第七十二話 スイレン
《気にするな。ここ百年、迷惑には慣れている》
ラグルスは平坦な声で答えた。
「おい! どういう意味だよ!?」
約二千年ぶりの再会に、しばらくは黙って見守るつもりだったセリアも、さすがに聞き流すことはできなかった。
《言葉通りの意味だが……わざわざ確認する必要があったか?》
「なんだと!」
セリアが眉を吊り上げる。
そんな二人のやり取りを前に、少年は一瞬きょとんと目を丸くした。
やがて、その幼い顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「ほっほっほ。変わられましたな、ラグルス様」
老人めいた笑い声とは裏腹に、その表情だけを見れば年相応の少年そのものだった。
《人のことは言えんぞ、スイレン》
ラグルスが間髪入れずに返す。
「ほっほ。全く、その通りですな。その辺りも含め、後ほど説明させていただきます」
スイレンと呼ばれた少年が笑いながら答えた。
「ですがその前に、場所を移しましょう。……ここにいては、そこのウドの大木が騒ぎ出すやも知れませぬ」
そう言って、スイレンはちらりとリンドウを横目で見る。
その言葉にリンドウは一瞬スイレンを睨むが、直ぐに力なく顔を伏せた。
「では、参りましょうか」
スイレンはそれ以上リンドウに構うことなく、セリアたちへ向き直った。
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セリアはスイレンと横並びに龍人の里の街道を歩いていた。
少し後ろには、レティシエラと先ほどまで案内を務めていた龍人たちが続いている。
リレンヌでは見られない瓦屋根の建物が街道に並び、食料や道具を扱う商店で賑わっている。
建物の様式は違えども、リレンヌ同様に活気が溢れ多くの人々が行き交っていた。
そんな街道を進んでいると、時折スイレンに気づいた住人たちが声をかけてくる。
「あっ、里長!また女の子連れて~」
若い龍人の女性が、からかうように手を振る。
「おや?里長新しい子かい?ってもしかして人間か!?……なわけないか」
今度は店先にいた男が、セリアの姿を見て目を丸くした。
「ほっほっほ」
対するスイレンは、ただ笑顔でのみそれらに応じていた。
「……なぁ相棒。スイレンさんって、えっと……」
セリアは横を歩くスイレンをちらりと見た後、ラグルスにだけ聞こえるように小声で呟く。
《見た目は幼くなったというのに、女好きは相変わらずのようだな》
セリアが言葉に詰まった部分をラグルスは何でも無いことのように答える。
「昔からなのか……」
それからしばらく街道を進んでいくと、並ぶ家々の向こうに、一際大きな瓦屋根が見えてきた。
「見えますかのう? あれが、この里の中心じゃな」
スイレンが前方を指差す。
遠目からでも分かるほど巨大な建物だった。
階層こそ周囲の建物と大きく変わらないものの、その横幅は比較にならないほど広い。巨大な瓦屋根が左右へ長く伸び、その敷地の大きさだけなら、ちょっとした城にも見える。
だが、装飾は控えめであり巨大さの割には街並みに馴染んでいた。
「へぇ! あれがスイレンさんの家ってことか!」
「ほっほ。まあ、いささか地味ではあるが、なかなか立派じゃろ?」
スイレンは建物を見上げたまま、どこか得意げに笑った。
「それでは、向かうとしますかの」
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それからしばらくして、セリアたちはスイレンの屋敷へと到着した。
ここまで同行していた龍人たちとは屋敷の入口で別れ、スイレンに案内されるまま中へ入る。
磨かれた木の床に、太い柱。壁には簡素な飾りがいくつか掛けられている程度で、内部も外観の印象と変わらない。
現在、セリアとレティシエラは応接間に並んで腰掛けていた。
二人の前には低い机が置かれ、その向かい側にはスイレンが座っている。
「まずは何より、またお会いできて嬉しゅうございます。ラグルス様」
先ほどまでの飄々とした態度は鳴りを潜め、スイレンはどこか遠い昔を懐かしむように目を細め、穏やかな声で告げる。
《……随分と待たせてしまったがな》
ラグルスもまた、いつもの皮肉めいた調子とは違う、優しげな声で答えた。
「ラグルス様なら必ず復活なさると理解っておりました故、千数百年などちょいと長めの休暇といったところでしたな」
そう言うと、スイレンは見た目通りの少年のように無邪気な笑顔を見せる。
《ふっ……。お前は変わっておらんな》
「ほっほっほっ! さて、どうですかのぉ?」
スイレンは愉快そうに笑う。
しんみりとしていた空気が、そこで少しだけ和らいだ。
「……ま、それはそれとして」
スイレンの視線が、すっとセリアへ移る。
先ほどまでの懐かしげな表情とは打って変わり、その口元には何やら楽しげな笑みが浮かんでいた。
「そろそろ、ラグルス様が入っておられる超別嬪さんのご紹介をお願いできませんかの?」
「……」
セリアは思わず半眼になるが、スイレンはそんな視線など気にも留めず、にやけた顔のままセリアを眺めていた。
「では、わたくしからご紹介させていただきます」
その視線を遮るように、レティシエラが不意に口を開いた。
「おぉ、そちらのエルフの別嬪さんは、一度お会いした……レティシエラ殿、だったかの?」
スイレンがようやくセリアから視線を外し、レティシエラへ顔を向ける。
「……はい。ご無沙汰しております、スイレン様。この度はミリラーネ様より、ラグルス様たちに同行するよう仰せつかっております」
レティシエラは普段通りの丁寧な言葉遣いで頭を下げる。
しかし、その声音にはどこか事務的で淡々とした響きがあった。
「そうじゃったか。それじゃあ、レティシエラ殿。紹介を頼むぞい」
その冷たさに気づいていないのか、あるいは気づいた上で気にも留めていないのか。
スイレンはすぐにレティシエラから視線を外し、再び楽しげな笑みを浮かべながらセリアへ向き直った。
「……この方はセリアさん。ラグルス様の魂をその身に宿し、ウィアードを打ち倒す――わたくしたち異種族の救世主となるお方です」




