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第6話 結婚式当日

 結婚は、貴族のイベントでも特に大きな慶事だ。叙爵とか昇爵、領地の加増に戦勝祝いのようなお祝い事も無いことはないが、それらは貴族にとっての慶事で、領民には関係ないことが多い。

 結婚はそれこそ貴族の内輪話ではあるものの、喜ばしいことだという認識は広がる。大人の領民は、当主夫妻に子が生まれたときのことを知っている。育てたわけではないにしろ、生まれから知っている子どもが結婚するというのは、成長を感じて祝福すべきものだ。

 周辺の領地からも人が集まり、関係者を招いた結婚式に、領民向けの顔見せパレード、貴族向けのパーティーが、長ければ数日に渡って大々的に行われる。通常ならば。


 式の当日、レイはサマルグ邸の使用人と神父となる教会の担当司祭から手順の説明を受けていた。

 サマルグ邸の使用人は疲労困憊と言った様子で、神父もにこやかな表情ながら疲れ気味だ。


「──式は、簡略化させていただきます。神父が問いますので、『誓います』とだけお返事ください。その後はクラリス様を伴って外に出ていただき、用意された馬車で領邸にお戻りいただきます。その間はクラリス様とともに、可能であれば領民たちに手を振っていただければ幸いです」


「レイ様、どうぞよろしくお願いいたします」


「うん、分かった。神父様もよろしくね」


 使用人はレイの短い返答に目を見開いた。


「レイ様、しばらく見ないうちにご立派になられたのですね……」


「え? あ、そうなのかな」


 何十回説明することになるだろうか、と戦々恐々としていた使用人は、一回の説明で理解したと主張するレイに成長を感じた。レイはシルヴィが語っていた過去の自身の様子を思い出し、あまりに低く見積もられていることに気づいた。


「シルヴィ様もご快復なされているとのことで、サマルグ家の今後の益々の発展を祈念しております」


「ありがとう。神父様」


 教会の司祭である神父も、普段から多くの子どもと接している。十二歳で結婚式を挙げる直前ながら落ち着いて見えるレイに、約一週間で結婚式の準備をするという無理難題を押し付けてきた憎きサマルグ伯爵とは違うものを感じていた。


 * * *


 伯爵家城下ということもあり、それなりに大きな教会。準備の都合上装飾は最低限となり普段の教会の様子に近いが、無駄な装飾がない分、元々の清貧さが洗練されたようにも感じられる。

 参列者は僅か八名。近隣の貴族には招待を送ったが、本人ではなく代理の者が一人で来ているたり、人が立てられず手紙でのお祝いとなっているところも多い。

 クラリスの実家ニコラウス家についても、執事と侍女が参列しているという状態だ。


 あとは、健康上の理由ということで招待はされていないが、シルヴィも魔術で姿を隠して参加している。


 教会の中で待つレイの下に、扉が空いてクラリスが歩いてくる。

 急ごしらえで造られた純白のウェディングドレスは、サイズこそぴったりだがデザインはシンプルを極めている。だが、それがベールから覗く燃えるような赤髪を強調しており、奥ゆかしさと内面の強さを両立させたような仕立てになっていた。

 クラリスを体現しているかと言われると微妙ではあるが、見映えで考えたときの完成度はなかなかのものだ。


「とっても綺麗だね」


「ア、アンタも悪くないわ……」


 レイは歩いてきたクラリスに、シルヴィに伝授された言葉を贈り、手を取って、階段を上がって神父と向き合う。


「汝、レイ・サマルグは、クラリス・ニコラウスを妻とし、支え合い、助け合い、共に生きていくことを誓いますか?」


「誓います」


「汝、クラリス・ニコラウスは、レイ・サマルグを夫とし、支え合い、助け合い、共に生きていくことを誓いますか?」


「誓います」


「誓いは神に届けられました。二人の未来に幸多からんことを」


 参列者から拍手が送られる。数は多くないし、特別熱心に祝福している者も少ない。

 扉の近くで、特に大きな拍手が鳴っている。姿は見えないが、魔王であったころから百年近くを共に過ごしたシルヴィのものだ。

 

 結婚式は無事終了した。


 * * *


 事前周知も十分ではなかったため、まばらに訪れた領民たちを抜けてサマルグ伯爵邸に戻ってきた後、軽い夕食を取って丁寧に湯浴みをしたクラリスは、やっとゆっくりできる時間になっていた。


「お嬢様、お疲れさまでした。結婚式のドレスも素敵でしたね」


「実感が全く持てないわ。準備期間が短すぎたせいかしらね。私はもうサマルグ家の人間になったのよね……」


 侍女と二人の時間。ニコラウス伯爵邸にいた頃は業務的なことしか喋らない間柄であったが、ここ数日のデスマーチを乗り越えたことで多少なりとも間柄は深くなっていた。侍女はクラリスの希望で、このままサマルグ邸でクラリスに付くことを快諾してくれている。


「はい、あのへんた……失礼いたしました。サマルグ伯爵の家の者ですよ」


「思い出させないで……」


 人族の視線の意味というものに鈍感なレイは気がつかなかったが、サマルグ伯爵はあの短い結婚式の間もクラリスのウェディング姿を舐め回すように見ていた。クラリスと伯爵が顔を合わせたのは数回だが、明らかに息子の嫁に向けていい視線ではない。

 家で疎んじられていた自覚のあるクラリスは、これもニコラウス伯爵の悪意ではないかと疑ってしまう。


 辟易としているのは義父となった伯爵のせいだけではない。義母となったシルヴィもそうだし、夫となったレイも一因だ。


 義母のシルヴィと義父の関係は明らかによろしくない。屋敷の外に住む夫人は珍しいし、詳しいことは分からないが、それが夫人側の要望だと思われる。権力者である伯爵がそれを止めていないことを見るに、双方向で関係は良くないのだろう。


 そして、レイは義母側についていているように見える。クラリスはレイの妻となったが、よくよく考えてみればクラリスの嫁入りの決定者は伯爵だ。その理由も身に染みて分かってしまっている。


 白状してしまうと、クラリスは初対面からの自分の心の揺れを、「初恋」と定義することで冷静に先のことを考えようと努めていた。だが、昨日初めてまともにレイと話してみて、複雑なサマルグ家の現状を見せられて、その芯すらもぐらついている。

 レイは幸せにするとプロポーズをしてきたが、それは本当にレイの意思だったのかも自信が持てない。


 まあ一言でいうと、マリッジブルーが準備期間が短いせいで結婚式の後に来ているのだ。


「それにしても、結婚式は無事に終えられてよかったですね。てっきりまた、逃げるものかと」


「『また』ってなによ! 私は逃げたりなんてしないわ!」


「前回の帰り際のお茶会に、昨晩の夕食会……」


「ぐぅ……」


 クラリスの思考が暗い方向を向いたと感じとった侍女が話を逸らす。侍女はクラリスの扱いを多少心得ていた。

 侍女は知らないが、レイが魔術を発動し記憶が戻った時にも、クラリスは逃げ出している。無事終了したのは、初対面の気まずいお茶会と、今回の結婚式くらい。現在の戦績は二勝三敗といったところだ。


「お嬢様、今夜は逃げてはいけませんよ」


「よ、余計なお世話よ! 私の方がアイツより年上なんだから!」


「では、私は控えておりますので」


 侍女は相変わらず、表情の出ない顔で下がっていった。


 少し間が空いて、部屋にレイが訪れる。

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