第3話 ~『朝の絶望』と希望~
僕はシスターが教えを説いていた講壇に立ち、マイクの位置を調整する。
長椅子が並んだ会衆席の方を見るとネオンが真ん中の方で「ファイト!」と腕を振って浮かんでいる。僕はこくりとうなずき、マイクを通して皆に言う。
「聴いてください、『朝の絶望』」
ジャン、ジャン、と短調のイントロを奏で、僕は歌い出す。
「僕は朝が嫌いだ だって起きた瞬間から絶望の人生が目を覚ますから」
僕は、僕の魂の音を曲に乗せた。
ジャーン、とアコギが最後の音を鳴らして演奏は終わる。
シーンと静まり返る講堂。僕は冷や汗をかいた。
「(やっぱ暗すぎたか……? 教会で演奏して良い曲じゃなかったよな……)」
そう思った時、小さな女の子が手を叩いた。
「お兄ちゃんすごーい!」
それを皮切りに拍手が舞い上がる。
「この曲、君が作ったの!?」
「上手ねぇ」
「心に響くわい」
僕は、目の前の光景と歓声が信じられなかった。でも、間違いなく現実で。
なあ、首に縄を掛けようとしていた僕。もうちょっと生きてみても良いかな。
ネオンも、笑ってた。
そうして僕は教会の手伝いをしながら週末は演奏、家で曲作りに励んでいた。なかなか充実した日々だった。
そんな時。
「ねぇ、岡田くん」
「なんですか? シスター」
教会で掃除をしていたらシスターに話しかけられた。新しい仕事でも任されるのかな、と思った。
「いつも助かるわ。ありがとう。神もあなたの行いを見ているわ」
嬉しかった。自分が誰かの役に立てるなんて。
けど、次にシスターから出た言葉は僕が目を背けていた事だった。
「一つ聞きたいのだけど、学校はどうしてるの?」
シスターの質問に僕の心臓は変に早鐘を鳴らした。ドクドクドクドク。僕はどう答えれば良いのだろう。
そんな僕の様子に気づいたのかシスターは柔らかい声で言う。
「言いたくなかったら言わなくていいし、私、あなたを責めている訳じゃないの。ただ、もし何かの事情で行けないのだったら、ここでお勉強を教えてあげる事もできるって言いたかったの」
「へ?」
間抜けな声が出た。あまりに拍子抜けで、あまりに……優しい提案だったから。
「私、こう見えても昔は先生だったのよ?」
シスターの笑顔に心が溶かされる。ああ、僕は今、いろんな人の優しさで立っているんだ。
ネオンを見ると、笑っていた。
「岡田くんって賢いのねぇ。あんまり教えることが無さそうよ」
「シスターの教え方が上手いんですよ」
ここ数日、僕はシスターに勉強を教えてもらっていた。
前は勉強なんてあまり好きではなかったけど、シスターの講義は勉強の楽しさを引き出してくれる様なものだった。
だからだろうか。こんな事を思うのは。
「シスター」
「なぁに?」
「学校って行った方がいいですか?」
学校に、未練が湧いて。このままで、いいのかと。
シスターは少し黙ると、いつもの様に優しく告げる。
「行っても行かなくても、どっちでもいいの。確かに行った方が良いかもしれない。でもどうしても行けない子はいる、いろんな事情でね。でも……」
シスターは僕に笑いかけた。
「行きたいなら、行ってみなさい。それはきっとあなたの糧になる」
「シスター……」
「辛くなったら私はここで待ってるから、いつでも来なさい。神は全てを受け入れるわ」
やっぱりシスターは優しい。
「なあ、ネオン」
「ん~?」
家に帰り、部屋でふよふよ浮いてるネオンに僕は聞く。
「君は学校行ってた?」
「行ってたよ~ん」
ネオンはダブルピースをする。
「楽しかった?」
「それなりにね。辛いこともあったけど」
ネオンは珍しく少し悲しげな顔をしたが、次の瞬間にはいつもの明るいネオンに戻っていた。
「学校、行きたい?」
「……少し。でも怖い」
「なら、保健室登校からちょっとずつ始めればいいじゃん」
「できるのかなぁ……」
うつむく僕にネオンはいつもの如く強引で。
「親と学校に相談だ~! ポルターガイスト! 扉開け!」
部屋の扉が勝手にバタン! と開く。
まったく……ネオンといると悩む暇が無い。僕は部屋を出て、両親の下へ行った。
両親は僕が学校に行ってみたい、保健室登校からしてみたい、と言うと泣いて喜んでくれた。むずかゆかったけど、嬉しかった。
学校に連絡をしてくれて、いろいろと調整をした結果、晴れて僕は保健室登校をできる様になった。最初は一時間だけ。でも、それだけで立派だと両親は言ってくれた。
僕は、こんなに僕のことを思ってくれる両親の下に生まれて、なんで死のうとしてたんだろう。本当に馬鹿だ。
そして一週間後。
僕は久々に制服に手を通した。ドキドキする。
ネオンは制服姿の奏も格好いいぜ! なんて言ってくるから、別の意味でドキドキした。
家を出る時間になる。鞄を持って玄関に行くと母さんがやって来た。
「奏」
母さんは微笑む。
「いってらっしゃい」
だから僕も笑って返す。
「いってきます」
玄関の扉を開けた。




