第4話 人族の結婚とはなにか
貴族子女の婚約、婚姻というものは貴族家当主に決定権がある。シルヴィも自身の経験で承知していることだ。
レイのプロポーズも実際には、小説のワンシーンを雑に再現してみました、程度の意味しかなかったはずだ。
では、その貴族家当主たちはどう動いたのか。
* * *
「クラリス様の婚約は無事成立いたしました。クラリス様も、それからお相手のレイ様も非常に前向きだと報告が入っています」
「それはいい。サマルグ家は後継が息子一人で不安定だろうし、四年後の十七の年と考えていたが、本人たちが前向きなら多少早めても問題ないな。一年……いや二年早められそうか?」
「婚約時期の前倒しについて、サマルグ家に相談してみます」
後妻との関係、家の安定のために、クラリスを早く家から出すことが望ましいニコラウス伯爵は、サマルグ家のためという建前で婚姻時期の前倒しをサマルグ家に相談した。
* * *
「あのクソガキめ……防御魔術の魔道具が誤作動したか? 今度会うときは存分に可愛がってやる……。しかもレイの魔術だとほざく奴らまで……」
「旦那様、ニコラウス家から婚姻時期の前倒しが可能だという相談が来ております」
「なに! それは素晴らしい気遣いじゃねえか! 早くていつになる?」
「文面からするに、二年後から三年後を見込んでいるのではないかと」
「クソが! 遅すぎる! 教会に問い合わせて最短で式ができる日取りで返事をしろ!」
「は、はあ……」
「ぐふふ……。これであのガキは俺のものだ……」
すべての貴族令嬢を敵に回すであろう悍ましい計画を立てているサマルグ伯爵がさらに時期を早めた。
* * *
レイの一夜漬けプロポーズを受けたクラリスだが、湯気を出して固まってしまい、予定されていたお茶会は中止となっていた。そのまま救急搬送されるような形でニコラウス伯爵邸に戻っている。
(アイツ……いきなりあんなこと言って! 今度こそ文句言ってやる! 私もなんで『ふぁい』なんて答えちゃったのよ! そもそもアイツのこと全然知らないし、……でも幸せにするって言ってたし……コホン、いいわ。これから婚約期間として三年はあるはず。その間に少しずつ……)
「お嬢様、ご報告が」
腕をブンブンと振り回したり、不安そうに眉を下げたり、少しにやけたりするのに忙しいクラリスの下に、無表情な侍女がやってくる。
「え、ええ、なに?」
「お嬢様、結婚式の日程が決まりました」
「……はい? け、結婚式……。待って、婚約したばかりじゃない。そんな先のことを決めてどうするのよ」
「結婚式の日程は六日後です」
「はぁ!? 意味が分からないわ! 私まだ十三よ!? 普通は十七か十八じゃなかったの!?」
「それが、先方の希望だということでして。どうしても難しい理由があるなら私から旦那様にお伝えしますが……」
「アイツ……。け、結婚しないとはいってないわ! 急だったからちょっと驚いただけよ! 準備しなさい!」
クラリスは先方という言葉を、唐突にプロポーズをしてきたレイの顔に都合よく変換してしまい、真っ赤になりながら使用人たちに嫁入りの準備を指示した。
(見ている分には可愛らしいし明るくて楽しい。嫌いというわけではないのですが、妹君と比べてしまうと、とても素敵な令嬢とは口が裂けても……。レイ様もクラリス様もおいたわしや……)
果たしてレイがクラリスを夫人として上手くいく人物なのか、クラリスが味方の少ないこの屋敷を出たとしても、この様子でサマルグ家で幸せになれるのか、不安が残る侍女だった。
* * *
それからニコラウス伯爵家はクラリスも含め、クラリスの嫁入り準備に奔走した。同時に家臣や周囲の貴族たちに、今回の急な婚姻はサマルグ家の強い要望があったためだと喧伝して回った。前例が少ない、短期間での婚姻となるが、自分たちは善意の立場であることを強調したかったのだ。
サマルグ伯爵邸では、結婚式が開かれる教会と連携しながら、あまりにも急ピッチな式の準備に忙しく走り回っていた。同時にクラリスの受け入れ準備をサマルグ伯爵が主導して進めている。
レイの方はと言うと、シルヴィの部屋でお茶をすすっていた。
「あー、やっぱりお茶がゆっくり飲めるのはいいなあ……」
「魔王であった頃に比べると時間に余裕がありますね。茶葉の質は随分と下がってしまいましたが……」
両伯爵や使用人たち、さらには婚約者のクラリスが多忙を極めるなか、別邸に暮らすレイは何もやることがない。
レイが持っているのは、平穏な生活をしたいという願いと、多少の責任感くらいのものだ。平穏な生活はできているし、伯爵令息という今の立場で、現在追うべき責任というものも特にない。将来責任を果たすための勉強はクラリスが来たら始める予定だ。
「おいしくないとは思わないけどね。人族の舌になったってことなのかな。シルヴィが淹れてくれるおかげかも」
「ありがとうございます。ですがせっかく昔のようにレイ様とお茶を飲めるようになったのですし、次回からは品質のよいものを入れていただきましょう」
「うん、その辺りはお任せするよ」
レイとシルヴィは、起きているほとんどの時間をシルヴィの部屋で過ごしている。レイ視点では魔王城で飛ばされてから殆ど時間が経っていない感覚なのだが、シルヴィ視点だと三十一年の空白期間がある奇妙な関係だ。
レイのやりたいことも特にはないので、今はシルヴィと、魔王城にいたころの話をしながら埋め合わせをしている。
「それにしても、結婚式が五日後なんて、随分急な話だね」
「はい、私の時には二か月ほど期間があったと思うのですが……、人族はせっかちな生き物ですからね」
二か月、というのも貴族の結婚としては異様な速度だ。通常は日程の確定は半年ほど前で、具体的な日付はともかく時期感は数年前から決まっていることも多い。後世の研究者に、サマルグ伯爵家はいつも結婚が早いと言われてしまうだろう。
「短命種の生き方は僕にはあんまり性に合わないかもなぁ……。そういえば、人族の結婚と魔族の結婚はだいぶ違ったよね。シルヴィにその辺りを聞いておいた方がいいかな」
レイが結婚経験者であるシルヴィに意見を求める。
「そうですね……。魔族との違いで言うと、一番は夫は妻を守るものという考え方が根付いていますね。夫婦でなくとも男性が女性を守るべきだと言われていますが、特に夫が危険な場所に行ってでも妻を安全な場所に置くのが美しいとされています」
「男女で役割が違うんだね。不思議な感じ」
「人族は種族として、男女で身長や力にかなり差があります。私は魔力が高かったので例外の立場でしたが、合理的な考え方だと思います」
「ああ、なるほど。確かにそういう種族もいたな……」
魔族は種族によって男女の大きさや強さの比率はバラバラで、女性が長となる種族も多くあった。さらに、複数の種族が一か所で暮らしていることも多く、その時には男女差より種族差の方が余程大きいこともあり、男女の役割が固定されることもなかった。実際に魔王軍の男女比も、特に意図しなくとも一対一になっていた。
「魔族であったころとは違いレイ様は肉体は人族の脆さですし、クラリス様はさらに弱い存在です。レイ様が魔族の感性をお持ちなら、過保護なほどに守るべきかもしれません」
「分かったよ。それならシルヴィのことも守らないとね」
「ふふ。私は魔術が使えるのでそれほど弱くはありませんが、ではよろしくお願いします」
レイに人族として、婚約者であるクラリスと、母のシルヴィのことを守らなければいけないという責任が生まれた。




