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第8話 元魔王には人族の常識が備わっている

「それで、アンタが魔王として、どうするわけ? 人に化けて人類を滅ぼすの? それとも魔族と戦うつもり?」


 クラリスは魔術についてさほど詳しいわけではないが、レイがかなりの使い手であることは読み取れた。

 魔王というのはまだ信じてはいないが、一旦レイの話をちゃんと聞いてみようとは思えた。


「あーごめん、魔王かどうかは信じても信じなくてもいいんだった」


「はぁ!? 今までの時間はなんだったのよ!」


 せっかくこっちが譲歩してやったのに、とクラリスはまた怒り出す。


「そうじゃくて、僕が魔族だったのを知ってもらおうと思ってさ。えーっと、僕もシルヴィも魔族だった期間が長いせいもあって、人族とか貴族の常識が全然分からないんだ。だからその辺をクラリスに教えてもらいたい」


「……よく分からないわ。アンタは人族になりたい魔王っていう設定なの?」


「僕は魔王だったけど、別に誰かと戦ったり服従させたりしたいわけじゃなかったからね。むしろ戦いは好きじゃないし、戦争してたらゆっくりする暇もないからね」


「……えぇ、分かったわ」


 クラリスが生まれたときには既に人族と魔族は断続的に戦闘をする状態にあったが、その前は戦争をしていなかった期間があることは知っている。人族が魔族の国へ行くことも珍しくなかったそうだ。魔族が人族の国へ行くことは少なかったが。

 少しレイの話の信ぴょう性は上がってきた。そうでなければ中々作り込まれた設定ということになる。


「常識について教えてほしいのもそうだけど、もし常識から外れたことをしていたら指摘してほしいっていうのもあるかな。今のところは大丈夫?」


「全然大丈夫じゃないわよ!」


 クラリスはここ一週間程、だいぶレイとサマルグ家の荒波に巻き込まれている側だ。もしこれがレイの魔王ごっこのための布石なら我慢ならない。むしろ本当であってほしいとすら思った。


「まず、魔王を公然と名乗るのはやめなさい! 私だけならいいけど、他の貴族とか軍に聞かれたら異常者として捕まりかねないわ」


 魔王であったのが本当だろうがそうでなかろうが、自分は敵国の王であると宣言することが危険だ。反人族の危険思想と受け取られてもおかしくはない。


「うん、それは分かってるよ。誰が信頼できるかも分からないし、シルヴィ以外には今のところはクラリスにしか話すつもりはない」


「そ、そうなのね……」


 暗に信頼されていると言われてたじろぐクラリス。


「あ、あとはそもそも結婚がおかしいわ! 婚約してから結婚式まで一週間なんて常識外れよ」


「僕が決めたわけじゃないからなぁ。覚えておくよ」


「それと年も若すぎる。婚約するにしても十二歳と十三歳じゃ早い方なのに! 結婚するなら普通は早くても十六歳くらいのはずなのに!」


「あれ、誤差じゃなかったか……。まぁそれも僕が決めたわけじゃないからなぁ。もし子どもができたら気を付けないとね」


「こ、こども……」


 レイの言葉にいちいちダメージを受けるクラリス。

 レイの方は、案外自分は人族としてもやっていけるんじゃないかと思った。むしろ父の方が常識がないのではないのかと。そこでレイは一歩踏み込むことにした。


「僕からも聞いていい? 昨日夕ご飯を食べるからクラリスをシルヴィの部屋に来たと思うんだけど、食べずに帰っちゃったよね。あのご飯って届けた方がよかったのかな? マナー? みたいなのはどうしても難しくてさ」


「そ、それは……」


 無礼にも夕食を食べずに帰ったことを、悪気なく攻めてくるレイはクラリスにまたじわじわとダメージを与えていくのだった。


 * * *


「──お嬢様。開けていただけないでしょうか」


「っ!」


 翌朝クラリスが目を覚ますと、レイと目があった。同じタイミングで目が覚めたようだ。クラリスは昨日の最後の方は眠気であまり覚えていないが、話をしている間に寝てしまったか。

 クラリスが慌てて確認するが、服装にも乱れはない。いや、貴族の常識というものをあえて考えるのであれば、乱れがあったほうがよかったのかもしれないが。


「外にいるのはクラリスのメイドさん?」


「え、えぇ。正確には侍女ね。彼女はこの部屋の鍵を持っているはずだけど……」


「それなら夜に、敵が部屋に入ってこないようにしたからだね。血の登録をしないとドアが開かないようになってる。侍女さんも登録しておく?」


 魔術の話になったときに、この部屋を守るために……というくだりがあったのをクラリスは思い出した。


「そういえばそんなこともしてたわね……。いえ、しばらくは荷物も届くでしょうし、解除してほしいわ」


「うーん、分かった。じゃあしばらく夜は僕が来るよ」


「な、なんでそうなるのよ!」


「寝ている時はクラリスを守れる人がいないからね。僕が来ない方がいいなら魔術にする? 毎回つけたり外したりしてもいいけど」


「べ、別にそんな面倒なことはしなくていいわ。アンタが来て守りなさい!」


「お嬢様。起きてらっしゃいますか?」


「分かった。じゃあ登録魔術は解除しておくね」


 侍女が入れずに少し焦っているように聞こえて、レイはベッドを出て扉を開ける。


「レイ様、お嬢様のことをどうかよろしくお願いいたします」


「ん? ああ、うん。もちろん。任せて」


 侍女は入れ替わりでクラリスの部屋に入っていく。


「すみません。建付けがよくなかったのでしょうか。おはようございますお嬢様、お疲れさまでした。お身体は大丈夫でしょうか?」


「な、なんともないわよ! 変なこと言わないで」


「いえ、お疲れでしょう。朝食は部屋で取られますか?」


 侍女の目線の先には、シーツにべっとりとついた血の跡があった。


「ふぇ?」


 血を見てクラリスは思い出した。昨日の夜、レイは部屋を守る魔術のために血が必要だと言って短剣を取り出し、勢い余って手のひらを思いっきり刺していたのだ。その後説得して、クラリスの血を取るときは短剣を針に変えてから少しだけ血を採取した。


「乱暴にはされておりませんか? もしお辛いようでしたら私からレイ様に……」


 侍女は初夜に血が出ることは知っていたが、聞いていたのと比べるとかなり多く見える。主であるクラリスに無理をさせた結果なのではないかと心配になるのも無理はない。


「ご、誤解よ! これはその……とにかく違うの! なんともないから!」


「分かりました。では万事うまくいったと報告させていただきます」


「え……」


 報告、と聞いてクラリスは察した。何を報告するのか。そして、失敗したと報告された場合はあまり良いことにならないであろうことを。


「え、ええ。とてもうまくいったわ! そう報告なさい!」


「はい。ではお嬢様は大変満足されたと加えてご報告を」


「それはやめなさい!」

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