第二章 緑の壁の家と潮風の窓
アン夫人が白い扉を開けた。生まれて初めて、私は「本当の家」へと足を踏み入れたのだった。冷たい鉄製ベッドが並ぶ孤児院の宿舎でもなければ、消毒液の匂いが充満する慈善団体のシェルターでもない。呼吸があり、記憶が宿り、歳月が刻んだ傷痕さえも壁に抱いた、本物の家に。
小さな廊下がまっすぐに台所へと続いていた。天井は低いが、圧迫感はない。頭上に半月型のガラス窓があり、上の階からの光を優しく射し込ませていたからだ。家具は質素だが整然と並んでいた。入口の脇にある古びた下駄箱、隅に置かれた曇った楕円形の鏡、その下にあるドライフラワーの花瓶。空間を満たしていたのは香りの調和——焼きたてのパン、赤松の木香、薪の煙。それらが溶け合い、のちに私が「平穏の匂い」と呼ぶことになる独自の雰囲気を創り出していた。
アン夫人が先に上がり、灰色のウールコートを脱いでドア脇のフックに掛けた。それから振り返り、私が後に続くのを微笑みながら待ってくれた。木製床の上を滑る彼女のスリッパは、音ひとつ立てない。私も真似ようとしたが、履き古したスニーカーが踏みしめるたびにギシギシと音を立て、自分の無様さが身に沁みた。夫人は咎めることもなく、ただ優しく言った。「そこに立っていてね。家の中を案内するから」
廊下の左側が彼女の部屋だった。白い扉がわずかに開いており、隙間から小さな木製ベッド、枕元に飾られたモノクロの額入り写真、そして傍らに置かれたアンティークのミシンが見えた。夫人は、結婚した日から今に至るまで、ずっとこの部屋で暮らしてきたのだと語った——夫が亡くなり、息子が戦場から戻らなかった今も。私は言葉を失った。両親を知らずに育った私には、身内を失う痛みがどんなものか分からない。けれど、「喪失」の空虚さなら理解できた。それは孤児院の二段ベッドに似ている。隣のベッドに誰かが眠っていても、自分とは何の繋がりもないあの孤独に。
廊下の右側は書斎と応接間だった。夫人がドアを開け、中を見せてくれた。小ぶりな書斎だが、天井近くまで届く本棚には革装丁の古い書物がぎっしりと並んでいた。赤褐色の安楽椅子と、その傍らに置かれた花柄の布シェードの読書灯。隣の応接間には小さなソファセットとレンガ造りの暖炉があり、壁には海の風景画が飾られていた。「この家には、もう長いこと客人が来ていなくてね。私も滅多に使うことはないけれど……誰かを迎えるための場所は、いつでも整えておきたいのよ」と彼女は微笑んだ。
それから夫人は木製の階段を指さした。「あなたの部屋は上よ」
階段は狭く、踏みしめるたびに足元でギシと軋んだ。壁沿いには、家族の写真額が隙間なく飾られていた。アン夫人と同じ赤毛の若い男性が軍服姿で微笑んでいる。隣には穏やかな眼差しをした白髪の老婦人——おそらく彼女の母親だろう。排してもう一枚、若き日のアン夫人がこの家の前に立ち、幼い我が子を抱きかかえている写真。詮索好きな人間だと思われたくはなかったが、私は最後の写真の前で長く足を止めてしまった。背後から追いついたアン夫人が、静かに呟いた。「あの子よ。二十三歳で亡くなったの。あの子の部屋はそのまま鍵をかけて保管してあるわ。その隣の……一番奥の部屋が、あなたの部屋よ。気に入ってくれるといいのだけど」
彼女が白い扉を開けた時、現れたその部屋は、まるで幼い頃に思い描いたクリスマスカードの挿絵のようだった。決して広くはない。壁に寄せられたベッドと、向かいの壁に置かれた学習机、三段の木製チェスト、そしてベッドの足元に置かれた小物を入れるための小さなトランク。二つのガラス窓からは、一方が広場を見下ろし、もう一方が裏庭とその向こうに街灯を受けて仄かに煌めく橙色の屋根たちを映し出していた。
ベッドもシーツも枕も、すべてが純白だった。まるでこれまで誰一人として足を踏み入れたことがないかのように潔白な白。私は震える手で、チェストの脇にバッグをそっと置いた。中を開けて調べる勇気も、ベッドに腰かける勇気もなかった。せっかくの新しく美しいものを壊してしまうのが怖かったのだ。ただ部屋の中央に立ち、ゆっくりと一周しながら、隅々まで愛おしむように見つめることしかできなかった。
ドア枠に身を寄せたアン夫人が言った。「体を洗って、ゆっくり休みなさい。明日の朝早く起きたら、市場やバス停の場所を教えてあげるから。今夜は、何も急ぐ必要はないわ」
彼女が階段を下りていく足音が次第に遠ざかっていった。私はまるでガラス細工を扱うかのように、静かにドアを閉めた。薄汚れたスニーカーを脱いでドア脇に揃え、薄手のコートを脱いでトランクの上に丁寧に折りたたんで置いた。エンジ、ようやく自分自身にベッドへ腰かける許可を出した。
マットレスは柔らかすぎず、心地よい弾力で私の体を支えてくれた。まるで私が横たわるその瞬間を、ずっと待ち続けていたかのように。私は仰向けになり、両手を体に沿わせて天井を見つめた。すりガラスの小ぶりなペンダントライトが、廊下からの温かな黄色い光を柔らかく反射している。階下からは、アン夫人が食器を片付ける音や水道の水の音、そしてラジオから流れる古い楽曲が聞こえてきた。緩やかで優美な——四十年代のワルツの旋律。
瞳を閉じる。かつて味わったことのない感情が、胸いっぱいに満ちていく。それは歓喜でも幸せでもない。もっと深く、もっと静謐な何か。嵐が去ったあと、自分がまだ生きていること、そして空が晴れ渡ったことにふと気づくような感覚。孤児院のことを思い出す。母親の顔も知らない幼子たちが、母を恋しがって泣いていた夜々を。私も同じように泣いていたこと、やがて泣くことを忘れ、涙を流すことすら望まなくなった日々のことを。ただ早く大きくなり、強くなりたかった。二十人もの子どもと身を寄せ合う大部屋を抜け出し、自分だけのベッド、自分だけのチェスト、誰にも叱られずに外を眺められる窓を手に入れるために。
そして今、私はそれを手に入れたのだ。
起き上がり、広場を見下ろす窓辺へと歩み寄る。街灯の半数は消え、わずかな琥珀色の光だけがぽつんと灯っていた。時計塔の針が九時を指し、静夜に九回の鐘の音が重く響き渡る。人影のない通りを、時折自転車がチェーンをカタカタと鳴らしながら走り抜けていく。窓をわずかに開けると、潮風が部屋へと滑り込んできた。少し冷たく塩気を含んだ風は、海藻の香りと湿った砂の匂いを運んでくる。その風の中で、私は明日を思い描いた。台所に下り、アン夫人が淹れてくれた紅茶を飲み、パンをひと切れかじる。それから商店やパン屋、仕立て屋の並ぶ通りへと向かうのだ。扉を叩き、微笑み、こう言うために——「働かせてください」と。
この先に、一ヶ月近くに及ぶ奔走と、三十回近い拒絶、乾いたパンだけの昼食、そして所持金が底を突く恐怖に心臓の鼓動を聴きながら過ごす夜が待ち受けていることを、当時の私は知る由もなかった。けれど少なくとも、あの最初の夜、ベッドに戻り純白の毛布を顎まで引き上げた時、自分がもう孤独ではないと感じていた。一階にはアン夫人がいて、屋根の上には星々が輝いている。排して胸の奥で、何かが静かに芽吹き始めていた——それは、小さな始まりの予感だった。
いつしか私は眠りに落ちていた。夢の中で見たのは、橙色の屋根が連なる街。海があり、時計塔があり、そして温かな黄色い街灯の下、赤褐色の髪をした女性が広場で私を待っていた。
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次回(第3話)の更新もどうぞお楽しみに。




