第十二話・痴情のもつれ……?
「大丈夫っすか」
「う、うん」
意識ははっきりしているようだし、こちらからの言葉に受け答えもできている。
生きている人間として復活したようだ。
ゾンビにしてたらどうしようと思い、ちょっと様子を見てたけど……最初こそ怪しいものがあったが、血色も良くなり、反応もまともなものになってきてる。
きっと大丈夫だろう。
……そういうタイプのゾンビになったんじゃないのと言われたら、返す言葉もないんだけど……。
「何が何だかわけわからないと思いますけど、まあ、これでも飲んで落ち着いて」
スポーツドリンクを渡す。
そこの自販機で買ってきたやつだ。
あれだけ出血したんだから、少しは飲んでおかないと。
その程度の補給でどうにかなるような血の量とも思えないが、飲まないよりはずっとましだよね。
「ありがとう」
キレイなお兄さんは、ぎこちなく愛想笑いしながらペットボトルを受け取った。
無理をしてるのが一発でわかる笑み。
どうにか冷静さを保ち、事態を飲み込もうと頑張っている、そんな笑い方だ。
ごく、ごくっ……
音が聞こえるくらいの勢いで、一気にペットボトルを呷って中身を飲み干していく。
一心不乱に。
そうやってひたすら飲んでると、この奇っ怪な現実や、血まみれの残酷な過去を忘れられるのかもしれない。
「いい飲みっぷりだね」
呑気なことを言ってるのはゆららさんだ。
興味や関心はあるけれど、心配や同情は一欠片もないらしい。俺もそんなにはないけど、ここまで露骨に態度に出したりはしていない。
「それで、どうしてこんなところで死んでいたんだい? よければ聞かせてもらえないかな。嫌なら言わなくて結構。無理強いはしないよ」
うわ、直球をぶつけやがった。
もっとこう、変化球を駆使しながら、ゆっくり本題に移っていかないと駄目だろ。デリカシーないんか。
「……聞いて、どうするんです?」
「特に何も。こちらとしては、キミがこの世に復帰した時点でだいたいの目的は達成してるのさ。なら、なぜ死因を聞きたいのかというと……これはまあ、単なる好奇心だね」
「そう、ですか…………そちらの、僕を甦らせたという……彼も?」
「う~ん、聞きたいか、聞きたくないかと言われたら……聞きたいかな」
「……………………」
お兄さんは、難しい顔になって、黙ってしまった。
ずけずけと個人の秘密を知りたがる俺たちの態度に不機嫌になった──のではなく、どうすべきか迷ってるに違いない。
甦らせてもらった手前、雑に突っぱねるのも申し訳ないとか考えてるのかな。
だとしたら、善人かどうかはともかく、少なくとも身勝手な人間ではないようだ。
「……そんなに、珍しい話じゃないけど……」
決心がついたみたいだ。
どうやら、事情を話してくれるらしい。
といっても、今から話してくれる内容が、全て事実かどうかはわからない。
どこまで明かしてくれるのか。
どこまで本当のことを言ってくれるのか。
お兄さんからしたら、生き返らせてくれた恩義みたいなものは少なからずあるだろうけど……人には、決して誰にも言えない事ってものがひとつやふたつはある。この人にとって今回がそれかもしれない。その可能性は高い。
けど、それならそれでいい。
別に俺やゆららさんは警察じゃない。
この件の真実を、どうしても追い求めてるわけでもない。
ゆららさんが言ってたように、殺人事件をなかったことにした時点でもう十分なんだよな。事情を聞きたいってのはただの暇潰しに過ぎないわけで。
なんなら、一から十まで嘘でも構わなかったりするんだ。こちらとしてはね。
で。
お兄さんは、ぽつぽつと、小雨みたいに語り始めた。
「……聞いてみれば、どこにでもありそうな、呆気ない陳腐なものだったね。もっと、こう……二転三転した、面白い展開を期待したのだけど……」
ゆららさんが、不満そうにぼやく。
深夜の公園。
俺とゆららさんは、さっき聞いたお兄さんの告白について、ベンチに腰掛けて感想を言い合っていた。
「殺しの動機なんてそんなもんだよ」
「そうなのかい?」
「ニュースとかでたまに見るよ。別れ話のもつれから……みたいなの。ついカッとなってやったとか、どうしても別れようとしないから、殺すしかなかったとか、さ」
「うん、その気持ちはわかる。やはり殺すのが一番後腐れがないからね」
サラッと怖いこと言うなこの姉ちゃん。
「で、ここに呼び出されて、有無を言わさず刺されたと。こりゃもう、最初っから殺る気で呼び出したんだろうな……」
ベンチから立ち上がり、血だまりがあったところに近づき、アスファルトの地面をつま先で突っついた。
過去形なのはなぜかというと、もう何もないからだ。赤いシミひとつすらない。
俺が「こんなの残ってると、警察呼ばれて事件性ありと見なされそうだね」と言ったら、ゆららさんが何を思ったのか、ふーっと息を吹きかけた。
すると、一瞬で地面に染み込んでいた血が、消えていった。
霧のように散って失せたのだ。
驚く俺。
これでどうだとばかりに、自慢げに微笑むゆららさん。
血が染み込んでいたアスファルトまでグズグズになってたけど……そこはまあ、大目に見よう。舗装屋さん後は任せた。
靴のつま先を見る。
溶け崩れたアスファルトの一部が、こびりついていた。
「なぜここを選んだのだろうね」
「通り魔に見せかけるため──とか? もしくは、自分の身近な場所で殺したら容疑者になりそうだから、ここが良さげだと思って選んだんじゃないの? 夜中の公園なら人もほとんどいないだろうしさ」
「大胆なことをするものだ。人に見られる可能性もあっただろうに。後先を考えないというか……」
「はは、そんなだからだよ。奥ゆかしい人が生徒に手なんか出さないって」
そう。
あのお兄さんは、自分の通う学校の教師といい仲になっていたのだ。
そして、その件で揉めて、この公園に呼び出され──
「……帰してよかったのかな、あの人」
「キミが気にすることじゃないさ。本人が帰りたいって言ってるんだから、それなら私たちが保護する必要もない。助けを欲してるならともかくね」
「犯人にまた殺されるんじゃないの? 三度目ならぬ、二度目の正直だってさ」
「だとしても、それもまたあの少年が選んだ道だよ。私たちの関わらないところで、まともな殺され方をされるなら、別に問題はない──そうじゃないかい、ヨッシー?」
「それはそうだけど……せっかく拾った命なのに、もったいない」
「そんな心配しなくても、大丈夫だと思うがね」
「?」
「キミに甦らせられたことで、あの少年もそれなりに変わったはずだよ。私にはわかるんだ。具体的に、どこがどう変わったかまでは、私にも把握できないが……そう簡単に、ただの人間に殺されたりはしないんじゃないかな」
ゆららさんはそう言うと、笑った。
思わず見とれそうになるほど美しく、しかし、ゾワッとする怖い笑みだった。
感想の言い合いは終わった。
キレイなお兄さんの立ち去った方を、何気なく見つめる。
マヒルと名乗った、あのキレイな、細身気味のお兄さん。
やはり西高の学生で、一年生だと言っていた。俺よりふたつ上、十六歳だ。
どこまで本当のことを俺たちに話してくれたのか、それはわからないけど、嘘はほとんど混じってないように感じた。
公園のわきにチャリを停めてあるから、それで帰るって言ってたけど……なら、ここからわりと離れたところに住んでるのかな。
あの血だらけの服、どうやってごまかすんだろう。家族に見つからなければいいけど。
そんな変な心配をしてしまう、俺だった。
──こうして、よく知らない人の復活劇は幕を下ろした。
ゆららさんの誘いに乗った、夜中の散歩。
乗ったのは正解だった。もし断っていたら、翌日ここに警察やマスコミが押し寄せて騒ぎになってたところだった。
平穏な住宅街の一角で、男子高校生、謎の刺殺ってね。
「さ、私たちも、帰るとするか」
静かに立ち上がったゆららさんが、公園の入口へと歩いていく。
帰るとするかって、それ俺のセリフだろと思いながら……少し先を行く、濡れ羽色の長い髪の後をついていくのであった──
◆◆◆◆◆
「……どうして、助かったの?」
「それは別にどうでもよくないですか、ゆりか先生」
「浅かったってこと? 刺し傷が」
「それは、そちらで勝手に想像してください。……なんで昨日、あんなところに呼び出されたのか疑問でしたけど……そうですか。あなたが送ったメッセージだったんですね、倉薄先生のスマホをこっそり使って」
「あなたが悪いのよ、暗木君。生徒でありながら、しかも男のくせに、あの人を誘惑して……」
「そういう関係を持ちかけてきたのは、倉薄先生のほうからですよ。理科準備室で二人きりになってから、僕の服を脱がせて……まあ、僕もまんざらじゃなかったから拒絶しなかったんで、この場合、共犯ってことになるんでしょうか。凄いですよね、僕が自分と同類だと見抜いた、倉薄先生の嗅覚」
「嘘よ! そんなわけないでしょ! そんなこと、百歩譲って仮にそうだとしても、あの人からやるはずがないわ!」
「先生のスマホをいじったってことは、中の画像や動画も見たんでしょう? 先生は撮りながらするのも好きですからね。動画の中の先生は、何て言ってました? 浮き浮きで楽しんでいたでしょう?」
「黙りなさい!」
「……また、それで刺すんですか? 昨日もそれだったんですよね? その包丁、痛かったですよ。振り向きざまにぐさりとやられて、痛くて熱くて、血もどんどん出てきて……」
「……馬鹿な子ね。警察にでも駆け込むなり、ずっとお家に引きこもるなりすれば良かったのに。死にかけのくせに、しれっと登校してきただけじゃなく、呼び出されて、のこのこと一人でここにやって来るなんて……あなた、頭がおかしくなったんじゃないの?」
「いいえ、元気ですし、頭のほうもいたって正常ですよ。正常じゃないのはむしろ、ゆりか先生のほうじゃないんですか? 彼氏を男なんかに寝取られて、嫉妬に狂ったあわれな女──」
「こ、このクソ餓鬼……今度こそ、完璧に殺してやるわ! 今度は腹だけじゃすまさない、そのすました顔も、あの人をたぶらかした尻の穴もズタズタに……し、してや、る…………?」
「おや、どうしました先生?」
「……な、なんなの? 身体が……手足に、ち、力が入らない。な、なんで? あ、頭が、痛くて、めまいが……うっ、き、気持ち悪い……」
「ずいぶんと具合が悪いみたいですね。立ってられないくらい」
「おっ、おぶっ、おえぇっ……! ど、どうして、うえっ、何が起きて……!?」
「苦しそうですね。一応、試すのは今が初めてだったんですけど、ちゃんと効いてくれて何よりです。あの子から、新たな命と共に頂いた──この力が」
「な、なんですって……い、いったい、おえっ、何をしたの……」
「そんなこと──知ってどうするんですか? あなたは今日、そのままここで死んでいくのに。原因不明の中毒死でね。ま、外傷がなければ、それすらも判明しないまま心筋梗塞で幕切れだと思いますけど」
「……な、何で、何でこんな……く、苦しい…………」
「……だから、この包丁は処分しておきますよ。僕の血がついてるこれをそのままにしておくと、関与を疑われちゃいますから。あくまでも先生には、謎の死をとげてもらわないと」
「い、嫌……死にたく…………た、たす……助けっ……」
「ああ、やめましょうよ。命乞いだなんて往生際が悪いことは。人殺しは人殺しらしく、ふてぶてしい最期を遂げないと……ね?」
「…………これで、ゆりか先生のことは片付いた。後はこの刃物を捨てて、倉薄先生との関係を切ってしまえば……それでいい。もう、倉薄先生なんて、僕の中ではとるに足らない存在なんだから──」




