第十一話・黄泉還れ、誰かさん
「死んでるわ、これ」
「死んでいるかどうかはともかく、生きていそうな様子ではないね」
「それを死んでるって言うんだよ…………ああ、ピクともしないな。触る前からわかってたけどさ」
しゃがみこんで脈を取ったが、やっぱり、反応はなかった。
口の辺りに手をかざす。鼻からも口からも空気が出てきていない。胸も、全く上下してない。
心臓も肺も止まってる。
生きてない。死体で確定だ。
だけど。
脈を取ったとき、肌はまだ温かかった。
つまり、殺されてからそれほど長い時間は経っていないことになる。
……まさか、そこらに犯人がまだ潜んでいるなんてことは……。
「隠れてるかな、やった奴」
「それはないんじゃないかな。まあ、私も他者の心理とかよくわからないけど、犯人は急いで逃げ出したと思うけどね。もし誰かに見つかったら、そいつまで殺さないといけなくなるんだから」
「それもそっか」
この状況、ゆららさんのほうが正しそうだ。いてくれたほうが話が早いんだけど、いそうにないか。残念。
「性別……どっちかな?」
ゆららさんが、屈んで死体の顔をまじまじと見る。
「どっちだろうね。制服は男子のものだけど……」
仰向けで倒れてる、少年らしき人。
お腹から大量に出血しているようだから、おそらく刃物で刺されたんだろう。
なぜ性別が断言できないのかというと、髪が長めで、顔が男性と思えないくらいきれいだからだ。
流石にゆららさんには勝てないが、それでもかなりの美人だ。
男装してるのかもしれないが、胸があまりに薄いから、やはり男なんだろう。サラシを巻いてるってこともあるまい。
「これ、西高の制服だね。たぶんそうだ」
ひょっとしたら明高の制服だったかもしれないが……それはまあ、どっちでもいいや。
高校の制服に変わりはないんだから。
「高校生か。確かに、キミより年長に見える。まだ若いのに災難だね。しかし、これもまた運命なのかな」
「運命かどうかは知らないけどさ、俺の目と鼻の先で殺人事件はやめてほしかったな。やるならよそでやれよ、全く……」
あーあ、これで第一発見者だ。
どうしよ。
見なかったことにしようかな。
「そんなに嫌なのかい?」
「自分の縄張りみたいなところで血生臭い出来事とか、喜ぶ奴いると思う?」
「どこでだって人は死ぬものだよ? キミが知らないだけで、ここや、キミの家がある場所でも、過去に何人も命を落としてるはずさ」
「騒ぎになるのが嫌なんだよ。これが知れ渡ったらさ……うちだけじゃなく、どこも夜間の外出とか禁止になるよ」
「ふーん……人が死んでること自体は、どうでもいいんだね」
──思わず。
ハッとなった。
そうだ。
なんで俺はこんなに冷静で、落ち着いていられるんだろう。
殺し合いになりたくないなとか、本当に人を殺せるのかとか、そんなつまらないことで悩んでた俺が、死体──それも誰かに殺されたばかりのものを見て、金○一少年やコ○ン並に平然と死亡確認できたのか。
現実味がないから、パニックにもならず、逆に落ち着いてる?
でも、これはマジの死体だ。
実感はある。触りもした。血の臭いも凄い。ひっくり返しようのないリアルがここにある。本物の死だ。
……だけど、なんてこともない。
心が何もざわつかないし、怖くもない。
「そうだね。我ながら驚いてる。俺ってこんなにクソ度胸あったんだなってさ。のけ反って悲鳴あげたりもしなかったし」
この調子なら、人を殺すことも容易くやれそうだ。
けど、それが癖になって殺人鬼になったりとかは嫌だから、あまり積極的に殺しはやらないようにしたいけどね。自重自重。
「しかしだ、私としても、ここで大事になるのは避けたいね」
「え、なんで? ゆららさん、アンタ関係なくね?」
「いやいや、忘れたのかいヨッシー? 私が追われる身の上……かもしれないってことを。研究施設のあった県のお隣、そこの閑静な住宅街でいきなりの殺人事件……怪しむなというほうがおかしいだろう?」
「ああ、そういうことね」
そうか。
狙われてる可能性があるのに、身を潜めてる地域で目を引くようなことが起きたら、そりゃいい迷惑だよな。
「私が関与してると思われたら、たまったものではないね。見つかることはないにしても、ネズミどもにあちこちチョロチョロ動かれるのは気分がよろしくない」
「ならどうするの。これ、処分するとか?」
立ち上がり、足元に転がる死体を指差す。
「それがベストなんだろうけど、それはそれで、どこかの愚か者の尻拭いをしてるようで腹立たしいね」
でもやらないといけないよな。
何もなかったことにするのが一番丸く収まる。
誰も死んでない、誰も殺されたりしていない状況に、死体なんかない状況に、いつもの公園に……。
「…………そうだ」
「?」
「ちょっと、試してみるよ」
死体のお腹辺りに、手を近づけ。
傷口に、そっと手をあてる。
ぬちゃっという、濡れた音。
手の平や指が、真っ赤に染まっていく。
「ヨッシー、何をやるつもりなんだ?」
「それはまあ、やってみてのお楽しみさ。できるかどうかは俺にもわからないけど、何かはやれそうな気がしてね」
「そう。なら、私は黙って見ていよう。同胞の可能性を信じてね」
ゆららさんに見守られながら、俺は集中する。
念じる。
治れ、直れ、また動けと。
再びこの世に戻ってこいと。
ゆららさんは、俺の力を目覚めさせた。
正解がわからないまま、本能めいたものに従って、あのしつこい口づけで俺を真の同胞にした。
できそうだからやったのだ。
俺に同じことができるかどうかはわからない。する予定もない。
なら、違うことはどうか。
例えば、このきれいなお兄さんを甦らせるとか。
そんな発想が、さっき頭をよぎり。
なんだか、できそうな気がしてきて。
直感を頼りに、こうすべきなんじゃないかなという閃きのもと、手を伸ばし、集中し、復活しろと命じ──
しゅおおお…………
「お、おおっ……?」
なんか出てきた。
出てきたぞ。
一分くらい念じていたら、変化が現れた。
テレビ番組の演出で使われるドライアイスの煙みたいなのが、血だらけの腹部と、そこにそえられている俺の手から出て、漂いだした。
「──やはり、キミは選ばれし者だったようだ。私にもキミが何をしたいのか、薄々わかってきたよ。覚醒して一日も経ってないのに、もうこのような芸当をこなせるなんてね」
「まだまだ、ここからだよ。何もかも感覚でやってるから、手応えがなくて実感が薄いよ。上手くいってればいいんだけど……」
喋りを止め、また集中する。
全部やり終えるまで誰もこないでほしいなと思いつつ、さらに念じて……。
「……………………ん、んっ」
ぴくり
白い煙みたいなものが立ちこめてから、さらに数分後。
死体の口から、声らしき音がして。
手の指が、弱く痙攣するように動いた。
(よっしゃ!)
思わずガッツポーズしたくなる衝動をこらえつつ、俺は容態が安定するまで手を離さずに念じ続けたのだった。
で。
もう大丈夫だろうと思い、手を離すと、
「……あ、ああ、なぜ、どうしてこんなことを……どうして…………」
刺された直後から記憶が戻ったのか。
上半身を起き上がらせたキレイなお兄さんは、何が起きたのかわからないという感じで、弱々しく手を動かしながら、どうして、どうしてと呟いている。
目の焦点もいまいち合ってなさげだ。
んー……、これじゃ今はまだ、まともな思考とか無理そうだね。
もう少し落ち着いてから、詳しい話でも聞こうかな。
というわけで。
世界初かもしれない、死者の蘇生──見事、成功だ。




