第六十七話 龍人の里②
次回は8/28(金)を予定しています。
セリアが扉を開けて外へ出ると、目の前には草原が広がっていた。
思わず足が止まる。
そこは、緩やかな丘の上だった。
視界を遮るものは少なく、龍人の里全体を見渡すことができる。
右手には、少し離れた場所に深い森林が広がっていた。
風に揺れる木々の奥、さらに遠くには頂付近を白く染めた山々が連なっている。
左手には大きな湖があり、その周囲にはいくつかの建物が点在していた。
陽光を受けた水面が、きらきらと細かく輝いている。
そして正面には、いくつもの畑や水路が続いていた。
青々とした作物が風に揺れ、その奥には建物が連なる街並みが見える。
空に浮かぶ巨大な岩盤の上だというのに、そこには一つの国のような景色があった。
「お~! これが、龍人の里!」
セリアは目の前に広がる景色に、子どものように目を輝かせた。
「凄い……」
レティシエラもまた、龍人の里に目を奪われたまま静かに呟く。
エルフの里とも、リレンヌの街とも違う。
荒野の上空に隠されていたとは思えないほど、そこには豊かな緑と暮らしの気配が満ちていた。
「あちらに見える街を進んだ先に、スイレン様がいらっしゃいます。ご案内します」
龍人の男が、正面に見える街並みを見据えながら言った。
それから、彼を先頭にセリアたちは丘を下っていく。
「それにしても広いな! 本当に、空にもう一つの世界があるって感じだ」
セリアは龍人たちの後ろを歩きながら、辺りを見回した。
遠くの畑では、何人かの龍人が作業をしているのが見える。
湖のほうからは水鳥の鳴き声が聞こえ、風に乗って湿った土と草の匂いが届いた。
「そうですね。この広さなら、エルフの里の住人は丸々移住できそうです」
レティシエラも同じように周囲を見渡しながら答える。
《なるほどな。この里から降りずとも生存が可能なよう、環境が作り込まれている》
ラグルスがいつものように分析する。
「確かに。森とか山とか、思ったより自然が多いもんな」
セリアはそう言いながらもう一度辺りを見渡した。
空に浮かぶ岩盤の上だというのに、ここには水も土も森もある。
ただの避難所ではなく、暮らしを続けられる場所として創られたのだと少しずつ実感が湧いてきた。
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畑を越えセリアたちは街の入口まで辿り着いた。
街にはリレンヌやエルフの里にあったような巨大な門は無く、この空に浮かぶ里の内側には脅威となる外敵が存在しないだろうことが伺える。
石と木で造られた建物は赤を基調としているものが多く見られ、瓦で造られた屋根の下には、ところどころ赤い提灯が吊るされていた。
(なんか、統一感があって良い雰囲気だな)
セリアが町並みに気を取られていたその時、不意に足元が淡く光りだす。
「なんだっ!?」
セリアが視線を落とすと、そこにはセリア一人を覆うほどの青い光で描かれた魔法陣が刻まれていた。
セリアは反射的に魔法陣から抜けようと足に力を込める。
しかし、その瞬間。
「封結界 玄武牢」
静かな声があたりに響いた。
その言葉と同時に魔法陣から強い光が発せられ、セリアの周囲に半透明の壁が出現した。
その壁は、亀の甲羅のように六角形がいくつも組み合わさり、セリアが逃げるより早く閉じきった。
「っ!」
《落ち着け。状況を確認しろ》
ラグルスの冷静な言葉を受け、セリアは素早く周囲を見渡す。
「セリアさんっ!」
隣りにいたレティシエラが目を見開きセリアに向かって叫ぶ。レティシエラの周囲には半透明の壁はなく結界術は仕掛けられていないようだった。
次にセリアは前を歩いていた龍人たちに視線を向ける。
皆セリアを振り返っているが、その表情はレティシエラと同様に驚愕であった。少なくとも、彼らにとっても予想外の出来事であったようだ。
(くそっ!誰だ!?)
セリアの焦りを感じとったかのように、背後から声がかかる。
「……ンだよ。神だのなんだのと聞いたから、どんなもンかと思ったのによ……期待外れ、ここに極まれり、だな」
セリアたちは一斉に声の方へ振り返る。
そこには、街の入口付近の畑で作業着を来ている人物が一人立っていた。その顔は、大きい竹笠に隠れよく見えない。
誰だ。セリアがそう言いかけた瞬間、
「若様っ!!」
セリアたちを案内していた龍人の一人が、竹笠の男に向かって叫び声を上げた。
《知り合いか》
「え、えぇ。顔はよく見えませんが、この結界術とあの声……間違いありません。あの方は、スイレン様の御子息の一人、リンドウ様です」
龍人の男が困惑と緊張の混じる声で答えた。
その言葉に、リンドウと呼ばれた男は顔を僅かに上げ、竹笠を放り投げる。
竹笠は風に揺られて宙を舞い、畑の端にぱさりと静かに落ちた。
露わになったその顔は、整ってはいるが切れ長の目で相手を見下すように眉間に皺を寄せている。口の端はわずかに吊り上がっており、その表情はまさに人を挑発しているものだった。
一つに結ばれている萌葱色の長髪が、耳についている大きい耳飾りと共に風に靡いている。
そして、額から緩やかに後方に流れる2本の角が龍人であることを示していた。
「いかにも。俺様はリンドウ。この龍人の里最強の男だ」




