第十話・夜の世界に二人、そして一体
月明かりの下。
俺は掛け値なしの美人さんと共に、暗くなったご近所をぶらついている。
季節は春。
昼間はほんのり暖かかったりするが、夜はまだまだ冷える。
……そのはずなんだけど。
あまり寒くない。
それどころか、むしろ昼間並に暖かいくらいだ。
おかしい。
変だ。
シャツの上から一応アウターは羽織ってるけど、だとしても顔や手まであったかくなるはずがない。風邪でも引いた?
それとも、本当に気温が高いのか?
隣にいるゆららさんは平然としている。
薄着のまま、しかも裸足。やはり寒がってる様子など欠片もない。
……これは、まさか。
同胞として完全に覚醒させられたことで、俺は、この人同様に気温の変化が気にならなくなったということ……なのか?
──だとしたら、生活しやすくなったな。
いいねこれ。
人を超えたことによる、思わぬ利点であった。
聞こえる物音はほとんどない。
離れたほうから聞こえてくる車の音と、あとは俺たちの足音くらい。
やっぱ昼間とは違う。
今夜はないみたいだけど、ちょくちょく救急車のピーポーが聞こえてくることもあったりする。病人や怪我人は昼夜問わず出るものだからね。
そうそう。
夜中の音といえば、もうそろそろ暴走族も活動する時期だ。
これからうるさくなるんだよな。
暖かくなってくると動き出すんだから、野生動物や昆虫みたいだ。世間に迷惑かけるだけの生き物なんだから猟友会に駆除されたらいいのに。罠でも仕掛けて……。
……いや、やめよう。
こんな静かできれいな月夜に、くだらない連中のことなんか考えるのはもったいない。風流の無駄遣いだ。
口直しに、隣を歩くゆららさんを横目で見る。
美人だ。
どこからどう見ても、とても美しい大人の女性だ。
腰まである、濡れ羽色の長く艶やかな髪。
コンタクトではなく生まれつきらしい、真っ赤な瞳。
整いすぎている、顔のつくり。
出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる、柔らかそうでいてしなやかなボディライン。
ケチのつけようもなければ、重箱の隅をつつくこともかなわない、世の女性の嫉妬や憧れを一身に集めそうな女性。
──うん、やはり美人だ。完璧美人。
(こんな美女に、あんな熱烈なキスをされたんだよな……)
つい、唇をさすってしまう。
貪られるような、あの口づけ。
あれは、エロくて衝撃的だった。官能的ってやつ?
ただ、その後から知らされた事実は、衝撃ではさらに上をいくものだったけどな。
爆発して死ぬかもしれない覚醒イベントを当事者の俺に黙って発動させたと知ったときは、この女ふざけんなと本気で思った。部屋の窓から外にポイ捨てしても許されるのではないかと。
「~~♪」
どこで聞いて覚えたのか。
何も知らない俺にロシアンルーレットみたいな強化をやりやがったこの人は、ある人気曲の鼻歌混じりで足取りも軽い。
ご機嫌だ。
『夜に飛び、永久に』って曲名の、この歌。TASOGAREっていう女性二人組のアーティストが一躍有名になるきっかけになった歌だ。
「その歌」
「~~♪ ~~~~……え? 何?」
「いや、その歌。さっきから鼻歌してたやつ」
「ああ、今のね。いい歌だよね。私は好きだよ。ヨッシーはどうだい?」
「そうだね、俺もいい歌だとは思うけど、どこでそれ知ったのかなって」
「いつだったかな……十日くらい、前……だったっけ?」
(知らんがな)
「夕方にね、一人でいた女子高生が、私がいることも気づかず信号待ちで歌っててさ。車もいないんだから待たなくてもいいだろうに、几帳面な子でね」
「それで?」
「その歌を気に入ってね。だから、ちょっと顔を貸してもらってさ、色々と教えてもらったんだ」
「よく教えてもらえたね」
凄いなその子。肝が座りすぎだろ。
「最初は焦っていたよ。不気味がって後退りしてたけど、じっと眼を見てお願いしたら、こころよく承知してくれてね。眼の焦点が合わなくなったまま、何度も歌ってくれた。歌詞も教わったよ」
ああ、はい。
そうですか。
そういう術も使えるんですね。怖いですね。
……でも、それならその能力だか術だかを使えば、以前にどこかの廃屋に侵入したときも、どうにかなったんじゃないの?
異常が起きたか確認しに来た警備員を操るなりして、そこに居座りつづけることも……ああ、だけど無理か。センサーあるしな。
そこらじゅうの扉をくまなく調べて、センサー残さずぶっ壊せばいいかもしれないが、ゆららさんもそこまでしてホコリまみれの辛気臭い建物にいたいわけないよな。アウトドア派なんだし。
「その子、大丈夫なの?」
心配など一切してないが聞いてみた。
「アハハ、多分大丈夫だよ。聞きたいことを全部喋ってもらっただけだからね。別に、心をいじくったりとかはしてないもの。──おや、ここかな」
とか話してたら、公園に着いた。
スマイル公園。
『地域住民の笑顔が絶えない憩いの場』というコンセプトの基に作られた公園だそうだが、特に物珍しいものはない。
ブランコ、キリンを模したすべり台、鉄棒、シーソー、砂場……。
普通だ。
コンセプトどこ行ったの。
これって実は『どこにでもある憩いの場』ってコンセプトだったんじゃねえのとしか言いようがない。
そんな量産型の公園に、俺たちは足を踏み入れていく。
無人。
当たり前だけど子供はいないし、かといって大人もいない。誰もいない。いたらホラーだ。
「私たちの貸し切りだな」
「なかなか洒落たこと言うね」
それなりの広さの園内を歩く。
目をつぶってでも歩けるほど勝手知ったるだが、実際にそれやって派手にスッ転んだことがあるので、同じ轍は踏まないことにする。ゆららさんに見られたくないし。
目指すは自販機だ。
本当なら温かいやつを飲もうかと思っていたが、この体感温度なら冷たいやつでもいいな。
ゆららさんにもおごってあげよう。自分だけ飲むのも嫌味っぽいし。俺はどれにしよっかな~。
と、そんな具合に、何を飲もうか考えながら歩いていると。
「あら」
「……うわ、マジか。嘘だろ……」
人生で初めて。
他殺と思われる死体を見つけてしまったのである。なんでこうなるかな。
この頃のTASOGAREはまだ
ボーカル担当のリンネがプレッシャーを感じて
潰れそうになる手前くらいですね。




