10話 2人の姉御
「馬鹿、余計なことを……」
「きゃっ!!」
俺が注意を促すよりも早く犬耳男は桜屋の娘の髪を掴んだ。
引き抜くことはせず、適度な力加減で痛みを与えているようだ。
「この床の力に頼っているだけのくせに……それが自分の力だと勘違いしているんじゃないだろうな? まったく、こういう馬鹿が一番不愉快なんだ。はぁ……。これだから人間ってのはさぁ……。黙って俺たちに調教されてればいい――」
――すっ……。
犬耳男は遠くを眺めながらため息を溢した。
そして桜屋の娘の髪をぐいぐいと引っ張って遊んでいると、その手は勢いよく空振られた。
と、同時辺りにはきれいに染められた桜屋の髪が舞った。
「黙っていいように扱われる? 残念、私はそんな風に流されるのはもうやめようって……そう思ったところなのよ。で、強くなって……あんたみたいなやつをぶっ倒したり、あっと言わせてやるの」
「!? ち、見誤っ――」
短くなった髪をなびかせながら桜屋の娘はコボルトアーチャーに止めを刺した刀を犬耳男の首元向かって振り払った。
不意を突いた完璧な一撃。
――キィン。
「あ、姉御?」
犬耳男が異常な強さを誇っているのは間違いないだろうが、そんな奴が俺から手を放してしまうほどのそんな一撃を……『この女』はその爪だけで簡単に受け止めてしまった。
割って入る隙はなかった。
気配も感じなかった。
まるでずっとそこにいたかのように、当り前に現れた女。
その頭にはまた犬耳が付いていて……にっこりと笑っていた。
「おすわり」
「うっ!! 姉御、それは……」
犬耳の女がたった一言つぶやいただけで犬耳男はその場にひれ伏した。
頬を地面にこすりつけ、なんともみっともない姿だ。
さっきの声のもう一つ……女性の声の正体はこいつだったのか。
「おつかいもまともにできないワンちゃんにお仕置きするのは当たり前でしょ。そ・れ・と……その子猫ちゃんはちょっとお転婆すぎるわね。だから、ちょっとだけ眠っていて頂戴。大丈夫、殺すつもりはないから。だって折角のおもちゃなんだもの」
「だれがあんたのおもちゃなんかに――」
――ビリ。
「え?」
犬耳の女の姿が一瞬ぼやけた、かと思えば桜屋の娘の服がいきなり破け、ひらひらと地面に落ちた。
これは……こいつのスキル? さすがに攻撃のスピードが異常というだけでは説明が利かないぞ。
「いやあああああああああああああ!! み、見ないでぇぇぇええぇえぇぇええっ!!」
「うふふふふ……。いいわ、いい声で鳴くじゃない! 私あなたみたいに気の強い女が情けない姿で鳴くの大好きなの! さっきの有名人? あれは微妙だったから尚更興奮しちゃう!!」
ローズピンク色の派手な下着を必死に隠す桜屋の娘に手を伸ばす犬耳女。
その手はゆっくりと桜屋の娘の胸をまさぐるが、今の攻撃が影響したのか抵抗をする様子はない。
「この、変態女!!」
「うふふ、いいわ。最後までそうして強がってくれるのはすっごく好み。でも、あなたよりあの女はもっと好みで、それと同じくらいそっちのあなたは好みだと思うの」
桜屋の娘を無力化したことである程度満足したのか、犬耳女は俺に視線を向けた。
「残念ながら俺はそっちの女と違って泣いてやることはできいないぞ」
「いいのいいの。私、顔がいいってだけで何倍でもご飯いけちゃうもの。それに……痛みを懇願する男ってのも好きなの」
そういいながら犬耳女は地面に倒れる俺の身体に跨ろうとする。
しかし……。
――バチンっ!!
俺の耳の横辺りで強烈に何かが地面に打ち付けられた音がした。
これは……鞭?
「弟に姉まで……なんだなんだ、今日ここで誰かの誕生日会でもあるのか?」
「出たわね……。昨日は私のおもちゃたちを壊してくれちゃって……」
「あんたは私の後輩を殺したじゃないか。期待の新人でメディアからも注目されていたのに……。あーあ、後で何を言われるやら」
犬耳女の視線を追って、俺は鞭を振った人間を見た。
するとそこには和田さんを担ぎ上げるスーツ姿のきれいな女が立っていた。
俺の角度からだと黒いタイツから白いそれが丸見えだ。
「って……。へぇ、いい度胸ね。君」
俺の視線に気づいたのか、女性は和田さんを地面下していたずらな顔を浮かべた。
そしてその手を俺の顔に、そして全身をまさぐった。
「試験会場の様子は見ていたけど……やっぱりいい身体。短距離選手と違ってアスリートなのに細身で私好み。さすがは長距離系種目すべてで負けなし、オリンピックも世界陸上も圧勝だった男。世界最強の忍耐力を持つ男、堪平歩。早く会いたくて戦場に連れてきてって言ったけど……ほかの女に唾を付けられるくらいならもうちょっと我慢すべきだったかな?」
「あの、くすぐったいんですけど……」
「君にとっては大したものじゃないだろ? それどころか、もっと欲しいんじゃないかな?」
俺が拒んでも女性は俺の身体をまさぐり続けたり、つねったりを繰り返す。
「ねえ、そろそろいちゃつくのはやめてくれないかな? それはわたしのものなんだけど――」
ついに痺れを切らした犬耳女はぷくっと頬を膨らませた、が……それからはすぐに空気が漏れた。
何か驚いたような表情、焦ったようにも見えるが……。
「ふふ、堪平歩の価値に気づいているのなら……この痕が私にも移ってることがどういう意味を持っているか、わかっているわよね?」




