第13話 法って役に立たない
「レイ様、もう一つご報告が。クラリス様が襲われました」
「えぇ!」
レイはクラリスをしっかり見ると、顔色がいつもと違う。心因性のもので半分はレイのせいなのだが。
「大丈夫だった!? 怪我はない?」
「あ、ええ、大丈夫よ。ふふ」
暗殺者が来ても平然としていたのに、クラリスが襲われていると聞いて取り乱すレイに、少しおかしくなってしまった。同時に、案外お姫様扱いされているのかも、とちょっといい気分にもなる。
間違ってはいないかもしれない。レイのクラリスの扱いは、父親がはじめて赤ちゃんを抱っこするときのような、少し力を入れたら壊れてしまいそうな宝物に対する扱い方が近い。
「すみません。私も詳しいことはまだ確認しておらず、クラリス様からお願いしてもよろしいでしょうか」
「分かったわ」
クラリスは説明を始める。
「夕食の後、使用人に家族でお茶をすると言われて、最初は渋ったのだけど押し切られるような形で書斎らしき場所に入ったわ。そこで待ってたら伯爵と二人の使用人が来て、よく分からない話をしている途中で眠くなってきた。恐らくお茶に睡眠薬を盛られたわ。そこをシルヴィが助けてくれて、伯爵たちを眠らせて、アンタのところに行こうとしたらあのザマよ。シルヴィのあれは魔術よね」
「はい。睡眠に関する魔術は私の得意分野です。もし眠れないとか寝ざめが悪いときは言っていただければと」
「え、ええ……初めて聞く魔術なのだけれど……」
人族にとって魔術は火・水・風・土の四元素魔術と言われている。レイが最初に父に使った魔術は風魔術、短剣をジョークグッズに変えた魔術は土魔術の応用とすれば納得できるが、睡眠の魔術というのはどれにも当てはまりそうにない。
こういうのが魔族の証明になるのに、とクラリスは内心思った。
「まあ人族に使える魔術じゃないだろうね」
「……シルヴィも今は人でしょ」
「でも父上がクラリスを襲うのかぁ、目的はなんだろう」
クラリスの小言は受け流して、レイが目的を考える。
「あの変態伯爵はずっと私をいやらしい目で見てたわ。話したときにも『第二夫人になれ』とか意味の分からないことを言ってたもの」
「やはりそうでしたか」
「そうなんだ。全然気づかなかったなあ」
シルヴィとレイがの反応は分かれた。
「あれだけ私ばかりが構われていたのに、気づかないなんてことがあるのね……」
「他種族については、視線や表情や態度で他の者の考えていることを把握するのは難しいのです。魔国は他種族国家でしたので。人族は人族としか接しませんので、経験が豊富になるのでしょうね」
十九年を人族として過ごしてきたシルヴィはすっかり通訳替わりだ。
シルヴィの言う通りで、レイにとってあまり関わりのない人族のことを把握するのは難しい。シルヴィに対しては個人として長い付き合いなので別だ。
「多夫一妻ってことじゃないよね。つまり父上が僕を暗殺してクラリスを第二夫人にしようとしたってこと? そんなことできるの?」
人族のことに関しては察しが良いとは言えないレイも、さすがに同日に二つ事件があれば関連性を考える。
「万が一暗殺に成功していたとして、あの伯爵の都合で第二夫人にできるとは思えないわ。私が不幸な未亡人になるだけだと思うけど」
シルヴィも黙って首をかしげる。
「まあ目的はいいや。それで、これからどうすればいいの? 訴えれば捕まえてくれるんだっけ?」
レイは魔王時代に人族の法を改造して統治に活かせないか調べていた。不可能という結論にになったが。
魔国では法の土台となる倫理観が共有できないし、理性が働かない種族は犯罪者だらけになってしまう。秩序を重んじることは特定種族の弾圧や抑圧に繋がってしまうのだ。
「難しいでしょうね。サマルグ領の事件として、最終的に裁くのはサマルグ伯爵になりますから」
シルヴィは人族の法にもそれなりに詳しい。これは魔王側近としての経験もあるが、どちらかと言えばレイが生まれてからの調査の成果でもある。
「この場合は国に持ち掛けることになりますが、貴族側に被害がなかったことから恐らく国は動かないでしょう。あと強いて言うのであれば、縁故の貴族としてクラリス様の父上に協力してもらうくらいですが……」
「無理ね。私のお父様に相談したら第二夫人にされる可能性すらあるわ」
「……人族の法とか裁判ってよくできてるなあと思ってたんだけど、意外と役に立たないものだね」
「領法を作るのは貴族よ。貴族に都合がいいようになってるに決まってるわ」
レイの考えていた人族のいいところが一つ減ってしまった。
「人族のルールで解決したかったんだけどなぁ」
レイはため息をつく。レイにとっては今回の事件も人族を勉強する教材の一つに過ぎないのだ。
「確認だけど、クラリスは第二夫人にはなりたくないんだよね?」
「当たり前じゃない! 私の夫はレレ、レイよ! あんな奴顔も見たくないわ!」
「うん、わかった」
「……」
何気に勇気を出して初めて名前を呼んだクラリスなのだが、特に反応がない。クラリス側はメチャクチャ動揺していたのに。
「ついでにシルヴィと父上の問題も解決したいな。シルヴィと父上ってなんで仲が悪いの?」
「今は特に思うところはないのですが……。以前は愛人がいるのが嫌であまり上手くいっていませんでしたね」
「愛人なんているの! 不潔よ!」
「今も屋敷に数人住まわせているようですよ。私も戻ってきて知ったのですが」
一応女主人として復帰をした形のシルヴィには、屋敷の中のことは伝えられている。サマルグ伯爵は特に隠すこともなく、堂々と屋敷の部屋に住まわせているのでシルヴィも愛人のことは知っていた。
「シルヴィは父上と仲良くしたくはない?」
「レイ様のお望みでしたら私は構わないのですが、難しいと思います。下に見られていますし、元々興味もない存在でしょうから」
「仲良くなる必要なんかないわ! アンタもシルヴィに酷いこと言わないで!」
「ええ……。そんなつもりはないんだけどなぁ……」
レイは伯爵がどれくらい悪いのか判断ができない。結婚という制度をギリギリ導入した魔族の感性では、最近知ったばかりの愛人というものが悪とは言えないのだ。
みんなで平穏な生活が理想のレイにとっては仲良くしてくれるのが一番なのだが、結婚という制度が発展している人族では愛人というものが毛嫌いされていることを学んだ。
「んー、じゃあとりあえず愛人を家から追い出すのがいいかな?」
「そうですね。妥当なところかと」
「よし、それでいこうか」
シルヴィとレイの間ではやることがまとまったようだ。
「ね、ねえ。アンタなにするつもり……? さっき人族のルールで解決できないって……」
クラリスは自分のよく分からないところで話が進んでいるように聞こえて、恐る恐る聞いてみる。
「そりゃ、人族のルールで解決できないなら、魔王のやり方で解決するだけだよ」




