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第10話 家族の食卓

 結婚式の翌日、レイは住まいが本邸に移っても、いつも通りにシルヴィとのんびり過ごしていたが、そこへ夕食を部屋ではなく食堂で取るようにとの連絡が届き、シルヴィと食堂へと向かっていた。


「あ、クラリス。クラリスも呼ばれたんだね」


「そうだけど……。アンタ、今日は何してたのよ……」


 廊下で会ったクラリスはやや疲れた表情をしていた。サマルグ家に嫁いで二日目だ。忙しくないはずもなく、逃避策としてレイの魔王の話は一回頭の隅においておくことにしていた。


「ん? いつも通りシル……母上とお茶したりお話したりとか……」


 レイは周りに人がいることを確認して、シルヴィのことを母上と呼び直した。シルヴィとクラリス以外の人がいるときには呼び方を変える。少々面倒だが人族の常識に照らし合わせた結果だ。


「はぁ……。私は屋敷の案内を受けてたのよ。本来ならアンタが案内するところじゃないの?」


「レイ様は昨日まで別邸に住んでいましたから、本邸の案内はできませんね」


「うん、シルヴィの言う通りだね。というか、せっかくなら僕も一緒に案内を受けたかったな……」


 健康ではあったレイは今までも、嫡男とか長男という立場で一人で本邸に呼ばれることはあった。クラリスが婚約者として来た時もその一つだ。

 本邸の構造は霞がかった記憶の中で曖昧に把握してあり、今のところ屋敷の中で迷うようなことは起きていないが、案内できるほど熟知してはいない。


「そうだったわね。はぁ……もういいわ」


「ごめんクラリス、何かあれば呼んでくれれば行くから」


「申し訳ございません。私の方からレイ様に伝えるべきところでした」


 魔王城とて人を呼んだら誰かに案内させる。強力な武器や防衛設備が多くある魔王城は知っている者が案内しなければ危険を伴う。案内役を魔王本人が買って出ることはないが、確かに今回はレイが案内について気を配る必要があったかもしれない。魔王であったころには配下に任せっきりになっていたことをレイは反省した。


 食堂に到着し、使用人に示された席につく。家族四人には過剰な長いテーブルの一方の端にシルヴィ、向いにレイが座り、その隣にクラリスが座った。

 その後最後にやって来たサマルグ伯爵が誕生日席に座り、家族が揃った。


「式が無事に終わり、サマルグ家に新しい家族を迎えられたことを嬉しく思う。ここは祝いの席としよう」


 サマルグ伯爵が、慣れない仰々しい言葉で夕食のはじまりを告げ、使用人が食事を各々の目の前に配膳していく。

 貴族とはいえ普通の家なら何か会話があってしかるべきところだが、この空間は異様な緊張感に包まれていた。


 クラリスはもちろん、それ以外の三人が揃って食事をするのも初めてなのだ。別邸の住人であったシルヴィがここで食事をするのはレイが生まれて以来で、レイは何度か本邸には来ているが記憶に残っていない。

 ようやく家族が集まったという状況だが、サマルグ伯爵の視線はクラリスに固定されており、シルヴィは十二年ぶりだというのに落ち着き払っている。

 レイは貴族の食卓というものを学ぼうと周囲を観察していて、クラリスはサマルグ伯爵家の複雑な家庭環境を目の当たりにして言葉も出ない。


「では、いただくとしよう」


 配膳が終わり、サマルグ伯爵の言葉で食事が始まる。

 食器とフォークの当たるカチャカチャと鳴る音が場を支配する。サマルグ伯爵とレイの親子はマナーというものに疎い。クラリスは音を立てないように気を付けているが技量が足りていない。シルヴィだけが行儀よく食事を進めていた。


「クラリス、慣れない場所で不便はないか? 何かあれば言うんだぞ」


「特にないわ」


 たまにサマルグ伯爵がクラリスに話を振るが、クラリスが素っ気なく返すだけだ。自分に色目を使っている義父に頼ることなど何もない。


「旦那様……」


 サマルグ伯爵の後ろから使用人が近づき、耳打ちをする。伯爵は少し顔をしかめた後、シルヴィの方を向いた。


「シルヴィ、お前病気が治ったそうだな」


「はい、ご心配をおかけしました」


 短いやり取りの後、再び沈黙が走る。伯爵も言うべきことは言ったと食事に戻る。


「……なによそれ。『よかった』とか『身体に気を付けて』とか声をかけられないわけ?」


 クラリスが割って入った。

 シルヴィが仮病だったことをはっきりと伝えられていないクラリスにとってシルヴィのことはまだあまり分かっていない。レイの言うことが事実なら元魔族なのだが、クラリスが見ている限りではレイほど変わった人物ではない。少なくともこの家で一番まともだろうと思っている。

 そんな真人間のシルヴィに対し、使用人に言われたから仕方なく気遣いの言葉をかけるのはクラリスにとって我慢ならなかった。


「チッ……。快復してよかったな、身体に気をつけろ」


「ありがとうございます」


「……ちょっと、アンタも何か言いなさいよ」


 とても取り繕うのが仕事である貴族夫婦とは思えないやり取りに、クラリスは助けを求めてレイに小声で話しかける。


「え? うん。クラリスも病気にならないように身体に気をつけてね。寝るときは暗くした方がよく眠れるよ」


「なんでそうなるのよ!」


「あれ、違った?」


「お義母さまに快復祝いを言うところよ!」


「チッ」


 夫が妻に声をかける場面だと勘違いをしたレイ。そして、レイとは話をするクラリスを見てサマルグ伯爵がまた舌打ちをする。

 これが全員少年少女なら微笑ましい話になるところではあるが、彼らは上流の貴族で、三十代の夫婦と、婚姻したことで一応大人扱いとなっているレイとクラリスなのだ。


 結局その後はまともな会話もないまま、サマルグ伯爵が時折クラリスを見てにやつくくらいで、久方ぶりのサマルグ家の食卓は終わりを迎えた。


「レイは変わらずボンクラだ。シルヴィは何かあるかと思ったが特に変わった様子もない。問題ない、計画通りに進めろ」


「かしこまりました」


 * * *


「はぁ……やっと終わったわ……」


「酷い空気でしたね。お疲れさまでした」


「できれば二度と行きたくないわ……」


 クラリスの近くで様子を見ていた侍女も苦言を呈する。もともといたニコラウス伯爵家の食卓はもっと平和だった。クラリスがそこに呼ばれていないという些事はあったが。


「クラリス様」


 部屋に戻る途中、向かいから伯爵家の使用人があらわれる。


「家族で食後のお茶をしようとの言伝です。よろしければご案内させていただきます」


「疲れたわ。できれば休みたいのだけど」


「……ですが、皆様いらっしゃるとのことなので、お願いできませんか?」


 使用人が食い下がるのを見て、侍女は不信に思った。元々予定されていたものではないはずだし、よほど重大なことでない限り、欠席すると言えば欠席になるものだ。


「お嬢様はお休みになります。通ってもよろしいでしょうか」


「……すみません。クラリス様をご案内するようにと言われておりまして。皆様いらっしゃるとのことですし……」


 困ったように眉を寄せる使用人。


「はぁ……。しょうがないわね。いいわよ。行くわ」


「お嬢様……」


「ありがとうございます。ご案内させていただきます」

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