第2話 今後の方針
「レイ様、今後の方針はどうされますか」
「うーん。ややこしいな……」
レイは、自分が魔王でなくなったら平和は続かないと考えていたし、平和が続くように入念に準備を進めていたわけでもない。魔王でなくなったときは、恐らく新しい魔王にレイは殺されているだろうから後は残った者たちのやりたいように、というスタンスだった。
それが何の因果か、人族に転生してしまったことで、争いを生きて見る立場になってしまったのだ。
「でも、魔族に関しては今は様子見かな。積極的に介入するつもりはないよ」
「……分かりました」
「あんまり納得してない?」
「いえ……、そうなる可能性はあると思っていましたが、レイ様が時間をかけて成し遂げたことを踏みにじる様な者たちが私は許せず……」
「そういうこともあるよ。魔王なんてそんなものさ」
レイの信奉者であり、現在は母でもあるシルヴィにとっては、レイの功績をすべてひっくり返した、今戦争をしている者たちに強い嫌悪感を抱いている。
レイとしても、やり方に思うところはあるが、シルヴィほどの激情は持っていなかった。
そもそも、レイは平和主義者というわけでもない。レイの目標は、それなりに平穏で、それなりに楽しく暮らしていくことだった。
たまたま魔族最高峰の力を持っていたレイが、その目標に向かって邪魔なものを切り捨てていった結果、魔王になり、一時的にでも平和な国家が生まれたというのが事の顛末だ。
「シルヴィは魔国に帰りたい? たぶん僕に巻き込まれちゃっただけだし、戻りたいならなるべく協力はするけど……」
レイは魔国や魔族にはそこまで思い入れはなかったが、平和になる過程で出会ってきた仲間たちには情は持っている。シルヴィはその中でも特に長く一緒にいた仲間で、今も近くにいる。もし希望があるのなら協力したいと考えた。
「とんでもありません! レイ様の近くにいられるのに魔国に戻るなど考えられません」
「ありがとう。これからもよろしくね」
「レイ様……」
その考えを力強く一蹴したシルヴィに、レイは頭を下げた。
「レイ様、これからは人族として活動していくということでよろしかったでしょうか」
「うん。レイノワルドは魔王城で死んだ。僕はレイとして生きていくつもりだよ」
「分かりました。私もレイ様とともに人族として生きていきます」
シルヴィもレイの記憶が戻るまでは生き方を決めあぐねていたところがあったが、レイが目覚めたことで、決意が固まった。
「シルヴィ、人族のことを色々と教えてほしい。シルヴィは僕より十二年長いはずだよね」
「十二年ですか? レイ様が生まれたのは私が十九歳のときですが……」
「あれ。……ああ、もしかして、魔族のことを思い出す前の記憶がシルヴィにはあるの?」
レイの人族としての十二年間の記憶は靄がかかっているので、シルヴィも同じなら、記憶がはっきりしているのは、直近の十二年分だと思っていたが、齟齬があるらしい。
シルヴィは納得したように頷きながら、話し出した。
「レイ様の言う通り、私は十九歳までの記憶も持っています。失礼を承知で申し上げると、レイ様は十二年間、とても無口で、話しかければ返答はもらえるのですがどこか上の空、といった様子でした。明らかに私の小さいころとも違いました。その間、レイ様の魔力が驚異的な速度で増えていたので、おそらくはエネルギーが魔力の成長に使われていたのかと考えています」
「魔力かぁ。……うん、減ってはいるけど、確かに体格と比べて魔力はそんなに違和感がないかもしれない。魔王だったころの魔力を人族の身体に植え付けるのに十二年かかったってことか。なら納得いくかも」
「人族の魔力の最盛期は十八歳から三十五歳ごろと言われています。あと六年ほどすれば魔力は魔王であったころの量に完全に戻るのかもしれません」
レイは自分の身体を確認する。魔王のころは腕力も魔力も、他の魔族と比べて高かったレイだが、人族になったことで腕力のほうは激減している。百分の一くらいだろうか。
だが、魔力の方は減ってはいるものの半分よりは多く感じる。何より、個体によって異なる魔力の質が、魔王のころのものにかなり近い。
「すみません。話が逸れました。レイ様は今のお立場についてはご存じでしょうか」
「えぇっと、もしかして貴族だったりする?」
「なるほど、そこからなのですね……。はい。レイ様は貴族です」
レイは戦以外で、貴族の人族とは数人会ったことがある。
人族と講和を結ぶとき、国境を定めるとき、交易についての取り決めをするとき。王族が出てくることもあったが、主には魔国に近い領地を持つ貴族が対応していた。
魔国でいえば、国王は魔王で、貴族当主は種族ごとの長のようなものだと考えていたので、レイにもすんなりと理解できていたのだ。
「レイ様──レイ・サマルグ様はサマルグ伯爵の長男にして、次期伯爵になります。私はシルヴィ・サマルグという名で伯爵夫人という立場にあります」
「割と大役だね」
「魔王に比べれば大したことはないかと思いますが……」
魔国内の種族でも、長の子どもが次の長になるケースはそれなりにあったが、実力が認められなければ長にはなれない。人族はその点で血縁のこだわりが強い、というのは聞いた記憶がある。
「なので、レイ様には人族の常識はもちろん、貴族の常識や、領地経営の知識を身につけていただく必要があると考えています」
「魔王のころの知識がどれだけ役に立つか分からないけど、勉強は必要そうだね」
レイは勉強がそこまで嫌いではない。
魔王であったころに、人族から文字を習って、輸入した書物を読んでいたほどだ。魔族には文字は存在しないのだが、レイは周囲の何人かにも文字を覚えさせたことで、人族との交易の実務を任せることができていた。
レイの人族に対する知識は、おおよそ書物から手に入れたものだ。それもそのはず、戦争状態で長らく断交であった人族について、魔族たちが知る由もない。
「私も一応貴族でしたが、魔力が高かったため、専ら軍人としての教育を受けておりました。そのため貴族の常識や領地に関することといった、貴族であれば幼少期から学んだことを殆ど学んでいないのです」
「そうなんだ。あれ、僕は?」
「レイ様の魔力は私の方である程度隠蔽はしており、人族の中でかなり高め、という水準にしております。そもそもレイ様は伯爵の後継者ですので、当主教育はある程度受けているはずですが……お忘れでしょうか?」
「全く覚えてないや……。もったいないね……」
実際のところ、レイの当主教育は絶不調で半ば放り出されていた。
ぼぉっとしていて聞いているか聞いていないか分からないレイに対して家庭教師は最初は粘り強く教えたものの、記憶が殆ど残らない当時のレイと勉強の相性は最悪だ。同じことを二十回教えて、やっと一割答えられるかという具合だった。
本来なら十二歳の現在でも次期当主教育が続いているはずだったが、中断という形になっている。
「私が教えられる部分は努力させていただきますが、限界があると思います。改めての質問になってしまいますが、レイ様は人族として生きるということでよろしいでしょうか」
「うん、そのつもりだけど……?」
「であれば、人族の味方を作るべきです」
「人族の味方……」
レイは人族の知識は、戦敵であった期間が長いことで軍事的なことはある程度理解しているが、他は書物でかじった程度。貴族の知識にも疎いし、勉強したはずのことも全くと言っていいほど覚えていない。
シルヴィは本人の言う通り貴族の知識はないことはないが不足気味で、当主としての教育も受けていない。詳しいのはレイと同じく軍事的なことくらいだ。
人族の知識はというと、シルヴィ自身はあると答えるだろうが、実際にはシルヴィはこの十二年間、病弱のふりをしてレイに関わる研究や調査に明け暮れており、人族とほとんど関わっていない。
その時期は精神的には魔族であったといえる。結論として、一言でいうならエセ人族とも言えるような中途半端な知識になっている。
「貴族ってことは、父上? あまり覚えてないけど、伯爵ってことなんだよね?」
「それもよいですが、もっと強力で強固な味方を得る方法があります」
「強力で強固な……?」
シルヴィはにやりと笑って話す。
「レイ様、結婚というものはご存じですね?」




