第14話 魔王のやり方
「んがぁ……ん……。ハァ、よく寝たぜ」
久しぶりの快眠に目を覚ます。まるで魔法でもかけられたかのようによく眠れた。この男は夜は愛人と忙しくしていることが多いので眠りが浅いのだ。
「あぁ、ん? 一人か。先に出たのか?」
起きたときに近くに愛人が一人もいないことも珍しい。
何かあったか、と思い出そうとした時に気づく。予定ではここにクラリスがいるはずだったのだ、と。
「まあクラリスは急ぐことはねぇ。寝ている途中で起こされて暗殺がどうこう言ってたような気がするし……。俺のものになるのはすぐだ……」
この男、──サマルグ伯爵だが、眠らされた後でレイの暗殺騒動があり一度叩き起こされた。だが睡眠魔術の力は強く、報告を受けてすぐに眠ってしまったのだ。現在表向きは伯爵も睡眠薬を盛られたことになっているのだが。
「旦那様」
伯爵が起きたことを察知した執事長が入ってくる。目には隈ができている。
「暗殺者の件ですが、死体からはあまり情報が得られませんでした。急ぎ依頼者が誰かは調べているのですが……申し訳ございません」
「ああ、残念なことだ……こんなに若く死ぬとはな」
伯爵は天を仰ぐ。息子が亡くなって平然としているのは不自然だと考えて。
「はい? いえ、ですが恐らく屋敷の中に手引きした者がいるかと。暗殺者は屋敷に勤める者ではありませんでしたので」
「ふむぅ……。許されることではないな……」
当然手引きしたのは伯爵だ。そもそも暗殺者の風貌が分かっていることに疑問を呈すべきなのだが。
「これはあまり大きな声では言えないが……クラリスが怪しいんじゃねえか?」
伯爵の作戦は、レイ暗殺の犯人疑惑をクラリスに向けさせることだ。そうでもないと未亡人となったがまだ若いクラリスは、次の縁談に備えてニコラウス家に帰ってしまう可能性がある。
後は調査に時間をかけている間に、クラリスを第二夫人にするように場を整えればいいと考えていた。
お粗末な作戦ではあるが、サマルグ伯爵の知らぬところで実は勝算はあったのだ。
ニコラウス伯爵はクラリスが戻ってくることをよしとしない。暗殺が成功して、犯人が分からずにいた場合、クラリスが汚名を受けてもサマルグ伯爵の第二夫人になることでサマルグ家にとどまるのであれば、ニコラウス家は関与していないと主張できる。
多少疑いの目は向くだろうが、ニコラウス家はクラリスを擁護したり、無理やり連れ戻したりしないことで無関係だと言い張るのだ。
「クラリス様ですか? 調べてはおりますが、レイ様とクラリス様の仲はいいご様子ですが……」
この執事長も含め、使用人の一部は伯爵がクラリスにご執心なことは知っているが、暗殺を企てたことを知るのは屋敷内では伯爵だけだ。
なので真面目に調査しているのだが、伯爵の言うことは荒唐無稽に思えた。
伯爵の誤算の一つは、レイとクラリスの関係が割と良く、それが使用人達にはある程度伝わっていることだ。
伯爵の知っているレイが女性に気に入られるわけがない。だから暗殺の裏にクラリスがいる。
そういう筋書きのはずだったのだが、実際には伯爵のセクハラ行為から守ったことがきっかけでクラリスはレイに信頼を寄せる結果になっている。
「あぁ? まあちゃんと調べておけ」
「旦那様、シルヴィ様がレイ様を連れて面会したいと」
「分かった、会おう……」
別の執事が来て連絡事項を告げ、伯爵は神妙な顔つきで頷く。死体など見たくないが、一応父親ではあるので会わないわけにはいかない。
伯爵の誤算のもう一つは、言うまでもないが。
レイが元魔王で、めっちゃ強くて、相当油断でもしていない限り暗殺なんてされるはずもないことだ。
* * *
「ぎえっ!」
着替えて執務室に入った伯爵は、途端に奇声を上げた。対面するのは棺桶だと思っていたのに、生身のレイだったからだ。
(何があった? 暗殺は失敗した? 暗殺者が裏切ったか? どうなってる?)
伯爵に動揺している暇はない。なぜならこれからレイは魔王のやり方で伯爵と対峙するのだから。
強者の蔓延る魔国を八十年に渡り治めた魔王レイノワルド。そのやり方は……。
「父上、話し合いをしましょう」
話し合いである。
人族との講和。種族同士の諍いの仲裁。レイの平穏な生活を早く実現するためには、武力よりも対話による解決が望ましかった。
人族同士の争いに介入するのは初めてだが、レイは割と自信があった。
「まず父上とクラリスの関係ですが、クラリスは父上から第二夫人になれと言われたと聞いています。これは事実ですか?」
「は、はぁ?」
(誰だコイツ! 見た目はレイだが、もっとボケっとしてただろ、なんでこんな饒舌にしゃべってやがる? というかなんで生きてやがる!)
ここに来てレイが自分の知っているレイではないことに気づいた伯爵。
「えーっと、答えていただきたいのですが、事実ですか?」
「そ、そんなわけねえだろ!」
だが、少なくとも生きてるレイにそんなことを認めてはまずいと、わずかに残った理性で否定する。
「使用人の皆さんも聞いたことはありませんか?」
「え、えーと、聞いたことないですね」
「は、はい……初耳です……」
ここには家族三人に加えて使用人が十人ほど集められていた。シルヴィの提案だ。ちなみに元ネタは恋愛小説のざまぁシーンである。
「え、そうですか。まあ違うならいいです。クラリスですが、父上から気味の悪い視線を向けられるので会いたくないと言っています。なので今後は会わないでほしいのですが」
「はぁ!? なんでお前にそんなこと決められなきゃいけねえんだ!」
「えぇ……クラリスは会いたくないと言っていますが、父上はクラリスに会いたいと?」
「い、いや、会いたいとかじゃねえ。会わないってのは強引すぎるだろって言ってるんだ」
「あ、なるほど……。そうですか……」
だが、シルヴィの知っているざまぁシーンほどうまくいっていない。
レイも伯爵も、いまいち歯切れが良くないところが多く、周りの使用人たちも気まずそうにそわそわしている。
「えーっと、あとは母上のことなのですが、母上が低くみられるので屋敷に住んでいる愛人たちは追い出してくれませんか。外にいるのは許容するとのことなので」
「お、追い出す? 待て、俺の家だぞ。誰が住んでようが俺の勝手だろうが」
「いや、その母上が女主人? なので……」
「お、女主人だからなんだ。俺は伯爵だぞ」
「あれ、聞いてた話と違う……」
レイが珍しく大見得を切って臨んだ父との交渉のテーブルだが、グダグダのまま大した成果もなく終了した。




