第七十五話 先制攻撃
セリアがクライゲラクを出現させてからおよそ一分後、魔族たちの集団がセリアたちの数十メートル先の空中で静止した。
距離が縮まったことで、先ほどまでは影にしか見えなかったその姿が、セリアの目にもはっきりと映る。
翼が四枚ある白い巨鳥、蝙蝠の翼が生えた蛇、蜻蛉の羽を持つ大蜘蛛。
大小様々な異形の魔物がひしめいている。
その中にあって、明らかに異質な存在が混じっていた。
それは魔物たちの集団の中心に位置しており、白い巨鳥の背に悠然と立っている。
姿形は、異様な部分を除けば人間の男に近い。
四本の腕を胸の前で組んでおり、額からは一本の黒い角が伸びている。そして、その角の根元には三つ目の瞳が開いていた。
「……魔族」
セリアは自然とそう呟いていた。
角以外は人間とそう変わらなかったネスヴィラとは、明らかに異なる。
それでも、ひと目見ただけで「あれは魔族だ」と確信する何かを、その身に纏っていた。
暫しの沈黙ののち、四本腕の魔族はゆっくりと組んでいた腕を解く。そして、その右側の二本を持ち上げセリアたちから少しずれた位置に掌を向けた。
その二つの掌に白い光が集まっていく。
――ズオォォ!
直後、凝縮された光が轟音とともに解き放たれた。
放たれた光線が、龍人の里の崖際を掠め、遥か遠くで消えていった。
「……どうやら、まだこの里を正確には捉えきれていないようですね」
ツバキが光線の軌道を視線だけで追いながら呟く。
《だがこの距離では、直撃は時間の問題だろう》
「確かにな……」
セリアは少し考えるように左手を顎に添える。
「いっそこっちから打って出るってのはどうだ? ほら、今なら先手は取れるし!」
《そうだな……。現状ではそれが無難だろう》
少しの間を置いてラグルスが続ける。
《あの四本腕は、見たところコモナーで間違いないだろう。だがもう一体が姿を見せていない。それが気がかりだ》
「不意打ちの可能性があるということでしょうか?」
レティシエラがセリアの方へ顔を向ける。
「こちらの位置を特定できていない段階から、不意打ちを狙っているとは考えにくいですが……」
ツバキがレティシエラの問いに答えた。
《ツバキの言う通り、不意打ちの可能性は低いと考えて良い。おそらく、もう一体は魔物たちの後方で待機している。さしずめ高みの見物とやらを決め込んでいるのだろう》
「高みの見物、ですか」
レティシエラが僅かに眉を寄せる。
《高位の魔族であれば、そうするのだ。実務は下級の者に任せ、自らはふんぞり返る。魔族とは大抵、不遜であるが故な》
ラグルスの「高位の魔族」という言葉にツバキの表情が、わずかに強張った。
「あ~!! でもこのままじゃ次の攻撃がきちゃうだろ!? 相棒もさっき無難って言ってたし、もうこっちから仕掛けるぞ!」
痺れを切らしたセリアが割り込み、右手に持っていたクライゲラクを纏へと移行させる。
そしてクライゲラクに炎を纏わせると、投擲の構えを取る。
「――レインフォース」
セリアの意図を察したレティシエラが、間髪入れずに精霊術をかける。
クライゲラクの纏う炎が、さらに激しく燃え上がる。
「えっ!?」
迷いのない一連の動作に、ツバキはセリアとレティシエラを交互に見る。
《……心配するな。御託を並べたが、結局はこうするのが最善だ》
動揺するツバキに、ラグルスが呆れを滲ませた声で告げた。
次の瞬間、セリアの手からクライゲラクが放たれる。
燃え盛る剣槍が炎の矢となり、四本腕の魔族へ向けて空を貫く。
「!?」
何もない空間から突如として出現した炎に、魔族の三つの瞳が大きく見開かれた。咄嗟に腕を動かしかけるが、あまりの速度に防御は間に合わない。
――ゴオォォン!
直撃。
しかし、クライゲラクの勢いは止まらない。
四本腕の魔族を貫き、その背後にいた魔物たちまで巻き込みながら、炎とともに一直線に突き抜けていく。
一拍遅れて爆炎が膨れ上がり、魔族と周囲の魔物たちを呑み込み、セリアたちの視界も炎に覆われた。
やがて、少しずつ炎が薄れ視界が晴れていく。
そこに現れたのは、魔物の集団の中央にぽっかりと空いた青空。
そして、巨鳥の背に残された魔族の下半身であった。
「……」
セリアは、無言のままクライゲラクが通り抜けた先を見つめる。
「……っ!?」
しかし、次の瞬間セリアは目を見開く。
クライゲラクによって消し飛んだ魔物たちの、さらに後方。
群れから少し離れた位置に一つの人影があった。
そしてその手には――セリアが先ほど放ったクライゲラクが握られていた。




