プロローグ ノワールランド魔国の平穏な日常
「この前にもらった果物、えっとパイナップルって言ったっけ? 凄く美味しかったよ。城の子たちにも好評だったし、本格的に輸入したいんだけどどれくらい出せそう?」
「ええ、ありがとうございます。そうですね……始めはこれくらいでしょうか」
玉座に座る角の生えた魔族の正面に、商人の人族が陣取る。商談だ。
「うん、問題なさそう。聞いた感じうちじゃまず育たないだろうからね。多分長く輸入することになりそう。教えてもらった畜産も段々形になりつつあるし、交易としては上手くいきそうかな」
「はい。私もまさか、魔獣の畜産に成功するとは思いもしませんでした。さすがは陛下でございます」
商人の男は、無事商談を成功させた上、次回から新しい品目が加わることも決まり、ホクホク顔で謁見の間を後にしていった。帰ったら祝いの酒でも開けるのだろう。
「魔王様、お疲れ様です。お茶をお持ちしました」
「お、いいタイミング。ありがとう」
俗に魔王城と呼ばれる城の中央部、人族ならば千人は軽く入ろうかという謁見の間は、その名前から抱く禍々しい印象とは異なり、最近導入された天窓によって日中は明るく照らされている。
「平和だなー」
「平和ですね。これも全て魔王様のおかげです」
今代の魔王の名を、レイノワルド・フォン・ノワールランド。
即位してからの八十年間で、戦争中だった人族との講和を実現し、ノワールランド魔国として承認され、商人の交易も行えるようにした、平和の魔王である。
「ふぅ……。やっぱり平和が一番だよ。戦争なんて終わりのないものを続けても未来は明るくならない。僕の代はこの平和が続くように頑張っていかないとね」
「はい。魔王様のおっしゃる通りです」
もっとも、レイノワルドは先代の魔王と決闘し、その命を奪って魔王になっている。もしレイノワルドより強い魔族が、今の魔国をよく思わなければ魔王の座は奪われるのだ。
そうやって新魔王が立ち上がったならば、平穏にお茶が飲めるような魔国ではなくなってしまうであろうことは、レイノワルド自身も理解していた。
「あれ、お茶が変わった?」
「はい、こちらはコボルト族からの献上品になります。いかがでしょうか?」
「うん、悪くないね」
レイノワルドの平和は外向きだけではない。魔族による魔国と簡単に言っても、その内情は超他種族国家だ。体長、生活様式、食事、寿命。何から何まで異なる種族の寄せ集めだった。種族間の争いは絶えない。
その争いも、あるときはレイノワルドが仲裁に入り、あるときは自身の武力も背景として交渉し、どうにかこうにか収めてきた。特に戦闘力が低く、他種族に支配されて暮らしてきた種族からは、それはそれは聖人君主様と慕われている。
「ふぅー」
「お疲れでしょうか? 少し休まれては」
「いや、僕は全然疲れてないよ。シルヴィは心配性だね。まるで母さんみたいだ」
実際、聖人君主魔王レイノワルドの重要な仕事は、各種族の長が挨拶に訪れたり、種族間の小競り合いの仲裁、たまに訪れる人族の商人や貴族の対応くらいだ。人族の王ではないのだから、書類仕事も儀礼行事も存在しない。
本気になれば一週間は不眠不休でも戦い続けられるレイノワルドが疲れるはずもない。
「ふふ、私は魔王様より二百歳も年下ですよ。ですが、魔王様の母なら手がかからなくてよさそうですね」
「どうだったんろう、暴れたりしたら結構大変そうだけどね」
魔王になって直後からの腹心であり、今は身の回りの世話を担当しているシルヴィ。彼女もレイノワルドと共に国内を回り、様々な種族を見てきたが、レイノワルドは魔族の中でも極めて利口だ。
力があっても無闇に使おうとしないし、何かあって近くにいる者に当たり散らすこともない。過去の魔王や、種族で力を持っている者とは随分と振る舞いが違う。
だが、レイノワルドは魔王であり、その力は非常に強い。幼少期がどうであったかは覚えていないが、癇癪を起して物どころか親を破壊してしまっても不思議ではない。
「平和だなー」
「平和ですね」
そこにあるのは、余生を家の軒先で過ごしているような、魔王としての覇気とは遠く離れた時間だったが、レイノワルドは今ののんびりした時間を心底気に入っていた。
多くの女を侍らせている訳でも、人族の生き血をすすっている訳でも、敵対する種族を滅ぼそうとしている訳でもない。
戦闘狂の一部種族の者や支配地域を広げようと先陣に立ち続けた過去の魔王が見たら発狂してしまうであろう。
いや、もしかすると過去の魔王の方が正しかったのかもしれない。油断とは言えないまでも、レイノワルドは彼らほどの警戒心を今持っていなかったのだから。
「ん、なんか眩しくない?」
「あれ、確かにそうですね」
お茶を楽しむ二人の目の前に、突然小さな光の玉が現れる。
その光は瞬く間に拳大に、顔の大きさに、さらに大きくなっていき。
「敵襲っ──」
シルヴィが控えていた衛兵を呼ぶ声ごと、謁見の間を包み込んだ。




