第12話 レイの記念すべき初戦闘
時を少し遡る。
家族との夕食を終えたレイは自室に戻っていた。今まで記憶の中ではシルヴィとしか食事をしていないレイは、貴族の食卓について多少学ぶことができた。それは、シルヴィが最も良い手本だということだ。
父は手本にはならない。クラリスはレイとシルヴィの中間くらいなので、まず目指すところはそこなのだろう、みたいな感覚だ。
「シルヴィと父上はあんまり仲良くなさそうだなぁ……」
図らずもクラリスと同じようなことを考えてながら座っていたレイ。
「おっと」
突然飛び上がって離れると、直前まで座っていた椅子に短剣が刺さっている。
「チィッ」
いつの間にか扉が空いており、そこから目以外の身体全体を黒い布で覆った不審者が三名入ってくる。
そして、挨拶もなく、短剣を持って三人がかりでレイに襲い掛かった。
「どうしようかなぁ」
レイは呑気な声を出しながら、椅子に刺さった短剣を抜き、正面から逆手で頭を狙う短剣をはじく。勢いのまま覆いかぶさりそうになっていた暗殺者をかわす。
さらに右から首を狙う暗殺者の腕を掴み、そのまま投げ飛ばす。
最後に腹を狙っていた暗殺者の胸元に、持ち直した短剣を横に薙ぐ。
「ぐううう……」
「どういうことだ……」
「魔術師じゃないのか……」
暗殺者たちは驚愕する。
特に胸元を押さえる暗殺者の傷は深い。なんとか戦闘は続けられそうだが、血が布から溢れている。
事前情報でターゲットであるレイの魔力量が多いことは分かっており、その上でどのような魔術が使えるのか分かっていない。そのため近距離戦で一気に決めるつもりでいたのだが、綺麗にいなされてしまった。
「首を狙ったつもりだったんだけど、体のほうは元通りとはいかないよね」
レイは暗殺者たちの言葉には答えず、魔術はある程度使えても、身体能力は魔王のころとは格段に落ちていることにがっくりしていた。そもそも魔王だったころならあの程度の剣は避けなくとも大した傷にはならないので、回避が必要になった分戦闘スタイルが変わったともいえる。
「撤退……」
暗殺者の一人がそうつぶやいた瞬間、開いていたはずの扉が閉まった。レイの魔術による操作だ。
「もうちょっと付き合ってほしいな。どれくらい動けるのか知っておきたいんだ」
レイの部屋の出口は閉ざされた。窓のある部屋なら割って脱出できるだけの力が暗殺者たちにはあるのだが、この寝室にはない。脱出経路が乏しいことは今回の作戦の弱点だった。
もしレイが窓のある別邸の自室にいたならば、逃げられたかもしれない。レイの実力を考えると、それも確実ではないが。
「俺らで時間を稼ぐ……」
「しかし……」
殿になって時間を稼ごうというわけではない。暗殺者にそんな仲間意識はない。
二人が時間を稼ぐうちに、怪我をしているもう一人が扉を開け、そこから脱出する。暗殺は失敗だが、返り討ちにあうよりはいい。暗殺者にとって最悪なのは死ぬことと、証拠が残ることだ。
だが、そもそもの疑問として、さっきの動きをしたレイに対して時間稼ぎなんてものができるのか。今動いていないだけで、攻撃してくれば一瞬で死ぬのではないか。
「ハァァ!」
わざと大声をあげてレイに向かっていく一人の暗殺者。注意をひいて扉が開く時間を稼ぐつもりだ。
「グアア!」
しかし、その背後で悲鳴があがる。突進した暗殺者が反射的に振り返ると、扉を開けようと向かっていた仲間の背中に剣が生えていた。そのまま倒れる。急所を捉えたようで致命傷だ。
「まずい!」
そちらに気を取られていては自分もやられる。そう考えて再びレイの方を向いたが、特に何もしてこない。
「三人いると万が一が怖いからね。一対二でお願い。僕もどれくらいやれるか確かめたいし」
襲撃されているのに、あまりにも余裕がある。暗殺者たちの事前情報と全く違う。
これは明らかに戦い慣れていて、自分の力に自信があって、さらに襲われ慣れている。そんなターゲットは初めてだ。
「なんで……」
暗殺者は絶望で思わずつぶやく。
油断していたわけではない。
報酬額が高かったこともあるが、子ども一人相手に暗殺者を三人使うのは過剰戦力。
戦いにおいても出し惜しみしたわけでもなく、初撃で動けなくした上で三人で一斉に決める。失敗するはずもない作戦だった。
暗殺者たちはレイに蹂躙され、疑問を抱えたまま部屋で散った。
* * *
「っていう感じでさ」
場所はクラリスの部屋。
クラリスはレイの部屋に入った後、惨殺された暗殺者たちを見て吐いた。
とても話し合いができる状態でも場所でもなかったので、レイ共々汚れを落として避難がてらクラリスの部屋で仕切り直しというわけだ。
「久しぶりだったからびっくりしたよ。それこそ寝てるときに侵入されてたら危なかったかも」
「人族の身体は脆いですからね。クラリス様の部屋だけでなくレイ様の部屋も対策を怠らない方がよろしいかと」
「うん、シルヴィの部屋もね」
ここにはシルヴィもいる。
もともと、暗殺者を蹂躙したレイは、その後の処理をどうすればいいのか分からなかったのでクラリスとシルヴィに聞こうとしていたのだ。
クラリスはダウンしてしまったので、シルヴィが使用人を呼んで対処させている。部屋の外は今大騒ぎだ。長男が何者かに襲撃され、それを報告しようとしたら伯爵は眠っていて、近くには睡眠薬があったという状況だ。
「……アンタたち、なんでそんな落ち着いてられるのよ……」
クラリスが青い顔をしながら二人を問い詰める。
「まあ慣れてるっちゃ慣れてるからなあ」
魔王は命を狙われることは少なくなかった。まあ身体は今よりずっと強かったし、魔王城の警備は厳重だったので、一人でいたところを襲われる経験は少なかったが。もしかすると今回が一番危険だったかもしれない。
「人族っていうか貴族? だったら良くあることなの?」
「外出時ならともかく、屋敷の中で襲われると言うのは聞いたことがありませんね……クラリス様はいかがでしょう」
「ないわ……おかしいわよこの家……呪われてるんじゃないの……」
クラリスはため息を吐いた。




