第1話 人族に転生してしまった魔王
──ドッゴォォォォォン
王国西部にあるサマルグ伯爵領。その伯爵邸の廊下に、爆発音が響き渡った。
その音でレイは目を覚ました。
目を覚ましたという表現は正しいが、レイは寝ていたわけではない。右手を前に出して立っていた。
(うん? この廊下狭いな)
建物が気になる。
それがレイが最初に感じたことであった。
なにせ魔族にとっては、きっちりとした建造物というのは比較的珍しいもので、魔王レイノワルド自身も、魔王城含め両手で数えられるほどしか入ったことがない。
そして、魔族は種族によって体長が大きく異なるため、部屋はともかく廊下はかなり広く作られている。
(人族だらけだ。座り込んでる女に、立っている男が四。あとは壁にめり込んでいる男は見覚えがある気がするけど、気を失ってる。というか、女と立っている男がみんなこっちを見ているな……。魔族が珍しい?)
レイが周りの様子を確認しながら考えている間、誰も言葉を発しない。
さっき大きな音がしたというのに、この人族たちは無口らしい。レイは終戦前後によく見た光景だとを思い出した。
「えーっと、どうかした? ……?」
耐えきれなくなってレイは言葉を発したが、違和感があった。
自分の声が高い。
一瞬、自分と同じ言葉を別の誰かが喋ったのかと思ったほどだ。
「なななな……」
「い、いえ! なんでもございません」
「私は何も見ておりません!」
「失礼いたしました!」
何を思ったのか、立っていた男たちは、壁にめり込んだ男を回収し、廊下の奥の方へ逃げるように去っていった。
「どうしたんだろう。あ、大丈夫? 転んだ?」
レイは残っていた赤い髪をした女に目を向ける。
女は立ち上がると、明らかに男たちに比べると身長が低かった。人族の子どものようだったので、女の子と呼ぶほうがいいかもしれない。
心配して手を貸そうとしたレイのことを、女の子は睨みつけた。
「べっ……」
「べ?」
「別にアンタに助けてもらわなくたって大丈夫だったんだから!」
そう言い残して、女の子は男が来た方とは逆側に、これまた逃げるように走って行ってしまった。
どうやらレイは女の子を助けたらしいのだが、レイの記憶には靄がかかっていて、直前のことのはずなのによく思い出せなかった。
「どうしちゃったんだろう……。あれれれ?」
癖で頭をかこうとしたところ、またもや違和感に気づく。
チャームポイントといっていい立派な角がない。
あるのはサラサラとした髪の毛だけであった。
戻したその手を見て、確信する。
これは人族の手だ。
「僕、人族になってる……」
* * *
その後、歩きながら状況を整理する。
レイ・サマルグ。人族。年齢は十二歳のはず。
魔王レイノワルドとして生きてきた記憶があるが、人族として生きたはずの十二年の記憶はかなり曖昧だ。
先ほど壁に埋まっていた男が父親であったことすら、少し時間をかけてやっと思い出せたほどに。
レイの母はいつも寝ていて、恐らく病弱なのだろう。魔族に比べると、人族はすぐに病気になるというのはレイも聞いたことがあった。
……実際は、歴代魔王が統治してきた実力主義の厳しい環境で、病魔に簡単に侵されるような種族は生存競争に敗北して既に滅びているというものだが。
レイがなぜ人族になっているのかは分からない。
恐らく、謁見の間で見た光による魔術的要因なのだろうが、魔術をそれなりに使いこなしていた魔王レイノワルドでも、魔族を人族にするとか、人族に魂を移すとか、まして転生などといった魔術は記憶にない。種族に伝わる秘匿された禁術の類だろう。
「誰か分からないけどやられたなぁ。もう一回同じことをされても防げるかは分からないけど」
魔王は常に命を狙われているので、魔王城の守りは十分厳重にしていたはずだ。
当然、魔術に対しても備えはしてあった。
並の魔術師が大量にいたところで、ある程度時間は稼いで迎撃戦に持っていけたはずだが、あの時は不意打ちだった。守りに欠陥があったか、もしくは守りをものともしない強力な魔術だったか。どちらにしても次に対処できるかは分からない。
レイはその時までいた屋敷から外に出て、少し離れたところにある建物に向かった。
曖昧だが、なんとなく帰り道は分かる。記憶を繋ぎ合わせると、長い間同じ場所に住んでいるようだ。
レイの家と思われる建物は、先ほどいた建物に比べるとかなり小さい。大きさにして十分の一もなさそうだ。
さっきいた建物の方が偉い場所というのは、建造物に疎いレイでも分かった。
「魔国はどうなってるんだろう。人族に詳しい人がいるといいんだけど、それもよく分からないからなぁ」
家に入ると、より既視感が出てくる。帰巣本能に従うように戻ってきたが、レイにはここで暮らしているという確信が持てた。
そのまま、引き寄せられるように部屋に入る。母のいる部屋だ。
「母上、戻りました」
魔族だった頃は自分の母を「母上」なんて呼び方はしていなかったはずなのに、自然にその呼び方になったのは、レイが今までそう呼んでいたからなのだろう。
レイの母は、ベッドの中からこちらを向くと。
「っ!」
「え?」
飛び上がるように起き上がり、素早い動作でベッドから出て、片膝をついた。
「レイノワルド様。お目覚めおめでとうございます。この日をお待ちしておりました」
「え、え? どういうこと?」
レイの母は、銀髪の女性だ。
魔王レイノワルドの知り合いにそのような人族の心当たりはないし、まず魔王と対面してよく話していた人族は全て男性だ。人族の女性と会話したのは挨拶程度だった。
レイは靄のかかった記憶の断片から、母の名前を辿って……思い出した。
「シルヴィ?」
「はい。シルヴィです」
レイを見上げ、微笑むシルヴィの目には涙が浮かんでいた。
魔王城で共に謎の光に包まれた、魔王レイノワルドの最側近シルヴィは、レイの母親となっていた。
* * *
「レイノワルド様。お目覚めになられたのは今日でしょうか?」
「ついさっき。たぶん魔術を使った時に目覚めたんだと思う。使った記憶はあまりないんだけどね。あとレイでいいよ」
シルヴィが少し落ち着くのを待って座ってもらい、レイとシルヴィは現状の共有を始める。
「かしこまりました。それにしても魔術の使用ですか……。レイ様は魔術を使ったことはあったはずですが、なにか条件があったのかもしれません。先に私の話をしてもいいでしょうか?」
「うん、お願い。僕のことはまだ分かってないことも多いから」
「はい。まず私が魔族としての記憶を取り戻したのは十二年前、レイ様が生まれた時でした。レイ様が魔王レイノワルド様の転生体であることは見た瞬間に確信したのです。それからは、レイ様が記憶を取り戻す方法を探しておりました。私の場合は出産が契機の可能性もあったので、性転換魔術などを中心に調べていたのですが……」
「ひっ……」
レイは冷や汗をかきながら、一応確認したが、性転換魔術計画は実行されていなかった。
性転換魔術は有名な禁術の一つだが、実在したものかどうかは分かっていないというのがレイの知識だ。
「人族に有効な性転換魔術は見つかりませんでした。虫のものなら見つかったんですけどね」
「虫に転生しなくてよかったよ……」
「あと先に話すべきことは……魔族の状況をお伝えしてもよろしいでしょうか」
「うん。まあ大体想像はついてるけどね……」
シルヴィは、レイの返しを聞いて目を伏せた。レイとシルヴィは常々、魔国が平和であるのは今代の間だけだろう、という認識は共有していた。
「人の使う暦と照らし合わせると、我々が襲撃を受けたのは三十一年前です。その三十一年前から、魔族と人族は戦争状態にあり、現在でも断続的に戦闘が行われているようです。ノワールランド魔国は既に国家としては認められていませんが、その領土は以前よりやや広がっています」
「三十一年も経ってるのかあ。魔族が有利なのはちょっと意外かも」
人族の軍隊と違い、魔族は個の力で戦う傾向はあれど、魔王軍というものは存在する。そして、魔王レイノワルドの下で魔王軍はかなり縮小されている。
人族も戦線が減ったことで軍縮はしていたが、魔国に比べればその縮小規模は小さい。軍の規模で魔国が不利になるのではないかとレイは思っていた。
「人族は寿命が短いですから」
「ああ、それがあったね」
八十年戦端が開かれなかったことで、人族の中に魔族との戦争を経験している軍人はいなくなった。主力である長命種の魔族にとっては久々の相手で、人族の軍にとっては初めての相手だ。文献などはあったにしても、戦争は経験が活きる部分が多い。
「ちなみに、魔王って誰がなったの? 僕は誰にやられたのかもわかってないんだけど、僕を追い出した人が魔王になったのかな」
「それが……」
シルヴィは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめながら続けた。
「確定する情報はないですが、魔王はレイノワルド様の名前を騙っているというのが有力です。誰が魔族の軍を掌握しているのか、私も調べられていません。申し訳ございません」
「へぇ、代替わりしていないことになってるのか……」
魔王になるのなら自分の名前を誇示したいような者が多そうなものだが、あえてレイノワルドの名前のままにしている理由があるのか、とレイは疑問に思った。
「人族国家の見解は、『魔王レイノワルドは、偽りの友誼を結びつつ密かに斥候を出して探らせた上で、騙し討ちで人族に対して攻撃を仕掛けた。魔王の下には多くの人質がいる』というものです」
「うわぁ。なるほど、えげつないことするなあ」
そんなことをされては、魔族と人族が今後講和することは難しい。つまり、魔族と人族の平和を未来永劫実現させないためにそのような策を取ったのだ。
「そういった事情もあり、人族として生まれたレイノワルド様にそのままの名前をつけることは難しく、レイというお名前にさせていただきました」
「確かに、戦争相手の王の名前をつけるなんて不吉すぎるね」
シルヴィは、レイの名前を勝手に変えたことを認められたを咎められなかったことに一息ついた後、居住まいを正して続けた。
「レイ様、今後の方針はどうされますか」




