第六十四話 王都にて
セリアたちがエルフの里を出発して、数日後。
王都アナンドール――玉座の間前の通路。
「はぁ、はぁ……ハルザーさん」
通路を歩くハルザーの背に息も絶え絶えにそう声をかけたのは、長身で痩せた男――クフスターだった。
呼吸は荒く、腹部は大きく抉れている。
そこから赤い血が、ぽたぽたと床へ滴り落ちていた。
「クフスター、戻ったか」
ハルザーはそう答えて振り返る。
クフスターの姿を見た瞬間、ほんのわずかに眉を動かした。
だが、それ以上は何も表に出さず、平静な声で続ける。
「陛下への報告は、治療の後でも構わんぞ」
「いえ……。まだ、動けますので……治療は、報告の後で問題ありません」
そう答えたあと、クフスターは申し訳なさそうに目を伏せる。
「すみません、ハルザーさん……。
任務――リレンヌ暴動の犯人の行方は、掴めませんでした」
一度、苦しげに息を継いでから続けた。
「その上……任務を逸脱し、エルフの守護者と戦闘。
結果は完敗……逃げることしか、できませんでした」
ハルザーは、目を伏せるクフスターの両肩を掴み、まっすぐその目を見つめた。
「よく……生きて戻った」
「まずは、お前を失わずに済んだことを何より嬉しく思う。
任務の失敗については、対守護者の戦闘情報を持ち帰ったことで、十分に釣りが来るだろう」
その声音には、普段のハルザーには見られない熱がこもっていた。
「ハルザー……さん……」
その言葉に、クフスターの顔がわずかに歪む。
「陛下への報告には、私も同席する。悪いようにはならんだろう」
「……ありがとうございます」
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王都アナンドール――玉座の間。
「申し訳ありません、陛下。
いかなる処罰も、謹んでお受けいたします」
クフスターはウィアードの前に跪き、深く頭を下げていた。
「……」
対するウィアードは何も答えない。
ただ退屈そうに、玉座の肘掛けへ視線を落としたままだ。
「陛下。私からも、一つよろしいでしょうか」
ハルザーが、静かに口を開く。
「……」
その問いにも、ウィアードは言葉では答えなかった。
代わりに、ちらりと一瞬だけハルザーへ視線を向ける。
「ありがとうございます」
それを許可と受け取ったのか、ハルザーはそのまま続けた。
「今回のクフスターですが、確かに任務そのものには失敗しております。
ですが、ミリラーネとの戦闘情報を持ち帰ったと考えれば、十分に成果はあったと愚考いたします」
いつもと変わらぬ、平静な声だった。
「……はぁ」
ウィアードが、深く溜息をつく。
「わかった、わかった。
僕も、七柱が守護者相手にどこまでやれるのかは少し気になってたところだしね。今回は、特に処分は無しでいい」
それから、跪くクフスターへちらりと目を向けた。
「そもそも、お前みたいな奴に罰を与えても逆効果になりかねないしな」
「はっ。寛大なご対応、ありがとうございます」
クフスターは頭を下げたまま答えた。
「よし。もう行っていいぞ。ミリラーネとの戦いの話は、あとでいい。
その傷、見てるだけで鬱陶しい。さっさと治してこい」
ウィアードは、追い払うように片手を振る。
「はっ」
クフスターは短く返事をすると、そのまま立ち上がり玉座の間を後にした。
「……これで良かったのか? ハルザー」
クフスターが玉座の間を出ていったのを確認してから、ウィアードがうんざりしたように呟いた。
「流石は陛下。完璧でございました」
ハルザーは、相変わらず平静を崩さない。
「世辞はいい」
ウィアードは、面倒そうに肘掛けへ頬杖をついた。
「そもそも僕は、あいつにそこまで気を遣う必要はないと思うけどね」
「念のためです。
あのままでは、クフスターが独断でミリラーネへ再戦を挑みかねません」
ハルザーは淡々と答える。
「七柱は、これからの戦いにおける主力です。まだ失うには惜しい駒かと。
それに――忠誠心は、高いに越したことはないでしょう」
「まぁ今日のところは、お前に乗っておいてやる。
でもリレンヌの暴動の件は、引き続き調査しておけ。僕としてはそっちのほうが楽しみなんだから」
ウィアードはちらりとだけハルザーを見て答えた。
第三章はこれで終了となります。
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