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第11話 茶会の罠

 クラリスが案内された部屋は書斎のようだった。使用人を少数にして家族四人でお茶をするのなら丁度良い広さだ。カップが四つ逆さに置いてあり他に人はいない。クラリスが一番乗りのようだ。

 クラリスを連れてきた使用人が熱心に話しかける。


「使用人一同、家族仲があまり良くないことを心配しております。クラリス様がいらっしゃったことがきっかけで良い方向に流れることを期待しているのです。恐れ多いことですが何卒協力していただければ……」


「協力と言われても困るけど、まあ使用人の方がまともなのかしらね。歩み寄るべきなのは伯爵の方だと思うわよ」


 空気感を見るに、伯爵とシルヴィ、そして伯爵とクラリスの関係が悪く、さらには伯爵がレイに関心を持っているように見えないのだ。伯爵が関係を正そうと行動するべきだろうとクラリスは述べる。伯爵と呼ぶことで言外に義父と認めていないという圧を込めて。

 レイとクラリスの間には魔王のことだとか、考えなければいけないことが色々とあるが……。


「ははは……」


 使用人が苦笑してそれをかわし、四つあるカップの一つを返してお茶を注ぐ。


「シルヴィ様とレイ様はすぐにいらっしゃるかと思います。旦那様は少し遅れるようなので冷めないうちにどうぞ」


「ええ」


 クラリスは紅茶を飲みながら少し待ってみたが、まだ誰も来ないようなので、使用人に前から思っていたことを尋ねた。


「ねえ、伯爵とお義母様ってどうして仲が悪いの? お義母様が何かしたってこともなさそうだけど」


「さ、さあ……。私もまだ短いので分かりかねますが……」


 そのとき扉がノックされ、扉が開けられる。


「待たせたみたいだな。よし、お前はもういい」


「は、はい。失礼します」


「はぁ……遅れてくるんじゃなかったの」


 入ってきたのは、サマルグ伯爵と使用人らしき二人の男性。

 サマルグ伯爵はクラリスの正面に座り、入ってきた男性の一人がお茶を入れる。


「クラリス、何か困ってることはないか? 来たばっかりで大変なこともあるだろ」


「……さっきも言ったけどない……あ、いえ」


 クラリスは伯爵と話なんかしたくない。無言で二人が来るのを待っている方がましだ。来たところで空気が良くなるとも思えないが。

 だが、さっきの使用人の言葉を思い出した。


「ねえ、お義母様となにかあるの? アンタとお義母様の仲の悪さのせいでみんな居心地が悪いのよ。なんとかならない?」


「相変わらず生意気なガキだ。シルヴィのことが知りたいんなら教えてやるよ」


 あまり期待はしていないが、クラリスは一縷の望みをかけるくらいの気持ちで伯爵の話を聞く。


「あぁー、そうだな。シルヴィは魔力がたくさんあるだろ、だから本来なら軍属になるはずだったんだ。それがどういうわけか、父親が縁談を取り付けてきた。それで結婚したはいいものの、周りの貴族と仲良くしようともしないし、家の仕事もしない。そのくせ一人ガキ産んだら家にもいやがらない」


「それは病気のせいでしょ……」


「そんなもん言ったって仕事してねぇのは同じだろうが。俺は散々戻ってこいって言ってるのに病気を理由に出てこねえし、待ってる間にババアになっちまったしよ」


 クラリスは話を聞いて取りつく島もないと思い、真剣に聞くのをやめた。気が抜けると眠くなってくる。


「分かったわ。他の二人はいつく……」


「待て待て、ここからが大事なところだろうが。もうアイツはダメだ。家のやつらだって十年も外に出ていた奴の話を聞く気にもならねえ、だから俺は考えたんだ。もう一人嫁がいればいいだろうってな」


「そう……」


「クラリス、俺の第二夫人になれよ」


「は?」


 驚きで目が覚める。いやらしい目で見ているとは思っていたが、まさかそこまで卑劣なことを、それも言葉にしてくるとは考えていなかった。


「ふざけてるの? そんなこと許されるわけないじゃない」


「悪い話じゃないと思ったんだがな。お前もあんな腑抜けの嫁にされては可哀そうだ」


「腑抜け……?」


 レイのことだと気づくのに少し時間がかかった。

 最初のお茶会の時のレイのことが思い出される。あれは確かに腑抜けだった。今は……抜けてはいるが腑抜けというのはちょっと似合わない。伯爵にとってのレイは過去のレイなのだろう。


「もういい。アンタとは話にならないわ。他の二人はいつくるのよ……」


 自分が訂正する義務もないだろうと、この話を終わらせたい一心で、クラリスは伯爵に問いかける。


「他の二人? 人は来ないぞ。使いのやつの伝え間違いか?」


 サマルグ伯爵はとぼけた顔をする。クラリスは寒気がした。


「帰らせてもらうわ……あ……」


 逃げなきゃ。

 そう思って立ち上がったところで、ふらつき、重力に負けて座り直すことになった。

 瞼が重い。


「やっと効いたか」


 サマルグ伯爵はクラリスの席の前に置かれた紅茶を見る。

 油断していた。クラリスはまともな令嬢教育は受けてはいないとはいえ、他家で出された食べ物や飲み物に気を付けるとか、密室に行かないとか、最低限のことは教えられている。出て行ってほしい娘でも不祥事を起こされてはたまらないのだ。

 まさか嫁入り後まで気を付けなければいけないとは思わなかったが、この異常な伯爵ならやりかねない。


「時間がかかったな。おい、完全に寝たらベッドに運んでおけ」


「……どう……して」


「ああ? さっき言っただろ、第二夫人になれってよ」


 クラリスは考えるが、言っていることの意味が分からない。眠気は恐らく薬だ。だがここで寝て、もし何かあったところでなぜ第二夫人なのだろうか。

 ただどちらにしろ、このまま眠ってしまえば碌なことにならないのは目に見えている。

 這って外に出ようとするが、力が入らず、扉が遠い。


「たすけて……」


「おい待て!」


「たすけて……レイ……」


「《スリープ》」


 誰かの声でクラリスの瞼は完全に閉じて。


「《アウェイク》」


 誰かの声でクラリスの瞼がぱっちりと開いた。


「レイ……」


「すみません。レイ様ではありませんが。お怪我はありませんか?」


「シルヴィ……あっ」


 声の主はシルヴィだった。振り向くと、男三人は眠っていた。


「シルヴィ……うぅ……うわぁぁ……」


「クラリス様。大丈夫ですよ……」


 安心したクラリスはシルヴィに抱き着いて大声で泣きだす。シルヴィは背中をさすり、しばらく慰めていた。


 * * *


「何かあったようですが、ここを離れた方がよさそうですね。レイ様も交えてお話しましょう」


「シ、シルヴィ、アイツには言わないで……」


「何をでしょうか?」


「その、泣いたことよ。私の方が年上なのに子どもみたいで恥ずかしいじゃない」


「年上ですか。分かりましたが、さすがにレイ様はクラリス様を年上とは思っていないのではないかと」


 さも当然かのように語るシルヴィに、クラリスは息を吐いた。降参したと言ってもいい。


「シルヴィも魔族なのね」


「はい、レイ様からお話されたかと思いますが、私は魔王レイノワルド様の身の回りのお世話をしておりました」


 ほぼ確信したのは伯爵がレイを腑抜けと呼んだ時だ。クラリスの前だけでなく腑抜けていたのなら、どこかで人格が入れ替わっている。それが伯爵に魔術を打った時と考えれば全ての辻褄があった。

 そしてシルヴィの先ほどの魔術と、今の反応で、もうお手上げだ。


「驚いたけど、頼もしいわ」


 まあ、それでも別に構わないとクラリスは素直に思った。この世界にクラリスの味方は少ない。シルヴィとレイ、あとは着いてきてくれた侍女くらいだろうか。過去には母や母方の祖父母がいたが、皆他界してしまった。

 クラリスにとって目下一番の脅威は伯爵だ。シルヴィとレイという味方が強いに越したことはない。


「あ、シルヴィ、クラリス、ちょうどよかった」


 レイの部屋の近くにたどり着いたとき、ちょうど中からレイが顔だけ出していた。クラリスはレイの顔が見れて安心したのだが。


「ひぃ!」


 部屋から出てきたレイを見てクラリスは悲鳴をあげた。


「こういう時どうすればいいのか分からなくてさ。人族の場合はどうすればいいの?」


 平然と立っているレイの服にはべったりと大量の血がこびりついていたからだ。

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