第七十六話 カーズ・カヴァンズ
「受け止めたってのか……」
セリアは見開いた目を細め、遠くの魔族を見つめた。
四本腕の魔族や魔物たちで威力が削がれていたとはいえ、精霊術で強化した渾身の一撃を止められた。
セリアにとってはネスヴィラと戦って以来の衝撃だった。
《やはりコモナーではなかったようだな》
「爵位持ち……ってやつか」
《そうだ。コモナーであれば、四本腕の魔族同様に消し飛んでいる。
とはいえ、奴も無傷ではないようだがな》
「……え?」
ラグルスの言葉にセリアはもう一度、クライゲラクを受け止めた魔族へ視線を向ける。
目を凝らして見ると、その魔族は全身の至るところが焼け焦げている。
両腕はクライゲラクを受け止めた影響か、皮膚は裂け、鮮血が指先から滴り落ちている。
それでも、その魔族の表情は苦痛に歪むことなくこちらを見据えていた。
「こちらの位置は、割れたようですね」
魔族の視線がはっきりと自分たちを捉えているのを見て、ツバキが口にする。
その直後。空中で静止していた魔族が里目掛けて動き出した。
それに呼応するように、周囲の魔物も龍人の里へ目掛け真っ直ぐに飛んでくる。
「っ! 来ます!」
ツバキは腰に下げていた二本のトンファーを素早く引き抜き構える。
その言葉に、レティシエラも神器の細剣を出現させる。
数秒後には里の不可視の結界を越え、魔族と魔物たちがセリアたちの目の前まで迫ってきた。
間近に来たことで、魔族の姿が先ほどまでよりはっきりとセリアの目に映る。
その姿は、四本腕の魔族と異なり、額から生える二本の黒い角以外は人間と変わらない。
橙色の髪を短く切った、二十代ほどの男。翼も無く空中で静止している。そして目を引くのは、その右頬。
そこには黒く「V」の文字が刻まれていた。
先ほどのセリアの一撃によって全身に火傷を負い、その両腕は、皮膚が裂け血が滴り、ところどころ白い骨が露出している。
しかし、
(治ってる?)
セリアが僅かに眉を寄せた。
それらの傷が、ゆっくりとだが塞がり始めている。
「……」
魔族は無表情、無言のままツバキ、レティシエラ、そしてセリアへと順番に視線を向ける。
「……お前だな」
セリアを見た魔族は、そう告げると右手に持つクライゲラクへ僅かに視線を落とした。
「だったら何だ」
セリアがそう返すと、クライゲラクは魔族の手から光となって消え、再びセリアの右手へとその姿を現す。
「……これほどの一撃、何者だ?」
魔族は何もなくなった掌を少しの間見つめ、再びセリアに視線を戻した。
「おいおい。名乗って欲しいなら、まずは自分からだろ?」
セリアは口の端を吊り上げ、クライゲラクの切っ先を魔族へ向ける。
「それとも、魔族ってのはそんなこともわからないのか?」
「……」
魔族の男が無言のまま右手を上げる。
そして、その手をセリアたちに向けて静かに振るった。
次の瞬間、周囲に浮かんでいた魔物たちが一斉に動き出した。
先ほどのセリアの一撃によって数を減らしたとはいえ、まだ十数体。
異形の群れが押し寄せる光景には、それだけで圧迫感があった。
「まずは雑魚からってわけか!」
セリアはクライゲラクを両手で構え直し、迫り来る魔物の群れを睨みつけた。
――グオォォオ!
轟音を鳴らしながらセリアの正面に、魔物の中でも一際巨大な蛇が襲いかかる。
「でかいな!」
セリアは大きく跳躍し、その大蛇の口に向かってクライゲラクを突き立てる。
大蛇は怯むこと無く、その大口でクライゲラクごとセリアを飲み込んだ。セリアの姿が一瞬蛇の体内へと消えてしまう。
しかし、数瞬後。
大蛇の腹部が、赤く輝き始めた。
大蛇が苦しそうに身を捩るが、腹部は赤い光とともに徐々に膨れ上がり、ついには爆炎と共に弾け飛んだ。
炎と肉片が飛び散る中、その中心からセリアが勢いよく飛び出す。
「次!」
右手のクライゲラクで近くの魔物を両断し、左手に集めた炎を放ち数体の魔物を焼き焦がす。
それでも、いくつかの魔物はセリアをすり抜けレティシエラとツバキへと襲いかかる。
ツバキの正面へ、鳥型の魔物が鋭い爪を突き出しながら急降下してきた。
「っ!」
ツバキは身体をわずかに横へずらして爪を紙一重で躱し、すれ違いざまに右手のトンファーを魔物の脇腹へ叩き込んだ。
その直後、左側から別の魔物が牙を剥いて飛びかかってくる。
ツバキは後方へ宙返りしながら攻撃を躱し、着地と同時にもう一本のトンファーを叩き込んだ。
だが、魔物たちは大きな損傷を受けていないのか、またもツバキを襲おうと動き出す。
その時、その動きがぴたりと止まった。
魔物たちの身体には、先ほどトンファーで殴られた部分から、青白い紐状の結界が幾重にも纏わりついていた。
ツバキは身動きの取れなくなった魔物たちへ静かに近づく。
「終わりです」
次の瞬間、トンファーに結界を纏わせた一撃が魔物たちの頭部を打ち砕いた。
一方、レティシエラへは三体の魔物が襲いかかっていた。
しかし既にレティシエラは神器の細剣を地面に刺し、自身の背後へ若木を作り上げていた。
レティシエラが細剣を引き抜くと、若木がざわめき無数の葉が枝から離れ、風に乗るようにレティシエラの周囲を舞い始める。
レティシエラは迫る魔物たちへ細剣の切っ先を向けた。
その瞬間、風を切る音とともに、木の葉の群れが魔物たちを通り抜けていく。
その一枚は魔物の腕に触れると、刃のように皮膚を裂く。
次々と押し寄せる緑の刃に魔物たちは叫び声を上げるが、木の葉の勢いは止まらずに、やがて最後の一枚が通り過ぎる。
その後に残されていたのは――細切れとなり、原形すら失った魔物だった。
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戦闘が始まってから、まだ数分も経っていない。
それにもかかわらず、十数体いた魔物の群れは見る影もなく、そのすべてが地に伏していた。
「……成る程」
魔族は表情を変えないまま、地面に転がる魔物たちの死骸を目だけで眺め呟く。
そして、ゆっくりと空中から地面へ降り立つ。
「強いな」
短くそう呟くと、右手を頭上へ掲げ何かを掴むように手を軽く開く。
――ギギギ
何もない空間に異音とともに亀裂が生じた。
亀裂は不気味な音と共に徐々に拡がり、その向こうに黒い空間が覗いている。
そして、その黒い空間から剣の柄がゆっくりと伸びていき、魔族の手に収まった。
魔族はその柄を掴み、裂け目から一気に剣を引き抜く。
「私は、カーズ・カヴァンズ。子爵だ」
カーズと名乗った魔族が、ゆっくりと剣の切っ先をセリアに向ける。
その言葉を聞いたセリアは、後ろに立つレティシエラへ聞こえる程度に呟いた。
「レティ」
それだけで意図を察したのか、レティシエラは小さく頷くと、傍らのツバキへ声をかけた。
「ツバキ様」
「っ!?」
呼びかけられたツバキの肩が、僅かに跳ねた。
魔族の放つ重圧に気圧されていたのか、ツバキはそれまでカーズから目を離せずにいた。
レティシエラの声に我に返ったように瞬きをすると、ようやく隣へ顔を向ける。
そして、レティシエラとツバキがゆっくりとセリアと魔族から距離をとった。
二人が十分に距離を取ったことを確認すると、セリアは改めてカーズへと向き直った。
「わたしはセリア。そうだな……」
セリアの身体から金色の炎が噴き上がり、「不知火」がその身を包み込む。そして、クライゲラクの切っ先をカーズへ向け、口の端を吊り上げる。
「炎神、とでも名乗っておこうか!」




