顰めた。
「それって、嘘ついてまで颯真と会いたくないってことだよね? でも、他の男の子とは出掛けてた……その子、酷くない? 本当に大丈夫なの? 颯真、弄ばれてない?」
「ゆうちゃんはそういう子じゃない!」
ゆうちゃんが彩陽に酷く言われ、思わずカッとなって、口調を強くしてしまった。
それに驚いて、彩陽も春翔も目を見開いた。
「……一応、女友達が急遽行けなくなったから、予定を変えたって言われている」
「確かに、美弥からは土曜日は急遽バイトになったって聞いている。それに、宇佐野さんは颯真みたいに、異性を手玉に取るようなことはできないと、俺も思う」
春翔は俺の話を裏付けるように、補足してくれた。ありがたいと思いつつ、後半にディスられていることが解せない。
「そっか。春翔もそう言うなら……でもそれなら、颯真が脈なしってことじゃない?」
ギクっと、思わず肩が跳ね上がる。
気づきたくない事実が他人の口から告げられたようで、酷くショックを受け、手で目を覆う。
「……泣きそう」
「そこまで!? その子、すごいのね。将来大物になれそう……」
彩陽の一言一言が矢になり、心臓に突き刺さる。
「彩陽、もうやめてあげてくれ。今のこいつには効果抜群だ」
「何それ、おもろ。ボールでゲットできてたりする?」
「今ならできそうだな」
傷心中の俺を肴に、二人は冗談を言い合っていた。
しかし、それに乗る余裕も、止める余裕も、俺にはなかった。
* * *
昼休み、俺は一縷の望みをかけて――ではなく、最後の望みをかけて、ゆうちゃんの教室の前に張り付いていた。
隣でパンを齧っている春翔と共に。
「お前もマメだな。毎日門前払いくらっても諦めないなんて」
「……茶化すくらいなら手伝ってくれない? 美弥ちゃんに協力してもらったりさ」
「無理だな。お前は一度痛い目にあった方がいい」
「ひどっ」
(そりゃ今なら、別れ際に泣きついてくる子たちの気持ちがわかるけどさ……友達ならもう少し優しくしてくれても良くない???)
そう思いつつ、教室に出入りする生徒を目で追う。
そのほとんどが、チラチラと俺を見ていた。
しかし、好奇的な目線には慣れている。俺はそれくらいじゃ動じない。
そう構えていると、いつの間にか俺の周りに女子の集まりができていた。
俺はその中の数人に話しかけられた。
「あの……三年の室星先輩ですよね?」
「……そうだけど」
「っ! ずっと気になっていました! よければ連絡先を――」
「私にも! 先輩のSNSとか――」
「あっ、ずるーい! 先輩、私にも――」
一人が申し出ると、それに続くように次々と女子が迫ってくる。
昔の俺なら、喜んで連絡先を差し出していただろう。
(……今はゆうちゃん以外、興味ないんだよね)
「ごめんね。連絡先はあげられないかな」
「「「えー」」」
そんなやり取りを繰り返していると、弁当箱を抱えて帰ってきた美弥ちゃんの姿が見えた。
彼女はキョトンと俺と春翔を交互に見やり、春翔に話しかける。
「春翔先輩、なんでここに?」
「ちょっとな……美弥は一人か?」
「ううん。さっきまで優もいたよ」
ゆうちゃんの名前が聞こえた途端、体がすぐ反応して、美弥ちゃんに迫る。
「ゆうちゃんは今どこ?」
「っ! トイレって、言ってました」
「っ!」
場所を聞き出し、すぐにでも駆け出そうとするも、肩を思いっきり掴まれた。
「待って、颯真! どこに行くつもりだ?」
「放せ、春翔! 俺はゆうちゃんを探しに――」
「女子トイレでか?」
そう言われた瞬間、体が固まった。
「少し落ち着け。俺は友人を犯罪者にしたくない」
「……わかった、少し落ち着く」
美弥ちゃんが教室に戻るのを見届け、俺は教室前で待ち続けた。
しかし予鈴が鳴るまで戻る気配がなく、ギリギリまで待ったにもかかわらず、俺は彼女に会えないまま教室に戻ってしまった。
* * *
放課後、俺は教室の窓辺でぼんやりと、グラウンドを眺めていた。
(ゆうちゃん、今は部活だよね……邪魔したら、まだ嫌われちゃうよね)
先週まであんなにうきうきとゆうちゃんを待っていたのに、今はただあの子の姿を想像しながら、会える機会を伺うことしかできない。
その機会ですらも、ゆうちゃんに徹底的に逃げられているから、なかなか巡ってこない。
(このままだと、ゆうちゃん不足で鬱になって、生きていけなさそう)
でも、あの子の機嫌を取り戻せる術を、俺はまだわかっていない。
「……はあ」
「デカいため息だな」
俺の前に座り、生真面目に勉強している春翔は、休憩に入ったのか俺に話しかけた。
「相当参っているな」
「……ねえ、人助けと思って、美弥ちゃんを通じてゆうちゃんに繋いでよ」
「お前がしようとしていることの内容によっては、考えてやらんことはない」
「……まずは逃げられないように抱きつく」
「無理だな」
春翔にあっさりと断られて、俺はまた大きなため息をつく。
「……はあ」
ピロン~♪
スマホの通知音が響き、一瞬期待の気持ちがよぎったけど、ポケットから振動がないことに気づき、落胆する。
前方にいる春翔はスマホを取り出す。
「……美弥だ」
「……良かったね、仲のいいカノジョがいて」
「お前もめんどくさい男になったな」
春翔は指を動かし、スマホを操作する。
しかしメッセージを読んだその瞬間、指の動きがピタっと止まった。
「……? 返事してやらないの?」
「……宇佐野さんが呼び出されたらしい?」
「ゆうちゃんか? 誰に?」
「お前のカノジョとその友達の三人って……彩陽たちのことだよな」
そう聞いた瞬間、俺はざーっと血の気が引いた。
(彩陽? いったいなんで……)
俺は今朝の会話を思い出す。
(そういえば彩陽、ゆうちゃんのこと、結構疑ってたよね)
春翔の口添えもあって、誤解は解けたはずだけど、もし本当はまだ疑っているとしたら?
小さなきっかけで、女子はすぐ嫌がらせに走るところを、俺は何度も見てきた。
そうじゃなくても彩陽は、俺のことを色々知っているから、いらんことをゆうちゃんに吹き込むかもしれない。
そう考えると、居ても立っても居られず、俺は急いで教室から出た。
最初に行ったのは、バスケ部が部活中のはずの体育館。
俺は壁際で部活を見守っている美弥ちゃんに話しかけた。
「美弥ちゃん!」
「っ! 室星先輩? なんでここに――」
「――ゆうちゃんがどこに行ったかわかる?」
俺はわずかに息を切らしながら、問いかける。
美弥ちゃんは一瞬目を見開くが、すぐ表情を引き締めた。
「……どこに行ったまではわかりませんが、裏庭方向に行ったのは見ました」
「ありがとうっ」
俺はすぐ振り返り、体育館を出ようとする。
「――室星先輩!」
しかし、寸前のところで、美弥ちゃんに呼び止められる。
俺は出入口に手をつきながら、視線だけ彼女に向ける。
彼女は緊張しながらも、覚悟を決めたような目をしていた。
「――優の意思を無視するようなことは、しないでくださいね」
「……ああ」
俺は後ろめたい気持ちをひたすら隠し、何度か返事をして、ここから去った。
* * *
裏庭に辿り着いてすぐ、彩陽たちに囲まれているゆうちゃんの姿が見えた。
彩陽たちに遮られてよく見えないが、多分傷つけられてはいない。
俺は急ぎ足で近づく。
その時、彩陽の手がゆうちゃんの肩を力強く掴んだのが、俺には見えた。
「っ! ゆうちゃんに何をしているの!?」
俺はすぐ彼女たちの間に割り込み、ゆうちゃんの腕を引っ張り、俺の方へと抱き寄せた。
さっきまで走っていたせいか、それとも久しぶりにゆうちゃんの顔が見れたせいか、息が乱れ、心臓の音が激しい。
「あら、颯真じゃん。どうしたの? こんなに急いで」
「……あやひが、この子を呼び出したって聞いたから……急いできた」
ゆっくり息を整えながら、彩陽たちを睨む。
彼女たちは明らかに驚いている表情を見せた。
「意外、颯真もそんなに慌てることがあるんだ」
「……悪い? ていうか、この子に何の用?」
ゆうちゃんに向けて何かをしようとしても守れるように、強く抱きしめる。
「颯真が珍しく誰かにご執心だから、一度話してみたくて。ムカつく女なら懲らしめてやるって思ったんだけど、こんなかわいい子だったなんて。颯真にしてはいい目しているじゃん……食べちゃおかな?」
「あげないよ」
「うわ、まじでご執心じゃーん」
彩陽たちの冗談にも軽く流せないほど、俺は余裕を失っていた。
でも、彩陽たちにゆうちゃんを傷つけるつもりはないとわかり、わずかにホッとした。
そんな俺の気持ちに気づいているか、気づいていないのか、ゆうちゃんは――
「室星先輩、放してください」
「……いやだ」
(ようやく会えたのに、触れられたのに……放したくない、逃げられたくない――)
「……とりあえず逃げないので、一旦放してください」
「……」
ゆうちゃんは俺を睨む。
もしここで放さなかったら、さらに嫌われてしまうかもしれないという恐怖が湧き上がり、恐る恐る手を放す。
それでも、ゆうちゃんの手首を掴む手だけは、放せなかった。
彼女はそれでもかまわないと言わんばかりに、彩陽に視線を向ける。
「あやひ先輩。私、思うんです。この人を甘やかしてしまったら、どんどん付け上がると」
(……ん?)
なんとなく話の流れが怪しい気がして、俺は横からゆうちゃんの顔を覗く。
「なので、彼女がいるくせに、他の女子にちょっかいをかけた室星先輩は一回、痛い目に遭うべきです! あやひ先輩の手で!」
「えっ! ゆうちゃん、何言っちゃってるの!?」
突然言われた言葉に、俺だけでなく彩陽たちも一瞬ギョッとなった。
彩陽だけが、すぐゆうちゃんの言葉を飲み込んだ。
「そうね。あんたの言う通りだわ。颯真、歯を食いしばって!」
「は?……っ!」
俺が状況を飲み込めずにいるにもかかわらず、彩陽は思いっきり俺の頬に平手打ちを食らわせた。
(いっっっった! 彩陽のやつ、さてはガチでやったな!)
「ああー、すっきりした! その子に飽きられたくなければ、女遊びはやめなよ! あんたも、颯真にひどいことされたらいつでも言って! うちらが懲らしめてやるから」
その言葉を残して、彩陽は他の二人を連れて、この場を去った。
まったく、嵐のようなやつらだ。
「いってて……あやひのやつ、少しは手加減してよ」
(そもそも偽のカレシになれって言ってきたのはそっちなのに、ゆうちゃんのことを聞いてノリノリで足を突っこんできたのもそっちなのに、なんで俺が叩かれるんだ?)
「……あの、先輩。そろそろ放してほしいんですが……」
そう言って、ゆうちゃんはふりふりと手を振り、解こうとした。
俺は力を緩めることなく、彼女を胸の中に引き戻す。
「あの、先輩、抱きしめてほしいんじゃなくて――」
「ダメ。放したらゆうちゃんに逃げられる……こっちはずっと会えてなくて、ゆうちゃん不足なんだ」
俺は強くゆうちゃんを抱きしめ、体の温もりを感じながら、彼女の頭に頬を擦りつけ、匂いを嗅ぐ。
「……ああ、久しぶりの、ゆうちゃんの匂いだ。癒される……」
「あの、先輩、変態っぽいです」
ゆうちゃんは俺の行動にドン引きしたのか、いつもより三割増しの毒を吐いてくる。
深刻なゆうちゃん不足の俺にとって、それさえ愛しく感じる。
「相変わらずゆうちゃんは俺だけ辛辣だよね。でも、それさえ今はかわいく思える」
「なぜですか!??? 放して!」
ゆうちゃんは思いっきり俺の胸元を押し、わずかな距離を作りながら、両手で俺の頬を包む。
(ゆうちゃんが……自分から俺の頬に――)
それだけで体が熱くなり、にやけてしまいそうだ。
それに加え、ゆうちゃんは恥ずかしがりながら、俺を見上げてきた。
(過剰なゆうちゃんのかわいさパワー摂取で、情緒が壊れそう)
俺は激しく鼓動を打つ心臓と、今すぐその唇を貪りたい衝動を必死に抑える。
「先輩、ここではっきりしましょう! 先輩はいったい、私をどうしたいのですか?」
「どうしたいって?」
「それはっ……付き合いたいとか……そういうのです」
ゆうちゃんは真剣な眼差しで俺を見つめる。
(付き合う……か)
「ゆうちゃんと付き合うのは……いやだな」
「なっ!?」
俺の反応によっぽど驚いたのか、ゆうちゃんは大きな声を上げた。
「付き合ったら……いつか飽きて、別れるんでしょう。それなら、付き合わなくていい」
「……何ですか? その理由は?」
俺が訳を語り始めると、ゆうちゃんは冷静になって聞いてくれた。
(そんな真剣に話を聞いてくれるゆうちゃんも……かわいい)
「だって俺、女の子と付き合って、ほとんど三ヶ月で飽きているよ。長くても半年で別れている。付き合うって、そういうものでしょう?」
「……先輩のそれ、最低な考えですね」
ゆうちゃんは何度も俺のことを最低だと言う。
それでも、根付いてしまった考えはそう簡単に変わらない。
「俺、ゆうちゃんとは簡単に別れたくないから、付き合いたくない」
「……はああああ」
さっきまで静かに聞いてくれたゆうちゃんが、今は大きなため息を吐く。
(俺、そんなにおかしいこと言ったのかな?)
自分の価値観は世間と違っていることくらいわかっている。それでも、自分なりに理にかなっているつもりだ。
「……先輩、いいですか?」
ゆうちゃんはもう一度俺の頬を両手で包み、頭を下げる。彼女は真っ直ぐ、俺を見つめている。
心臓の音がうるさくなる。
「人は付き合ってもら、付き合っていなくても、嫌になったら離れていくものです」
「……ゆうちゃんも?」
「当たり前じゃないですか? この数日のことを何だと思っているんです?」
この数日のことを思い返して、心が締め付けられる。
(いやだ。もうあんな思いはしたくない)
「いやだな……どうしたらゆうちゃんに飽きられない?」
(どうしたら、ゆうちゃんは俺のそばから離れないでくれる?)
「そんなの先輩が考えてくださいよ。人間関係って、試行錯誤を繰り返すものですから」
「……そっか」
ゆうちゃんは質問の答えを、俺に委ねた。
すべては俺次第ということだ。
正直、俺の価値観はそうそう変えられないし、自分が飽きてしまう可能性も、ゆうちゃんに飽きられてしまう恐怖も、未だある。
でも、今この時、俺はゆうちゃんの一番近い人でいたいと思っている。
その気持ちとゆうちゃんへの愛しさを込めて、俺はゆうちゃんの手を取り、口づけを落とす。
「……ん……」
「っ!? 先輩、何をっ――」
それだけで、ゆうちゃんの頬はすぐ赤く染まる。
(かわいい……)
「ゆうちゃん、彼氏彼女っていう関係にこだわっていたよね。じゃあ、俺のカノジョになって? 後悔はさせないから」
「は、はあ!? いやっ、そんないきなり、言われても――」
「ゆうちゃん、キスされる度、耳まで真っ赤になるよね」
(恋人になったら、もっともっとゆうちゃんを独り占めできるよね)
俺はゆうちゃんの足裏に手を回し、彼女を抱き上げる。
相変わらず軽くて、かわいらしいゆうちゃんは、あっさり俺に捕まえられた。
俺はその真っ赤に染まったかわいい耳に、息を吹き込み、口づける。
「~~っ!」
「絶対飽きさせないから……はいって言うまで、やめてあげないよ」
ますます赤くなったゆうちゃんのかわいさに、俺は脳をクラクラさせながら、耳、頬、目元へと口付けを落としていく。
やがて吸いつけられたように、その小さくて柔らかそうな唇にも――
「んんっ~~」
「んっ……ゆうちゃん、どこもかしこも甘いね。俺、甘いの好きだから、飽きる気がしない」
(本当、ゆうちゃんはどこもかしこも甘くて、かわいくて、手放せそうにないな……だからもう、ゆうちゃんは俺から逃げられないね)
そんなことを心で思いながら、俺は会えない数日の寂しさを補うように、ゆうちゃんの温もりを堪能した。
やがて彼女が勘弁したかのように頭を小さく頷いて、やっと俺は名残惜しく彼女を解放した。
* * *
誰もいない部室の中、俺は彼女の到来を待つ。
扉が開かれ、愛しい彼女の姿を確認し、俺は手を広げる。
今日も俺は、可愛すぎる後輩を精一杯愛でる。




