第七話・目覚める同胞
「それで、ゆららさんはこれからどうすんの」
「それは私が聞きたいくらいさ。……また路上にダンボールでも敷いて、有益な情報源が来るのを待つか……でもねぇ…………」
「乗り気じゃなさげだね」
「わかるかい?」
「わかるに決まってるよ。その不満げな物言いで乗り気なわけないじゃん」
「そうだね。実を言うと、これが最初で最後の機会みたいな予感がするんだよ。ひしひしと。根拠は一切ないが、しかし、だけど強い確信があってならない。私の中の本能なのか、ある種の予知予測めいた力によるものなのかわからないが、何かが私の内から告げてるんだ。キミを逃がすなと」
「また怖いこと言う。仲間ってより、獲物みたいな扱いになってない?」
「美女は嫌いかい?」
自分から美女言うか。美女だけどさ。
「いや、嫌いではないけど……危ない目に合うのは勘弁かな」
厄介な事態に引きずり込まれるのが嫌なだけで、キレイな女性はそりゃ好きだよ。大好きだよ。男子中学生なんだもの。
でも、デメリットがね。
名前も住まいも教えちゃったの、やっぱ失敗だったかなー。
腹をくくったつもりだったんだけど、危険が舞い込むかもと思うと、決意がまあ揺れる揺れる。
振り子みたいに揺れてるよマイハート。
「そうか。それはその通りだね。私と関わってしまえば、キミにもとばっちりがいく可能性は少なくない。怖がる気持ちはわかる」
「生まれてこのかた殺し合いとかしたことない、ただの人間なんでね。喧嘩すら数えるほどしかしたことないし」
「……本当に?」
「いやホントだよ。幼稚園通ってた頃に一回と、あと、小学生になってから二回ほど……」
「いやそこじゃない。ただの人間ってところだよ、私が引っかかったのは」
「そうだと思うよ。病気にもなるし怪我だってするからね。ものもらいになったり風邪ひいたり……さっき言った、小学生時代の喧嘩の話だけど、頭を殴られてダラッと血が流れたりしたこともあったよ」
あのさ。
冷たくないんだよな、血って。
生暖かくて、触るとぬるっとしてさ。
にしても石で殴るか普通。
そんなのもう殺し合いみたいなものやん。
一瞬くらっとしたけど、とっさの仕返しに股間を蹴って、うずくまったところを蹴って蹴って蹴りまくってどうにか勝って……いや危なかったなぁ、あの一戦。
でも、血は出たけど、ちょっとくらっときたくらいで済んだってことは、俺って、意外と頑丈なのかね。
普通ぶっ倒れるか意識飛ぶよな。
「それは心配だね。私としても、せっかく見つけた仲間を失いたくはない」
「ビビって尻込みするのも情けないけど、でも、刀だの銃だの平気で使うような人種に絡まれるかも……ってのはやっぱ怖いよ。殺しにためらいがない奴らになんか、関わりたくないってのが本音だ」
「別に恥じることはないさ。それがまともな感性だよ」
「悪いね、勇敢じゃなくて」
「そんなこと言わなくていいし、気にすることもないよ。もう気にならなくなるんだから」
「え?」
言葉の意味を図りかねていると、
「え、あの、ちょっ」
「まあまあまあ、まあまあまあまあまあ」
立ち上がらずに、膝歩きでテーブルをぐるりと迂回しながら。
まあまあ言いながら近づいてきたゆららさんが、抱きついてきた。
ふわり
甘い、いい匂いが、鼻から肺に吸い込まれて。
押し退けようという気が失われ、ゆららさんの成すがままにされてしまう。
「いいかいヨッシー、私が、キミをこれから強い子にしてあげよう」
「いやいや、この状態から何をどうやると」
んむっ
「!??」
柔らかいものが、唇に押しつけられる。
とろりとした液体が、口の中に垂れて入り込んでくる。
ぬめりのある、軟体動物のようなものがこちらの舌に絡みついてくる。
「んふふ、んっ、んむっ。んぶっ」
キスされてる。
ゆららさんに唇を奪われてる。唾を飲まされてる。舌を絡められてる。
この正体不明の美女とファーストでディープなキスしてるよ俺。
「…………んむ、ぷはっ」
一分くらいは続いただろうか。
ゆららさんのキスは、とても情熱的で、甘ったるくて、でもしつこかった。
終盤には『もういいだろこの辺で』とか思ってしまったのは秘密だ。
「……ごちそうさま」
「いや、ごちそうさまじゃないよ」
「フフッ」
「どういうつもりなんだいゆららさん。こんな、突然盛りがついたような真似してさ」
「失礼な。人がせっかくパワーアップさせてあげたというのに。まあ、若い男の子を貪って楽しんだのは否定しないが」
「やっぱり発情して……え? パワーアップ?」
何言ってんのこのお姉さん。
これで強くなれるならキス先進国の欧米とか超人ばかりになるだろ。実際アジア系とかと比べたら平均的に強いだろうけどさ。
「信じられないかい?」
「信じるための材料がこれっぽっちもないんだけど」
「そうかそうか、なら材料をあげよう」
と、ゆららさんが言った、その次の瞬間。
──空気が、変わった。
さっきまで、一秒前までは、いつもと変わらない俺の部屋だった。
いつも通りの、呑気な子供部屋。
俺のエリア。
でも今は違う。
ゆららさんから漂う、この威圧感。
うっすい布切れ一枚のきわどい姿をした、この超が付くほどの美女から放たれている迫力。
物理的に押し潰し、呼吸をできなくさせそうなほどの、凄く攻撃的な意識。
敵意。悪意。殺意。
そんなものを俺は浴びている。
肌で感じ取っている。
受け止めている。
……これ、下の階とか大丈夫なんだろうか。
下にいる母さんにまで影響したりしないよな。心配だから後で様子見にいこ。
「……どうも、無事そうだね」
その言葉を皮切りに。
ゆららさんから、威圧感が消えた。
元通りの空気。元通りの部屋。
いつもの俺の部屋が──戻ってきた。
「何とかね」
「何とかって割には平静だね。もっと怖がるものかと思ったんだけど、どうやらかなり強くなったらしい。私の予想よりも」
「精神的にはそうかもしれないね。でも肉体的にはどうかなぁ」
なんて、はぐらかしはしたが。
以前よりも強く、以前とは別物になった──そんな感覚があったりする。
これまでの俺とは、違う。
ただ座っているだけなのに、力がどんどんみなぎっていくような感覚がある。
そして、目の前にいるこの美女が危なっかしい存在だと、まともな存在ではないと、俺の感覚が伝えてくる。
──で。
そんなこんなで、どうやら俺は、凄くなったらしい。
異性にキスされてとんでもなく強くなった男。
ぞんざいにも程がある、アメコミキャラ顔負けの適当な強化を成し遂げた男。
それがこの俺、岸辺是良だ。
「うん、上手くいってよかった。同胞の力を目覚めさせるなど、あまりに未知の領域だったからね。本能に任せて暴れるのとは、わけが違う」
「え、待って。さっきのキスで上手くいかなかったら俺どうなってたの?」
「さあ」
「さあって……」
「だから、まずそんなことはないとは思うけど……覚醒した力が暴走して、ドッカーンと大爆発とか」
「ふざけんな」
聞き捨てならない言葉であった。




