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第3話 結婚というもの

「レイ様、結婚というものはご存じですね?」


「うん、分かるよ」


 結婚。それはレイがシルヴィたち城に仕える女性魔族たちの奏上を受けて、魔国に取り入れた制度だ。

 魔国における結婚とは、想いあった男女が結婚の誓いをすることで、その者たちを夫婦と認定し、国が守るというものだ。

 実利的には、力のある種族に妻や夫を無理やりに奪われることを、魔王の威光を借りて避けるという意味があり、戦闘力の低い種族や、周囲に味方を作りにくい種族をまたいだパートナーにはそれなりに浸透した。一夫多妻も多夫一妻も認められていた。

 ただ、種族によって貞操観念も全く異なる魔国では、全土に行き渡っていたものではなかったが。


 この制度、人族から輸入したものである。シルヴィたち女性魔族は、レイに教わった文字で恋愛小説を読むようになり、過度にロマンティックに美化された結婚に感化され、奏上するに至ったのだ。

 中には、魔王であるレイと結婚という形で結ばれる野望を持つ者もいくらかいたが……。


 つまり、魔国における結婚というのは宣誓みたいなもので、人族のように多数がするわけでもない。

 レイも、制度を検討するときに人族の結婚というものについて多少調べたが、人族の考え方の根底を理解するには至らず、魔国の実情に合う形でカスタマイズして導入したのだ。


「今日クラリス様という女の子は会いましたか?」


「クラリス? ごめん、会ったかもしれないけど記憶にないな。……もしかして赤髪の女の子?」


「私は会っていないですが、恐らくそうだと思います。クラリス様はレイ様の婚約者になっていまして、今日が初対面だったと聞いています」


「婚約者……。いつか結婚する約束をしている人だよね」


 婚約。検討の結果、魔国には導入されなかった制度だ。恋愛小説派閥のシルヴィたちは、婚約者を守ったり、婚約者がいるのに他の異性と仲良くしまって復讐されたりすることの良さを熱弁したが、ややこしい上にまともな法律というものが存在しない魔国では導入されなかった。

 なお、シルヴィ自身は、人族になって婚約からの結婚を経験しているので、少女的な恋愛熱は既に冷めている。


「はい。結婚すれば仲間ですし、クラリス様も貴族ですから、人族のことも貴族のことも色々と聞きやすいと思います」


「結婚かあ……魔王のころは先延ばしにしてたなあ」


 魔王と言えば、恐怖と権力で多くの女を手籠めにするイメージがあるが、間違っていない。歴代の魔王たちは大体そんな感じであったが、レイが例外であるだけだ。

 とはいえレイ自身も、落ち着いたら恋人でも見つけて、そのうち自分が作った結婚という制度を適用するつもりであった。


「そうと決まればプレゼントを買いに行きましょう! 結婚をしたいときは、プロポーズというものをして、指輪を渡すのが定番なんですよ!」


「シルヴィはよく言ってたね。僕はあんまり詳しくないから、あとで聞かせてよ」


 シルヴィはすぐに着替え、レイとともに城下にある装飾品店へと向かうことになった。


「そういえばクラリスって子、結構小さい子どもに見えたけど、結婚できる年なの?」


「クラリス様は確か十三歳だったはずです。私は十八歳のときに結婚しましたから……」


「五年か。なら誤差みたいなものだね」


「はい。レイ様の言う通りかと」


 恋愛小説という創作物で中途半端に人族を理解した気になっているシルヴィと、長命種であるレイの意見は完全に一致していた。


 なお、今まで病気でほぼ部屋から出ていなかったシルヴィが、元気な様子で街へ出て行ったいう噂は伯爵邸の使用人たちに広がり、一部は感激し、一部は震え上がったという。


 * * *


(なんなのよアイツ! 本当になんなのよ!)


 転生して意識が戻ったばかりのはずのレイよりも動揺している者がいた。

 名をクラリス・ニコラウス伯爵令嬢。晴れてレイの婚約者となったばかりの女性である。


 昨日は、婚約者のレイ・サマルグとの初対面だった。会うまではまだ見ぬ将来の夫にドキドキしていたが、そのお茶会の印象は、悲惨なものだった。


『私はクラリス・ニコラウスよ! 私の婚約者になったことを光栄に思いなさい!』

『……レイ・サマルグ』

『……』

 

 無口で、なにを考えているかよく分からない人物だった。


『ア、アンタ、魔力が多いって聞いたわ! 何か魔術を使ってみなさいよ。私が見てあげるわ!』

『……やめとく』

『そ、そう……』


 少し話して、クラリスは、自分が王子様と出会う物語のお姫様ではないことを理解させられた。


 クラリスはニコラウス家の長女で、伯爵の亡くなった前妻の娘だ。そして、伯爵と後妻との間には二人の弟と一人の妹がいる。

 迫害されているとまではいかないが、孤立はしていた。弟妹と比べると、明らかに愛されていない。口には出してはいないが、伯爵と後妻に早く出て行ってほしいと思われていることをクラリスは理解していた。


 早く出て行ってほしいから、あまり他の家からは縁談が来ないだろう、レイという伯爵嫡男に()()()したのだ。相手は同等の伯爵家だから家格の問題はないし、レイが母譲りに魔力量が高いことと言われていることを踏まえれば、次代に期待ができる良縁に恵まれているともいえる。

 クラリスも含めた両家の人物から見て、断りづらい縁談なのだ。


『……』

『……』


 冒頭に少し話しただけで、その後はほとんど喋らず、気まずい雰囲気のままお茶会を終えた。当のレイ本人が何とも思ってなさそうな、というか何も考えてなさそうな顔をしていることでクラリスは苛立ってもいた。

 その後、一応エスコートというか、レイの後ろを歩く形で、宿泊先である客間に向かっていたところ……。


『やっぱりかわいい顔してるじゃねえか。母親に似たか。ほら、こっちに来てよく顔を見せろ』

『うるさいわね。嫌に決まってるでしょ』

『なんだこのクソガキ、早く来やがれ!』

『やだ! やめて! 誰か……』


 ニコラウス家の使用人が離れたところを狙ったのか、廊下にいたサマルグ伯爵は、前にいたレイを無視してクラリスの腕を掴む。

 ニコラウス家にいたときにも、ここまで身の危険を感じたことはなかった。初めての恐怖心に、クラリスの身体は思うように逃げられなくなってしまった。


──ドッゴォォォォォン


 その時、すさまじい音とともに、サマルグ伯爵が離れていく。いや、離れていったのではない、レイの魔術で飛んで行ったのだ。


『えーっと、どうかした?』


 レイが、サマルグ伯爵の周りにいた、言いなりの使用人たちに、何もしていないかのように話しかけ、使用人は逃げていく。


『あ、大丈夫? 転んだ?』


 そしてクラリスに手を差し出す。先ほどまで、こちらが話しかけても返答がないことすらあったレイが、突然紳士的な態度を取り出したのだ。


 クラリスはニコラウス家で、心配されることも、庇われることもあまり経験していない。

 

 会う前のドキドキ、お茶会での落胆、伯爵への恐怖、助けられた安堵、初めて見る強大な魔術、レイの変貌、父である伯爵に反抗したのにも関わらずさも当然のことのような態度。


 クラリスの情緒は崩壊してしまった。


(私の心をめちゃくちゃにして! 文句言ってやる!)


 一晩明けて少しだけ冷静になったクラリスはお茶会に向かう。レイに呼ばれているのだが、昨日のことがあったからなのか、今日はレイの母親が同席することになっていた。クラリスの頭にはあまり入っていなかった。


 クラリスが庭に着いたところ、レイは既にいた。ちなみにシルヴィはちょっと離れたところで隠れて見ていた。クラリスがどんな文句を言ってやろうか考えていたところで、レイはクラリスのもとに来て、跪いた。


「ちょっとアンタ──」


「クラリス・ニコラウス伯爵令嬢。あなたを幸せにします。僕と結婚してください」


「ふぇ?」


 レイの手元には、ケースに入れられた指輪がある。


 クラリスの修復途中の情緒は、再び崩壊していった。

 昨日お茶会で見た、焦点が合っているのか怪しいものとは違う、意思の強い碧色の大きな瞳に見上げられたクラリスは……。


「ふぁ、ふぁい……」


 自分でもよく分からない涙を流しながら、プロポーズを承諾してしまった。


 こうしてレイの、シルヴィと特訓した一夜漬けのベタなプロポーズは、だいぶ歪なものではあったが、ギャップ萌えとか吊り橋効果の後押しを得て、無事完遂されたのだった。

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