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第7話 レイのカミングアウト

「クラリス、入るよ」


「っ! え、ええ、開いているわ……」


 レイは結婚式の後、裏で行われていた別邸から本邸への引っ越し作業を行っていた。とはいってもシルヴィと異なりレイの部屋は、生まれてから殆ど使われてはいなかったが存在しており、掃除と少量の荷物を運んだだけだ。レイは部屋の配置を少し変えたりして、湯浴みをしてきている。


 クラリスは、貴族女性が夜寝る際に着るナイトガウンを着ている。つまりはその日にやるべきことは終わりこれから寝ますという意思を服装で表している。

 そんなクラリスの部屋に入ってきたレイはというと。


「うーん、もうちょっと厚みがあるといいけど……」


「は?」


 蛙のように壁にぺたっと張り付きながら横に歩いているのだ。とても結婚初日の夜に妻の部屋に入った夫の行動ではない。


「ちょ、ちょっとなにしてるのよ!」


「いや、クラリスの部屋の防備について調べようと思ってね、あ、ここ穴空いてる」


 レイはシルヴィの教え、つまりは夫は妻を守るものという教えを実行している。


 レイも魔王になる前に人族との戦争に出た経験があるが、その時の人族の実力を見て、クラリスがレイの側にいるときはどうやっても危険はないと判断できた。危ないのはクラリスが一人のときで、特に寝ている時というのは狙われやすい。

 魔王城の防衛に関わっていた経験から、クラリスの部屋について調べておくべきだと考えたのだ。


「塞いでおこう、《ロックシールド》」


「……ブギャア!」


 レイが壁に小さな穴が開いているのを発見し、そこを魔術で埋めておく。


「アンタ……今のは魔術よね?」


「ああ、うん。壁に穴が空いてたから埋めておこうと思って」


「魔術で壁の穴を埋めるってどんな制御技術よ! というか反対側から声がしたような気がしたけど」


「あれ、向こう側に突き出してはないと思うけどな。顔を壁に張り付けたりしてない限りは大丈夫だと思うよ」


 レイは魔力量が多いので、階位の高い、威力や範囲の大きい魔術も使えるが、魔力制御にも長けている。平穏な暮らしをするのには、半径一キロを焼け野原にする爆破魔術よりも、隙間風を塞ぐ岩を作る繊細な魔術のほうが有用だったというわけだ。


「部屋の作りが単純すぎるなぁ。壁を立てて迷路みたいにするか?」


「何言ってるのよ! 私の部屋を勝手に改造しないで!」


「それもそうだね。少し考えてみるよ」


 壁を四方確認し終えたレイは、扉の鍵を閉めてクラリスに向き直った。クラリスは息を飲む。


「クラリス、言っておかないといけないことがある」


「な、なに……」


 クラリスの頭の中で、「君を愛することはない」というセリフが思い浮かんだ。

 余談だが、クラリスは実家で不遇だったこともあり、虐げられていたヒロインが逆転するタイプの話が好きだ。


「僕は魔王だった」


「は? なんて?」


 想像を超えたレイのカミングアウトに、緊張していたクラリスはいきなり気が抜けてしまった。


「僕は魔王だったんだ」


「……アンタふざけてるの? 勇者ごっこならともかく魔王って……」


 勇者。人族の物語で描かれる存在で、苦労しながらも魔王を倒す存在。実際のところ魔族と対峙しているのは人族の軍であって一人の人間だとか、五人程度のパーティとかではない。勇者というのは人族のプロパガンダ的なものだ。


「本当なんだ。恐らく三十一年前に魔王城にいたときに光に包まれて、その後人族に転生して今こんな感じになってる」


「……アンタ、もう少し勉強して設定を練り直した方がいいわ。ここ百年間魔王は同じはずだし、アンタは十二歳でしょ。三十一年前だったらその間はどうしたのよ」


「僕は魔王の頃はレイノワルドって名乗ってたよ。今の魔王でレイノワルドって名乗ってる奴は……まだ分からないけど、多分偽物なんだろうね。年齢のことも分からないんだけど、シルヴィが三十一歳。シルヴィは魔王城で僕の世話をしてくれてた。人族風に言うとメイドになるのかな」


「……なるほど、三十一年前っていうのはアンタのお母様にちなんでいるのね」


「ああ、あと最近までレイノワルドだった時の記憶がなかったんだ。ちょうど記憶が戻った時にクラリスもいたはずだよ。ほら、父上が壁にめり込んでた時」


「っ!」


 冷静に、レイの設定のあら捜しをしていたクラリスに、その時の記憶が思い出された。伯爵に迫られ、レイが魔術で撃退した以前のことは、初対面のお茶会の時の記憶しかないが、確かに人が変わったようだった。

 別人格と言われたら納得はできる。

 もちろん、別人格ということにするために仕込みをしたと言われても納得できるが。


「こ、こういうときはなにか証拠になるものを用意した方が盛り上がるわよ……」


「証拠かぁ。確かにそうだね、でも何があるかなぁ……魔術とか?」


「魔術……」


 婚約が決まった時に、レイは母であるシルヴィの子どもの頃と同等の、非常に多い魔力量を持っているとクラリスは伝えられていた。つまりはレイは伯爵としてその魔術を使えるし、レイの子どもにも遺伝をする可能性が高いということだ。

 魔力量の多寡のみで貴族の序列は決まらないが、戦時において魔術の役割は大きい。貴族の魔力量は一つのステータスなのだ。


 尤も、それがクラリスに伝えられたのは、レイとクラリスの婚約が誰も否定できない素晴らしいものだと、ニコラウス伯爵が内外に知らしめるための材料でしかなかったが。


「うーん、大きな魔術を使うわけにもいかないし、部屋を凍らせるわけにもいかないしな……あ、そうだ」


 レイは腰から何かを取り出す。


「ちょ、ちょっとなんで寝室に剣なんて持ち込んでるのよ!」


 初夜に短剣。心中でもしそうな組み合わせだ。


「いや、魔術を使ってみようと思って。《マテリアル・イリュージョン》」


 マテリアル・イリュージョン、つまりは物の形を変化させる魔術だ。色々と制限があったり、物質を壊して再組成するので魔力効率が悪かったりと使いやすい魔術ではないのだが……。


「なにこれ……」


「どうかな? 信じてくれた?」


「凄い魔術なのは分かったけど……」


 レイは短剣の刃の部分を細くして螺旋状にぐるぐる巻いたものを作った。言ってみれば、柄の先にバネがついているようなものだ。

 ジョークグッズにしても使いどころの分からない不思議な物体がレイの右手に握られている。


「なんかもうちょっとこう、いい形はなかったの?」


 クラリスは呆れ顔で言うしかなかった。

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