第六十五話 荒野
ここから第四章となります。
次回は8/14(金)を予定しています。
エルフの里を発ってから三日。
セリアたちは森を抜けた先、乾いた岩肌がいくつも露出する荒野を進んでいた。
風が吹くたびに細かな砂が足元をさらっていく。
「それにしても、見渡す限りなんもないな。ついこの間まで緑であふれてたってのに……まさか、抜けた先がこんな荒れ地だったとはなぁ」
セリアは何もない荒野を見渡しながら、退屈そうに呟いた。
《文句を言うな。土地の影響程度でお前の肉体に不調は出ぬ》
ラグルスの声がいつもの調子で響く。
「そういう問題じゃないって。せっかくの外なのに、岩と土だけじゃ迷宮にいるのとそんなに変わらないっていうかさ……面白みがないんだよ」
「こちら側はリレンヌとは逆方向で、魔族領に近い地域です。過去の争いもあってか荒れ地が多いようですね」
レティシエラがセリアの様子に小さく笑いながら答えた。
「へぇ。それじゃあ、ここも昔は森か何かだったってことか……」
そう呟いたあと、セリアは何かを思いついたようにレティシエラへ顔を向けた。
「そうだ! レティの力でこの辺にも木を生やしたら、ちょっとはいい景色になるんじゃないか!?」
「すみません。樹木を生やすこと自体はできるかもしれませんが、今のわたくしの力では、永く定着させるのは難しいと思います」
《それ以前に、この不毛の地に突然木々が出現すること自体が問題だ。レティシエラの力はまだ敵に知られていない。痕跡を残してまでやることではない》
レティシエラの困ったような声と、ラグルスの冷静な指摘にセリアは軽くため息をついた。
「はぁ……わかってるってそんなことは。ちょっとした冗談にそこまで真面目に突っ込まなくてもいいだろ?」
《逆に聞くが、我がその手の冗談に付き合ったことがあったか?
百年共にいるのだ。いい加減学べ》
「……なんかその言い方、長年共に過ごした『相棒』って感じがしていいな」
《……相棒はやめろ》
「ふふっ……あっ! すみません、つい……」
セリアとラグルスのやり取りに、レティシエラの口から思わず笑い声が漏れた。
しかし、すぐに両手で口元を押さえ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「えっと……お二人は、現在のスイレン様について、どれくらいご存じでしょうか?」
気まずさを誤魔化すように、レティシエラは話題を変えた。
「わたしは全く知らないな。でも、相棒はよく知ってるだろ?」
《我が知っているスイレンは、二千年近く前のものだ。現在の、ということであれば話は別だろう。ミリラーネも、スイレンについて多くは語らなかったのでな》
そこで一度区切りラグルスは続けた。
《そもそも前提として、スイレンが生きている事自体が不自然だ》
「そうなのか?」
セリアが首を傾げる。
《数千年を生きるエルフと異なり、龍人族の寿命は三百年ほどだ。
守護者として神の力を与えられているとはいえ、精々千年程度が限度だろう》
《二千年近くが経過した現在で奴が生存しているならば、その状態は以前のものとは別物と考えるのが自然だ》
「……そのとおりです、ラグルス様。スイレン様の以前のお姿については、わたくしはミリラーネ様からお聞きした程度ですが、現在のスイレン様とは……少し、異なっているようです」
レティシエラは言葉を選ぶように答えた。
「レティは、スイレンさんに会ったことがあるのか?」
「はい。一度だけですが」
レティシエラは小さく頷いた。
しかしすぐに、困ったように視線を横へ逃がす。
「ですが、ミリラーネ様に口止めされておりまして……。その、面白いから、と……」
「……面白いから?」
セリアが思わず聞き返す。
荒野を吹き抜ける風の音だけが、少しの間三人の沈黙の上を流れた。
《……その話で、スイレンの状態が深刻ではないことはわかった》
やがてラグルスの声が淡々と響く。
《重要な情報であれば、面白いという理由で口止めはするまい。まあ、あいつらしくはあるが》
言葉自体は冷静だったが、その声はわずかに呆れの色を帯びていた。
「じゃあ、実際に会ってからのお楽しみってわけか。なんかちょっと楽しみになってきたな!」
先ほどまでどこか重かったセリアの足取りが、途端に軽くなる。
乾いた土を蹴る歩幅まで、少し大きくなった。
「……あまり、楽しみにするものでもない気がしますが」
「何いってんだよレティ。ミリラーネさんがそう言ってるんだから、乗っからないとだろ?」
小さく息をつくレティシエラへ振り返り、セリアはいたずらっぽく口の端を上げた。
《こればかりはセリア、お前の言い分が正しいだろうな》
「ラグルス様まで……」
レティシエラの口から、今度は大きなため息が漏れた。
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荒野を進むこと二日。
セリアたちは代わり映えのしない景色を進み、時折現れる魔物を退けながらようやく目的地に到達した。
「セリアさん、ラグルス様。ここが目的地になります」
何もない荒野のただ中で、レティシエラが足を止める。
見渡す限り、そこには岩と土しかない。建物はおろか、目印になりそうな大木も岩山も見当たらなかった。
「ここが? 特になんもないけど……」
セリアは半信半疑といった様子で辺りを見回した。
「はい。ここ自体には何もありません。
セリアさん、ミリラーネ様から受け取った鈴を鳴らしてみてください」
「あ、ああ、あれね。えっと……これでいいのか?」
そう言って、セリアは鞄から小さな鈴を取り出した。
セリアは少しだけ首を傾げ、それから軽く鈴を振る。
チリン、と小さな音が乾いた荒野に澄んで響いた。
「……何も起こらない――」
そう言いかけた瞬間だった。
先ほどまで強い陽射しが照りつけていた荒野が、不意に薄暗くなる。
セリアは反射的に顔を上げた。
空を、何かが覆っていた。




