第六十六話 龍人の里①
次回は8/21(金)を予定しています。
セリアたちの真上を覆う巨大な影。
それは、地上から数百メートルはあろうかという上空に浮かぶ、巨大な岩盤だった。
セリアが見上げた先、陽の光が差している場所は遥か遠くにあり、その直径は数千メートルにも及ぶように見えた。
「これが……!」
セリアは岩盤を見上げたまま、目を見開く。
荒野に立つ自分たちの上に、大地そのものがもう一つ浮かんでいるかのようだった。
岩盤の縁からは細かな砂や小石が時折こぼれ落ち、風に流されて消えていく。
「はい。これが龍人の里になります。……わたくしも、実際に見るのは初めてですが」
レティシエラもまた、セリアと同じように上空を見上げたまま答えた。
「こんなでっかいもの、どうやって浮いてるんだ……?」
セリアが首の位置を変えないまま呟く。
「この里は、ミリラーネ様とスイレン様の合作だそうです。あの巨大な岩盤はミリラーネ様のお力で創られ、浮遊にはスイレン様を始めとした龍人たちの結界の力が使われていると聞いております」
《……この巨大さ。もしや、龍人以外も居住する想定で創られているのか》
「その通りです」
レティシエラは静かに頷いた。
「龍人の里は、エルフや獣人たちも暮らせるように大きく創られているようです。
……人間たちに地上を追われた場合の、最終手段として」
その言葉に、セリアはようやく視線を岩盤から下ろした。
「……そうはならないさ。わたしが、させない」
セリアはレティシエラを真っ直ぐ見つめた。
その声に揺らぎはない。
「セリアさん……」
レティシエラが小さく呟いた、その直後だった。
「動くな!」
上空から鋭い声が降ってきた。
セリアが反射的に顔を上げると、そこには、岩盤の影を背に数人の龍人たちが空中に浮かんでいた。
翼はない。
だが彼らは、まるで見えない足場の上に立っているかのように空中で静止していた。
「待ってくれ!わたしたちはミリラーネさんに頼まれて――」
セリアは両手を上げ、敵意がないことを示しながら声をかける。
「動くなと言っている!」
しかし、先ほどの声の主がそれを鋭く遮った。
「お前達、エルフと……人間、か?
その鈴は緊急用だ。まずは、身分と状況を説明してもらおう」
龍人は明らかな警戒態勢を保ったまま、威圧的に告げた。
「……またこれか。地上にでてから、すんなり街に入れた試しがないな」
誰にも聞こえない小さな声でセリアが呟く。
《当然だ。客観的に見てお前は、得体の知れない人間の小娘でしかない》
「……」
(そう創ったのは相棒だろ……)
喉元まで出かかった言葉を、セリアは心の中でだけ吐き出した。
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「先程は申し訳ありません」
先ほどまで高圧的な態度を取っていた龍人の男が、深く頭を下げた。
あの後、しばらくの確認を経てセリアたちは龍人の里へ入ることが許可された。
現在、セリアたちは龍人たちの結界術によって、上空に浮かぶ里へと向かっている。
真下には、先ほどまで歩いていた荒野が広がっていた。岩と土ばかりだった景色が、少しずつ遠ざかっていく。
「気にしないでいいよ。わたしはぱっと見人間にしか見えないし、仕事上警戒するのは当たり前だしな」
セリアは眼下の荒野を見ながら片手を振って答えた。
「そう言っていただけると助かります」
龍人の男は姿勢を変えずに答える。
「ホントに気にしてないから顔を上げてくれよ。
……それより、すごいな結界術?ってのは」
セリアは荒野を見下ろしながら右足で見えない結界を軽く踏み鳴らす。
こつ、と靴底が見えない床を叩く音がする。
「……結界術は、基本的に内側に物体を封じ込める力ですが、様々な効果の上乗せが可能です。使い方次第で、このように人を乗せて移動することも可能となります」
龍人の男が、ようやく顔を上げて答えた。
セリアたちを乗せた見えない足場は、揺れもなく垂直に空へと昇っていく。
風だけが強くなり、セリアの結われた紅い髪が揺らされた。
「ただし、この規模の結界術には、通常三人以上は必要になりますが」
「それでも強力な力ですね……。リレンヌにいた頃は、龍人の皆さんの結界術には随分助けてもらいました」
レティシエラが目を細め、少しだけ俯く。
その横顔に浮かんだ影を見て、セリアの脳裏にリレンヌの拠点の惨状がよぎる。
「レティ……」
呼びかける声は、自然と小さくなっていた。
《それにしても、よくこれほどの質量を空中に維持できているな。しかも、視覚を遮り、移動まで可能とは》
ラグルスが、会話の流れなど気にした様子もなく告げる。
「龍人の里は、結界術の才がある龍人たちが昼夜問わず維持に努めています。その数は、約三千人ほどになります」
龍人の男が答えた。
「三千!?」
想像以上の数に、セリアは思わず声を上げる。
「はい。それでも、スイレン様のお力があって、なんとか維持できているようなものです」
《だが、この永きに渡り維持してきたのだろう?エルフの里然り、お前たちは我の想定の遥か先にいたのだな》
ラグルスの声は、普段と変わらない響きだった。
だが、セリアは感じ取っていた。
その奥に、珍しく重いものが混じっていることに。
《……神など、不要なのかもしれぬな》
最後の言葉は、風に紛れるほど小さく、セリア以外には聞き取れないものだった。
「……」
セリアは何かを口にしかけるが、それが何なのか自分でもわからず、喉元で消えていった。
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見えない足場は変わらず上空へと昇っていき、巨大な岩盤はすぐそこまで迫っていた。
しばらくの沈黙のあと、龍人の男が口を開いた。
「……もうすぐ里に到着いたします」
見上げれば、岩盤の底面が視界いっぱいに広がっている。
荒々しい岩肌が迫り、細かなひび割れや突き出た岩の影まで見えるほど近い。
だが、入口らしきものはどこにも見当たらない。
このまま上昇すれば、岩盤にぶつかる。
そう判断した瞬間、セリアは反射的に右手へ力を込める。
しかし、龍人たちは誰一人として動揺せず、見えない足場の上でただ静かに立っている。
「ご安心ください。見えないよう細工してありますが、ここが入口となっています」
龍人の男が眼前に迫る岩盤を見上げながら答えた。
次の瞬間、岩肌の一部が水面のように揺らぎだした。
そこにあったはずの岩が輪郭を失っていき、暗い入口がゆっくりと姿を現した。
見えない足場はその入口へ向かって変わらぬ速度で昇っていく。
周囲を闇が包み、外の光が遮られ、荒野を吹き抜けていた風の音も遠ざかっていく。
やがて、頭上から薄い光が差し込んでくる。
その光へ近づいたところで、足場の上昇がゆっくりと止まった。
セリアはあたりを見回す。
そこは、壁も天井も石で覆われた空間だった。
壁に取り付けられた蝋燭の火が、かすかに揺れながら周囲を照らしている。
剥き出しの岩をそのまま削ったような壁の、一方に扉が見える。
「到着です。……そちらの扉の外が、龍人の里になります」
龍人の男がそう告げると、セリアは思わず扉へ視線を向けた。
岩盤の中を抜けた先にある、空に浮かぶ里。
その光景がどんなものなのか、胸の奥が少しだけ高鳴った。




