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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第三章 エルフの里編
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第六十二話 失態

ミリラーネが片膝をつきクフスターが再び姿を現した、その頃。


「ミリラーネさん……何やってんだよ」


セリアが緊張感のない声で呟く。


《……ミリラーネの奴、上手くやるようになったな》


ラグルスの声もまた、特にいつもと変わらない。


隣では、レティシエラだけが身を乗り出し、固く手を握りしめていた。


「あの……ラグルス様、セリアさん。

 ミリラーネ様には、何か策がある。そう考えてよろしいのでしょうか?」


「ん……? ああ」


セリアは、ようやくレティシエラの張りつめた様子に気づいたように返事をする。


「策って言えば、そうなんだろうけど……。

 わたしから見るとミリラーネさん、全然本気出してないぞ」


《ミリラーネは、敵主力である七柱(セプティム)の力を測っているのだろう》


ラグルスが静かに補足する。


《あの上手い負け姿でな》


________________________________________



クフスターの大きく振り抜いた見えない鞭が、膝をつくミリラーネに襲いかかる。


その一撃が届く直前。

ミリラーネの唇が、かすかに動いた。


「――エクスプローラ」


――ガシッ


呟きと同時に、ミリラーネは不可視の鞭を籠手で正確に掴み取っていた。


「!?」


その光景に、クフスターの目が大きく見開かれる。


「奥の手まで見れたんなら、もう十分だな」


ミリラーネはそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。

鞭を掴んでいない方の腕を軽く回し、首を鳴らす。


「……なんだい、急に」


クフスターは冷静に口にするが、その表情は先ほどとは異なり固くなっている。


「ああ、なんでもないぞ。こっちの話だからな」


ミリラーネはそう返すと、口元を吊り上げる。

そして、ふと思い出したように続けた。


「そういやお前、さっき言ってたよな」


鞭を握る手に、わずかに力がこもる。


「『今度はそっちが嫐ってね』ってな」


「……っ」


「その望み、叶えてやるよ。――特別にな」


その言葉を聞いた瞬間、クフスターの顔に一瞬だけ恍惚が浮かぶ。

だがすぐに表情を引き締め、掴まれた鞭を強く引いた。


しかし、鞭はぴくりとも動かない。


そして――


「レインフォース――腕(アルム)」


籠手へと光が吸い込まれた瞬間、ミリラーネは鞭を一気に引いた。


「くっ!」


引き寄せられる。

クフスターの身体が、強引にミリラーネの間合いへと引きずり込まれていく。


ミリラーネは引き手とは逆の拳を深く引き絞り、まっすぐ突きの構えを取っていた。

眼前に迫るクフスターは、咄嗟に両腕を前へ出し防御の構えを取る。


「――削公転(クライン・ウムラウフ)」


凄まじい衝撃とともに、ミリラーネの拳がクフスターを覆う巨大な泡へと突き刺さった。


――ギョリギョリギョリ


耳障りな摩擦音が周囲に響き渡る。

拳は泡の表面で止まらず、少しずつ内部へとめり込んでいく。


「ちいっ!」


クフスターは舌打ちし、巨大な泡の内部へさらに細かな泡を充填した。

防御を厚くし、無理やり勢いを殺そうとする。


だが止まらない。


そして、ミリラーネの拳が泡を突き破り、そのままクフスターの胴へと深々とめり込んだ。


一瞬の摩擦音。

直後、クフスターの身体が、森の木々を次々となぎ倒しながら彼方へ吹き飛んでいく。



木々の倒れる音がようやく止み、静寂が流れる。


クフスターが、再びミリラーネへ向かってくる気配はない。





「……ちっ」


ミリラーネは小さく舌打ちをする。


「逃げやがった」


ミリラーネの精霊術――エクスプローラは、索敵範囲の端で、高速で遠ざかっていく人影を捉えていた。


「ミリラーネさん!」


背後から声が飛ぶ。

振り返ると、門の外へ出てきたセリアとレティシエラが駆け寄ってきていた。


《失態だな》


ラグルスの声が、セリア越しに低く響く。


「……わかってる。油断した」


ミリラーネは、悔しさを噛み殺すようにわずかに視線を落とした。


「あいつ……泡の弾力で後ろに飛んで、私の拳の威力を殺しやがった」


「相棒も随分辛辣だな。

 取り敢えずは七柱(セプティム)がどのくらいの実力かわかったから良いだろ?」


セリアが場を和らげるように口を開く。


《何を言っている。お前はそこまで察しが悪かったか?》


ラグルスの声が、冷たく響いた。


《ここで仕留め損ねたことは、重大な失態だ。

下手をすれば、この里の今後を左右するほどにな》


「そんなこと、わかってるさ……!

わたしが言いたいのは、敵が思ってたよりずっと強かったってことだよ」


セリアが、少しだけ語気を強めて言い返した。

視線を逸らさず、そのまま続ける。


「ミリラーネさんは、奥義まで使って攻撃した。あの一撃に、手を抜いてる様子なんて無かった。

それでも、あいつは生き延びたんだ。それだけの実力を持ってたってことだろ」


わずかに間を置き、さらに言葉を重ねる。


「それに……失態って言うなら、参戦しなかったわたしにも言えることだ」


「いや、いいんだ。セリア」


そこで、ミリラーネが静かに口を挟んだ。


「私が敵の実力を見誤っただけだ。……少し、平和に慣れすぎてたのかもしれねぇな」


その声音には、なおも悔しさが滲んでいた。


《……わかっているなら、それでよい》


ラグルスは、わずかに声を落として続ける。


《だが、奴を生かして帰したことで、少なくとも七柱であれば守護者ともある程度は渡り合えることが証明されるだろう》

《そして、他の七柱が先ほどの敵と同等の実力を持つと仮定するなら――三名もいれば、ミリラーネと互角。あるいは、それ以上と見るべきだ》


「……」


誰も言葉を返さない。

その沈黙が、ラグルスの分析を肯定していた。


《七柱がいるなら、魔族に対しても目を光らせたまま守護者と渡り合うことができる。 ウィアードが守護者を放置する理由がなくなるということだ》


《つまり――本格的な侵攻が始まることを、想定せねばならん》


ラグルスの言葉に、重い沈黙があたりを支配した。



「ですがそれは、今までの話だと思います」


その沈黙を裂くように、レティシエラが口を開く。


「今のわたくしたちには、ラグルス様とセリアさんがいます」


まっすぐ前を見据えたまま、言葉を続けた。


「セリアさんがいれば、たとえ七柱が相手でも、そう簡単に均衡は崩れないはずです。 しかも今回の戦いで、セリアさんの存在を隠し通せたことも大きな強みになるかと」


「そうだって!」


その言葉を受け、セリアがぱっと表情を明るくする。


「わたしなら、七柱全員が相手でも勝てる!」


《……大きく出たな》


「それに、レティもいるしな」


ラグルスの呆れ声を軽く流し、セリアはちらりとレティシエラへ目配せした。

その言葉に、レティシエラは少しだけ困ったように笑う。


「微力ながら、全力を尽くします」


「はっはっは!」


それまで黙り込んでいたミリラーネが、不意に顔を上げて笑った。


「そうだな。レティシエラの言う通りだ。

こっちにはまだ切り札がある。絶望的な状況ってわけじゃあない」


セリアとレティシエラを交互に見やり、口元に獰猛な笑みが戻る。


「よしっ! 悔やむのはここで終わりだ。

私だけいつまでも暗い顔してちゃ、示しがつかないからな。

……そうと決まればさっさと動くぞ。お前たちには、龍人の里へ行ってもらいたい」


ミリラーネは、気持を切り替えるようにそう告げた。


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